PandoraPartyProject

SS詳細

夏という名の幻影

うだる

登場人物一覧

ジェック・アーロン(p3p004755)
冠位狙撃者

●幻想I
 ジジジ、ジジジと焦れるようなノイズが鼓膜の奥を揺さぶっていた。
 頭上から降り注ぐ七月の日差しは強く、熱された空気を肺の中に取り込む度に『季節(なつ)』は否が応にもその存在感を強めるばかりだった。
 ジジジ、ジジジと蝉の声が世界を焦がす。
 熱い空気を辛うじて――申し訳程度に撹拌する微風が軒先にぶら下がった割れた風鈴を鳴らしていた。
 燃える太陽、萌える緑。
 古い木造家屋、自転車、遠くから子供の声――
 誰がどう見てもすぐに分かる田舎の夏の風景は、まるで定型(テンプレート)であるかのようだった。
 だから、だからこそ――
(――何だ、夢ジャン。これ、唯の夢だよネー)
 ――ジェックはすぐに気付いてしまった。
 現実感さえ伴った世界を泳ぐ彼女は簡単に気付いてしまった。
 余りに鋭敏に、余りに当たり前に、まったく明晰夢であるが如く――夢を見れない少女は自身を包む灰色の世界に浮いた色彩をどうしようもない位に信じる事は出来なかったのだ。

●現実
「……ん……」
 暑いのは本当だった。
 異様な位に汚れた世界の気温と粘つく湿度は夏でも防護服を手放せない彼女にとっても迷惑千万である。
「……あつ……」
 もう少し微睡んでいられたら、自分を騙す事さえ出来たなら。
『記録の中で見た夏という名の幻影』と遊んでいる事も出来ただろうに。
(幻想の夏なんて――確かに何処にもありはしないよネ)
 薄ぼんやりと覚醒し、細くその目を開けたジェックは黒ずみ、乾いてひび割れたコンクリートに寝そべったまま、ガスマスク越しに映る空を見上げていた。
 光化学スモッグを何十倍にも濃くしたかのような灰色の空。
 一見すれば厚曇りにも見えるその空は、しかして違う。『その雲は永遠に晴れる事は無い』。
 彼女の世界を蝕んだ深刻過ぎる大気汚染は殆どの生命の活動を途切れさせたままだ。GP-7(マスク)なしにはどんな生物も長くは生きられず、故に汚れた世界で辛うじて息を繋ぐのは高度な知性を持った人間だけだった。人間が為したかも知れない罪業の結果を、人間だけが逃れようと足掻いている。皮肉極まりない事実だが、産まれてから死ぬまでマスク無しには過ごせない生というのも或いは罰と呼べようか。
 固形の食事にせよ、清潔な飲料にせよ、ジェックには当然のように望むべくもないものだ。
『最初から無くて当たり前、知ってもいない幻想なのだから、求むる意味すらない上等』である。
「でも、実際どうなんだろうネー」
 むくりと上半身を起こしたジェックは一人ごちた。
 防護服を通さない夏とは――世界が清涼だった頃の空気はどんなものだったのだろうか。

『清浄プランターの外に自生する植物は、自分の知るものとは別物なのだろうか?』
『死に絶えて久しい蝉という生物の声は、記録映像と同じなのだろうか?』
『海(しのりょういき)に身を浸す海水浴等という行為は本当に行われていた事なのだろうか?』

