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SS詳細

花が結ぶ物語

登場人物一覧

藤野 蛍(p3p003861)
比翼連理・護
桜咲 珠緒(p3p004426)
比翼連理・攻

■春の桜
「やっぱり桜を見ると、元気が出るよね」
 かつて蛍が暮らしていた世界。日常に小さな事件はあれども蛍とはほぼ無関係で、概ね平和といえる毎日。優しい両親と素敵な友人に恵まれていた学校生活。
 彼女は桜が好きだった。新年度の始まりを告げる花、出会いを告げる美しい花。何か、楽しい事が待っていそうな予感がする。蛍は毎年そう感じていた。
 しかし、この年の桜は何か違って。見た目はいつもと同じだけど、『わくわく』だけじゃなく『ドキドキ』する予感があった。それが何なのか、この時の蛍にはわからなかったけど。
 登校中の道。桜並木を歩く蛍は、ふと足を止めて街路の桜を見上げる。風に髪がなびき、散るのを手で押さえながら目を細める。
(何故だろう、何か、呼ばれているような……)
 前を行く友人たちは話に花を咲かせている。蛍の事については話していない。
 けれども、確かに。名前を呼ばれた……ような気がした。聞き覚えのない、けれども、どこかで聞くような確信のある声で。
(……さん)
 まただ。後ろを振り返るが誰もいない。けれども、今度はしっかりと聞こえた。
「どうしたの、蛍? 置いていくよー?」
「あ、うんごめんね。今いくー」
 友人の声に向き直せば、随分と置いていかれていた。慌てて駆け出し、友人の背中を追う。
 心配してくれる友人の優しさと、茶化す面白さに笑みが溢れる。けれども、何かが足りない。
(蛍、さん)
 あの、不思議な声の持ち主が、足りない。
 誰だかわからない、けれども大切な声の主。



 春は始まりを告げる季節。新たな出会いが訪れる……時にそれは、境界をも越えて。

■桜の後に
「きれいな藤……」
 珠緒は歩くことすら許されない体であった。「カミ」に捧げると称して、人道に外れた神秘の道を選んだ者達の部品として。彼女は様々な実験を受けてきた。
 その結果、自らの意思で立って歩く事すら困難で。自室から見える僅かな空間こそが珠緒の世界の全てであった。彼女へのせめてもの償いか、四季折々の花が見える事だけが、彼女の幸せであった。
 桜は散ったが自然の生命は終わらない。藤の花が新たに咲き乱れ、初夏の訪れを世に知らせる。
 自室からその花を眺めるうちに、珠緒には何か不思議な、確信めいた何かが胸の内に湧く。あの花に触れなければ、その下に行かなければ、と。
 世話の者を呼び、支えてもらい藤の木の下まで歩む。一人の足で歩けないのが辛い。いつもならこんな事思わないのに、何故か今だけはどうしようもなく、辛い。
 本当ならば一人で歩きたかった。胸を張って、この藤の花に触れたかった。なぜかはわからないが、そうしなければいけないという思いが湧いた。
 歩けぬ足に力を込め、世話の者の手を払い、なんとか一人で立ち上がる。手を伸ばして、藤の花に触れる。
「……あ、蛍」
 触れた手に、一匹の蛍が藤の花より降り立つ。光り方が弱いところを見るとメスだろうか。
 そんなことをぼんやりと考えながら、珠緒は蛍を潰さないように優しく触れて、藤の枝へ戻してあげる。
 何故だろうか、この蛍には生きていてほしい。そんな欲求が芽生えた。そうすればきっと、何かが始まる。そんな予感がした。
「……けほ……そろそろ戻らないと」
 外にいることが辛くなり、再び世話の者に付き添われ自室に戻る。
 横になる前にもう一度、窓から藤の花を見て。小さく一言呟く。
「また会いましょう、蛍、さん」



