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剣に見る夢

登場人物一覧

シャルティエ・F・クラリウス(p3p006902)
花に願いを
シャルティエ・F・クラリウスの関係者
→ イラスト

 目の前に腕が迫る。
 短い指に長く伸びた鋭い爪、薄暗い緑の肌。少女の名残を残した小鬼。腕に抱ける程度の幼子であった筈の小鬼。
 ──ひとごろし!


 叫ぶ声が響く。
 ──なんで、なんでころしたの!
 悲痛な叫びが耳を、脳を揺さぶる。
 ──お母さんをかえして……ねえ、かえしてよ!!

 泣き叫ぶ声と共に伸ばされた腕に、体が動かない。抵抗もできず首を絞めつけられる。加減などまるでない。それは稚児が癇癪をぶつけるかのような、絶望を宿した力。
 幼児とは思えぬ強さ。息苦しくて、苦しくて、かなしくて、意識が遠のいてゆく。

 違う、違うんだ、僕はただ、助けようと……ちがう……ごめ、なさ……ごめん、なさい…………。



 薄暗い中で浮上する意識。瞼を刺すような夜明けまではまだかかると、窓に小さく輝く月が示していた。
 濡れた頬が仄暗い中で微かに光る。背中には湿った寝間着が不快な感触と共に張り付いていた。心臓が嫌な汗をかいているのが分かる。ばくばく、ばくばく、音がする。
 酷い夢を見ていた。心のやわらかいところを踏み躙って。誇りを、矜持を嘲って。苦しくて、くるしくて、息もできなくなるような夢。瞳を閉じると毎日毎晩のように脳裏へ迫ってくる。
 そして、少年──シャルティエはそれがただの悪夢でないと知っていた。

 それは、イレギュラーズとして活動する中で本当にあった出来事。
 やけに戦い慣れていない、数だけは多い暴力的な小鬼達。目の前で小鬼へと変貌する少女。直前に切り殺したモノは少女の母親だった。
 動揺と躊躇が生んだ隙は他の仲間に拭われた。それでも、どうしても、斬れなかった。
 仲間の一部が目の前で小鬼に変貌する。先程まで肩を並べていた仲間の意識をこの手で刈り取った。
 仕方なかった、どうしようもなかった、そうするしかなかった。
 分かってる。分かってるのに、分かってる筈なのに、どうしてもそう・・思えないんだ!

 あの日からずっと、シャルティエは悪夢の中にいるようだった。

 ふらつく体を起こす。今日はもう満足に眠れないだろうから。
 水差しからカップへ水を注ぐ。眠れない夜はどうやって過ごせば良かったんだっけ。立てかけたままの剣が目に入り、心臓が嫌な音を立てた。長いこと動いていないそれは、まるで彼を責めているかのよう。
『いつまで逃げているつもりだ?』
 幻聴に背を向けてベッドの隅に蹲る。曲げた足を引き寄せた。シーツを被って夜明けを待つ。
 飛びかけた意識を揺れる頭が引き戻した。その一瞬ですら少女の顔の小鬼が自分を責めているような気がした。
 ようやく登った朝日は眩しすぎて、けれど眠れない夜を一人で過ごすより余程ましだった。
 今日はどう過ごそうか。騎士を目指すなら強くならないと。そのためにも、いい加減依頼に行くべきだ。でも、またひとをころしてしまったら・・・・・・・・・・・・
 ベッドサイドの剣を見遣る。疎らな埃はシャルティエの手を形をしていた。

『ヒトは弱くて、脆くて、すぐ壊れてしまうから。そうなる前に助けてもらうのですわ』
『無理せず他人を頼ること、ということを言いたかったの』

 ふと、少女のような女性のような温かい声が甦る。悪戯っぽくも柔らかい不思議な女性の声。
 嗚呼、これが『壊れる』っていうことなのかな。
 そう気が付いて、久しぶりに、友達の顔が見たくなった。



「なんだ、酷い顔じゃないか。グレムリンのようだぞ」
 開口一番にそう言ったのはシャルティエを出迎えた友人、リオンだった。
 月に一、ニ回の頻度で会っていた二人の間に遠慮ない。尤も、幻想貴族として過ごすこの友人には出会った当初から遠慮なんて言葉はなかった気もするけれど。
 歯に衣着せぬ物言いも、大人びているようでどこか抜けたところのある性質も、出会った時から変わらない。そういうところがシャルティエ自身も気を遣わずに付き合える要因なのだろう。
「グレムリンって……」
 眉を下げてシャルティエは笑う。ゴブリンのよう、と言われれてしまえば二度と立ち直れなかったかもしれない。遠慮のない言葉は、けれど不思議と一線を越えはしないのだ。