 一つとて確信は無く。
 ジェックが単なる知識として得る遠い遠い過去の幻影はそれでも彼女の興味を離さない。
「……………」
 ふと、愚かな事を考えてしまった。
(もし、このマスクを取ってみたら、なんて――)
 それは愚かな行為なのだ。この世界は生命体を拒絶している。
 人類が、自身が辛うじてこびり付いたままなのは謂わば残光である。
 そう遠くない未来に朽ちて果てる――廃滅する世界に瞬く、ほんの僅か一瞬の。
(――分かっているのに)
 分かっているのに、そんな気持ちが沸き上がる。
 破滅的な願望でありながら、破滅的であるが故に抗い難い。
 記録映像のように全てが嘘で。この世界は誰も拒絶なんてしていなくて。
 記録映像の方が本当で。この世界は全て嘘だらけで――
「……なんテ、ネ」
 ――ジェックはそこまで考えて詮無い思案を辞めにした。
 世界は今日も灰色そのものではないか。故にそれが真実だ。
 野辺には草の一本も生えず、ダークグレーの天蓋は永遠にそこを退く気配は無いのだから。
 変な夢を見たから、感傷的になっただけ。
 一つ二つ頷いて納得した彼女は今以上を望んでいない。
 ……そう、望んでいない筈なのだ。

●幻想/現実
「……だって言うのに」
 ジジジ、ジジジと焦れるようなノイズが鼓膜の奥を揺さぶっていた。
 頭上から降り注ぐ七月の日差しは強く、熱された空気を肺の中に取り込む度に『季節(なつ)』は否が応にもその存在感を強めるばかりだった。
 ジジジ、ジジジと蝉の声が世界を焦がす。
 熱い空気を辛うじて――申し訳程度に撹拌する微風が軒先にぶら下がった割れた風鈴を鳴らしていた。
 燃える太陽、萌える緑。
 古い木造家屋、自転車、遠くから子供の声。
 それは、何時か夢見た風景に似た――きっと全く別の風景だった。
「人生、何があるか分からないヨネー」
 古い民家の軒先に座り、足をだらしなく放り投げたジェックは見るからに夏の装いだった。
 蒼白としか言いようがない、抜ける位の白い肌を惜しげもなく晒すタンクトップに短いズボン。色素の薄い彼女の髪はアップして纏められている。かつてならば毒に身を浸すようなもの。途端に蕩け堕ちるかのような無防備だったろうに――彼女はまるで無事だった。
 否、無事である事を疑う者すら無い程に『混沌(このせかい)』は清潔に満ちていた。
 突然に起きる特異運命座標(イレギュラーズ)としての召喚は、誰にとっても有り難いものではないだろう。特に旅人は元居た世界より断絶し、時にアイデンティティとも呼べるその力を奪われる事もしばしばだ。
 だが、ジェックは殊の外気楽に、愉しく、楽観的にこの世界を受け入れていた。
 混沌は自分の世界より美しい。混沌は自分の世界にはない恵みがある。元の世界を懐かしむ気持ちが無い訳ではないが、住めば都を通り越して――ここはまるで『物語の中の楽園』であるかのようだった。
(まぁ、何故かGP-7(マスク)だけは『外れない』のが因果デスケド――)
 元の世界の我侭を最後の最後に持ち込んでしまったかのような恩寵(ギフト)だが、まるで『自身と繋がってしまった』かのようなそれにも細かい事を気にしないジェックは動じていない。
 元から体の一部だったようなものなのだ。今更外せなくても何だと言うのだと。
 夏の音がする。
 肌が夏の空気を感じる。
 気の所為なのか、鼻腔の奥に夏の匂いが滑り込んできた気がした――
「……………これ、唯の夢じゃないんだよネ」
 夏という名の幻影は、ガスマスクの少女を捉えて離さない。

 ――GP-7(マスク)の先はこの先の楽しみにしよう――

 こんな奇跡が、不条理にして破壊的な奇跡が起きるなら。
 この先に何が起きるかなんて、それこそ下手人(かみさま)以外の誰にも分からないではないか。
 今は感じればいい。この夏を。今は知ればいい。海の冷たさを。風の心地良さを。
「……アハ!」
 彼女はこの時、何となく――そう本当に何となく。
 きっと、この時――心の何処かで自分が『知らない世界』を求めていた事を自覚した。

  • 夏という名の幻影完了
  • GM名YAMIDEITEI
  • 種別SS
  • 納品日2019年07月20日
  • ・ジェック・アーロン(p3p004755

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