 春から夏へ季節はうつろう。2つの物語を乗せて。

■2つは1つに
 混沌世界への召喚。それはあまりにも突然で。
 一人の少女には日常からかけ離れた戦いへの辛さを。一人の少女には病魔から離れた喜びを与えた。
 その二人の少女は偶然か必然か。ある街で顔を合わせ、幾度かの冒険を共にし。いつからか友情は愛情へと育っていく。同性である事など些細な問題だと言わんばかりに。
「そういえば……告白ってどちらからだったっけ?」
「どうでしたでしょう……あの時は頭が沸騰しておりましたので」
 練達の街は、どこかしら二人のいた世界に近い空気があり、二人は好んで訪れていた。今日もある人形師の庵を訪ねた帰り道にお気に入りの喫茶店に立ち寄る。
 そこで二人、紅茶とケーキを楽しみながらふと遠くない昔の事を思い返す。今では二人一緒にいるのが当たり前すぎて、出会った頃の、別々に過ごしていた頃の事が霞んできている。
 大切な思い出を忘れるなんて駄目だなぁ、と蛍は笑い。それだけ夢ここちの一時だったのですよ、と珠緒がフォローする。
 それに、付き合いはじめてからの毎日は世界が変わって見えた。あれだけ辛いと思えた戦いの日々も、愛しき人が隣にいてくれるだけで心折れる事なく乗り切れる事ができた。見知らぬ場所へ行くのがとても楽しみになった。こうして平和な日常を過ごす事が、とてもキラキラして見えるようになった。
 これからも色々な事が起きるのだろうけども。二人一緒ならば絶対に乗り越えられる。口には出さないが、二人はそう確信していた。
 だってそれが、恋で。
 だってそれが、愛だから。
 2つが1つになるというのは、それだけの強さが出来上がるのだから。
「あ、蛍さん。口の端にクリームついてますよ」
「え、本当?」
 可愛い、愛しい人の唇の端をそっと指でぬぐって。はしたないとは思いながらも指についたクリームをぺろり、と舐める。
 顔を真っ赤にする蛍は本当に可愛い。
 たまにこうして意地悪してくる珠緒は本当に愛しい。

■季節は巡る
 どれくらいの時が経っただろうか。あっという間だった気もするし、とても長かった気もする。それほどまでに充実した日々だった証左とも言えるが。
 季節は春。機械の都市練達と言えども一部には花々が咲き乱れる空間がある。蛍と珠緒はせっかくなので、と庭園を訪れていた。
 そこはかつての世界を思い出す程の桜が咲き誇り、今まさに満開を迎えんとしていた。それ故か観光客の姿も多く二人は人混みに揉まれる形になる。
「珠緒さん、手を繋ごう」
「は、はい」
 蛍は珠緒の手を引いて、胸を張って歩いていく。人と接するのが若干苦手な珠緒を気遣って、率先して前を歩き人混みをかき分けてくれる。
 蛍は当たり前だと思っているのかもしれないが、その当たり前が珠緒には心地よかった。大切にされている、と実感できるから。
 やがて二人は人混みを抜けて、一本の大きな桜の木の下へたどりつく。他より一回り大きなそれは、咲かせる花もまさに大盤振る舞い。風に舞って空を踊る花びらがあれど、尽きる様子を感じさせない大木。
 二人は手を繋いだまま、しばしその桜の雄大さに見惚れていた。
「……凄い、ですね」
「うん、ほんとに」
 かつていた世界でもこれほどまでに立派な桜を見る事があっただろうか。
 屋敷から動けない珠緒はもとより、普通の学校生活を送っていた蛍もここまでのものは見た事がない。これが、混沌世界、異世界というものであろう。
 二人の眼前を、桜の花びらが通り過ぎる。その光景は蛍にある事を思い出させた。
「そういえば、今思い出したんだけど」
「なんでしょう?」
「元の世界に居た時に、桜を見た時に。珠緒さんの声を聞いたような気がするんだ」
 それは、あの日の事。誰のものかもわからない、けれどはっきりと聞こえた自分を呼ぶ声。今思えば、あの声は隣にいる恋人の声だったのではないか、そう思えて仕方ないのだ。
 何故なら彼女のフルネームは、『桜』咲 珠緒だから。
「それは……」
 違うでしょう、と言いかけて。はた、と珠緒も思い出す。元いた世界、動けなかった自分。その自分が我儘を言ってまで近くで見たあの花の事を。
「……そうかもしれません。実は、私も。元の世界で蛍さんに出会っていた気がします」
 藤の花にくっついていた一匹の季節外れの蛍を思い出す。そして、隣にいる優しき人の名前は、『藤』野 蛍。
「不思議な事もあるものだね」
「ええ、本当に」
 顔を見合わせて、笑い合う。不思議だけど、理解できないけれど。きっと、あれは。今この時を迎える為に花が繋げてくれた絆。

「ずっと一緒にいようね、珠緒さん」
「勿論です、蛍さん」

 この愛しい人を、ボクはずっと護るよ。
 この優しい人を、私はずっと支えます。

 二人を、春の温かい風と。桜の花が声もなく見守っていた。

  • 花が結ぶ物語完了
  • NM名以下略
  • 種別SS
  • 納品日2020年11月26日
  • ・藤野 蛍(p3p003861
    ・桜咲 珠緒(p3p004426

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