「はは、冗談だ。今書類を仕上げるところだから、ちょっと待っててくれ」
 大人びた様子で笑ってみせて、書きかけの書類に向き合う。通された書斎では紙が小さな山になっていた。
「あっ、ごめん、忙しい時に」
 そうだ、ふらりと来てしまったけれど、リオンにも用事があるのだ。今さら気が付いた自分に少し凹んで、それでも『待ってて』の言葉に大人しくソファへ座る。待っててと言われたのに遠慮して帰ったら、この友人は寂しがってしまうと知っている。
 温かな紅茶にほうと息をついた。貴族の中では小さな部類の家かもしれないが、それでも普段口にするものより格段に美味しい。
「待たせたな」
 少しして、書類を退けたリオンが向かいに座る。
「ううん、こっちこそ急に来てごめん。最近忙しいんだ?」
「領地経営を一部任されてな。まずは代官に頼らずやってみようと思ったらこの量だ」
 うんざりしたような声と共にがっくりと肩を落とす。大袈裟な仕草に思わず小さな笑いが溢れた。
「あはは、大変だ。でも、すごいなぁ……領地経営の勉強かぁ」
 感心したような声。続く言葉は『僕には難しい』だろうか。
「そうでもないさ。量が多いだけで一つ一つは大した問題じゃない」
 君にだってできるぞ。その言葉は一旦飲み込んで、ティーカップの中身で唇を湿らせる。

「で、何があったんだ? 暫く見ない間に酷い隈だぞ……眠れていないのか」
 瞳を細め、本題に入るかのように切り込んだ。
 ずけずけとした言い草は、けれど心配していないことを表さない。大事な友人が弱っているのだ。いつ話してくれるだろうか、いつ口を出そうかと見守るような我慢はしない。
 リオンの心配も、シャルティエの憔悴も、次会う時には限界を迎えているかもしれないのだから。切り出すなら今だった。

「え……ど、どうしたの、急に」
 金色の目がパチパチと瞬く。紅茶の水面みなもが、手にしたカップの中で少し揺れたような気がした。
「惚けても無駄だぞ。俺が気付かないと思ったか? とっとと吐き出せ」
 ぞんざいな言葉は温かく、シャルティエは涙を飲み込むように俯いた。全て吐き出してしまいたい。けれど、情けないところは見せたくない。
 
「ねぇ……リオンはさ、人を殺しちゃったら、どうする?」
 思い浮かんだのは激しい少女の声。

 ──ひとごろし!

「守ろうとした人の大切なひとを、そうと知らずに……殺しちゃったら」

 ──なんでころしたの!

「守ろうとした人から、恨みをぶつけられたら……どうする?」

 ──お母さんをかえしてよ!

 泣き叫ぶ声が脳を揺さぶる。苦しくて、くるしくて、呻きそうになって。目の前のリオンに、はっと飲み込んだ。
「……なんてね、ごめん、冗談だよ」
 また、眉を下げて笑う。こんなことを聞くべきじゃなかったと。まだ15歳の少年が微笑む。

 遣る瀬無い気持ちを隠すことなく眉を顰めたリオンは、再びティーカップを傾ける。中を空にして、口の中で香りを味わう。そうしてゆっくりと嚥下して、カップとソーサーが小さな音を立てるのと同時に口火を切った。
「俺がどうするかはその時にならないと分からないよ。
 逆恨みだと憤るかもしれないし、守ろうとしてやったのにと言い訳をするかもしれない。
 諸共に殺してしまうかもしれないし、恨みを晴らさせるために殺されてやるかもしれない」
 俺の答えは君の正しさとは違うのだろうから。
「で、君はどう思ったんだ?」
 だからまずは、君の話を聞かせてくれないか。そう言って、ティーカップを次の液体で満たした。



 いつものごとく依頼へ出たこと。
 ゴブリンに襲われていた少女を助けるために目の前の敵を斬り殺したこと。
 少女がそれ・・を母と呼んだこと。
 人殺しと言われたこと。
 抱き上げた少女が眼前でゴブリンへと変貌していったこと。
 傷付いた仲間を庇いながらも人かもしれないゴブリンを斬れなかったこと。
 目の前で今度は仲間の体が変貌しかけたこと。
 それを毎日のように、夢に見ること。
 そして、もうずっと剣を持てなくなってしまっていること。

 ぽつりぽつりと俯いた口が紡ぐ言葉は、15歳の少年が体験するには余りに重く辛い過去。時が癒すには近すぎて、泣き叫ぶには遠すぎる。澱のように積もり積もって、一人ではどうしようもできなくなっていた。
「騎士になりたい。その気持ちは、ずっと心の中にあるのに」
 心の大事なところでずっと変わらず輝く気持ち。大切な夢、今は会えない家族との絆。
「……分からないんだ。僕は……本当に騎士になれるのか。沢山の人を守って、救えるのかって……」
 けれど降り積もった澱は夢を覆い尽くして、覆い隠して。
「今だって、武器を握るだけであの日の光景を思い出してしまうのに……!」
 今のシャルティエには、もう見えない。

 慟哭のような声はしかし、弱々しく部屋に落ちた。辛く苦しい記憶は二人の間に重くのしかかって、息が詰まるよう。
「そう、か。辛い記憶を、話してくれてありがとう」
 礼を言いながら考える。どうしたらこの優しい友人を悪夢から救い出せるだろうか。どうしたら騎士の道への一歩を踏み出せるだろうか。どうしたらもう一度、あの快活な笑みを浮かべてくれるだろうか。
 例えば一度、戦闘から身を離させるとか。悪夢も見れないほど忙しい環境へ身を置かせるとか。疲れきってぐっすり眠って、誰かと一緒に美味しいご飯を食べて。きっと今の彼に必要なのは、そういうものだから。
「なぁ、シャルティエ。……領地経営をやってみないか? 俺と一緒に」
「…………へ?」
 つらつらと考えたそれは、些か唐突な言葉に集約された。
 思わず傾いだ首に、慌てたように言葉を繋ぐ。
「あ、いや……その。騎士なら強さだけでなく、領地の知識も必要だろう。今は戦いではなくて別の方向で頑張ってみたらいいんじゃないか、と。それに……俺は、君には歩みを止めずにいて欲しいと思ってる。休む事はあっても折れる事はなく、夢へ向かってまっすぐに。
 ……だから、その。うちで領地経営の勉強でもして休んでみないか」
 早口な台詞は温かな気遣いの塊だが。シャルティエの脳裏に浮かぶのは、先程まで書類の山に嘆いていたリオンの姿。
「ふふっ……それ、休むっていうの? すごく忙しそうだけど」
 茶化す中に隠れた嬉しさと申し訳なさ。一人の寂しさを紛らわせるような提案はありがたかった。それが本音だと分かるから、余計に。
「いいだろ、勉強なんだから。休むついでに学べ」
 感謝も照れも互いに分かっている。けれど、だから、口には出さず。
「じゃあ、そういうことだから。明日から俺の領地に来いよ。別に今日からでもいいけど」
「流石にちょっと急すぎるかなっ!?」
 小指の爪ほどの気恥ずかしさも、先程までの重い空気も、全部全部飛んでいってしまえ。そうして彼から重荷を取り去って、屈託ない笑いを引き出して。また明日へと進んでくれれば、それで良いのだ。
 例え騎士の道を諦めたとしても、剣を握らなくなってしまったとしても、技術があれば生きていける。騎士としての道を応援しているのは本当だけれど、騎士になれなくたって友達なのだから。
 ……だから。君の力になれるなら、幾らでも手を貸すさ。



『まあ、準備ができたら来ればいいさ。俺は別に明日でも構わないけど』
 別れ際にそう言って手を振ったリオンの笑顔が過ぎる。
 一人の部屋で「いつも急だもんなぁ」なんて笑って、夜になってまた夢に追われて。
 ばくばく、ばくばくと高鳴る心臓は傷付き怯えて、シャルティエを急き立てる。嗚呼、やっぱり早く行ってしまおうと荷物をまとめ始めた手は、立て掛けたままの剣を見て動きを止める。手を伸ばそうとして、伸ばせなくて。
 
 またあんなことがあったら?
 また誰かを知らず殺してしまったら?
 この剣で、誰かの大切な人を。
 そしたら、そんなことがあったなら。次こそきっと、こわれてしまう。

 ──でも。それでも。
 友達に、情けないところは見せられないもんね。
 そう独り言ちて、震える腕を叱咤して。えいやと掴んだ剣を腰に下げた。
 騎士を目指すんだ。そのためにリオンの領地に行かせてもらうんだ。なら、それなら、剣は持っていかないと。
 これは僕が、騎士を目指す証なんだから。

 扉を開けて、陽の差す街を歩き出す。
 昇りかけの朝焼けは瞼を刺してやまないけれど、少女の泣き声は耳から離れないけれど、腰から下げた剣を抜く覚悟は未だ持てないけれど。全て受け入れることも、全て拒絶することも難しいけれど。
 それでもきっと、あの傲慢なようで誠実な友達は、僕に向けて笑ってくれるから。だからきっと、僕も笑い返せるんだ。

 さぁ、歩いていこう。優しい友の待つ場所へ──。

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