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練習メニューと夜の風

登場人物一覧

メリッカ・ヘクセス(p3p006565)
大空の支配者
メリッカ・ヘクセスの関係者
→ イラスト

●正直に言うと彼女の訓練はめちゃくちゃではあったがそれでも強くなるには一番の近道であったと思われる
「ハァッ、あ、う、オエッ、はぁ、ハアッ、うううっ……」
「へえ、私の授業についてくるなんて、貴女良い子じゃないの。
 此処は根性なしが多いと思ってたけど……いいわ、貴女、名を名乗りなさい」
「メリッカ、で、す……」
「ふうん? メリッカね、宜しく。私、貴女を気に入ったのよ」
 小柄。細い腕。根性のなさそうな仏頂面。
 それがフェデリカが最初にメリッカへと抱いた印象だった。
 もっとも、メリッカは同期の中──海洋王国士官学校の同学年の生徒の中では、筋肉もあり、なかなかバランスの良い身体をしていたのだが。
 ともかく、フェデリカの期待を良い意味で裏切ってくれた生徒は片手で足りるほどだろう。その中でも数少ない女生徒が彼女、メリッカというわけだ。
「ともかく、嘔吐していては話にならないわね。皆休憩を取っていいわ。今日の授業はここまでにしましょう。
 メリッカ、貴女立てる?」
「は、い」
 生まれたての小鹿のようではあるが、よろよろと立ち上がった。その青い双眸が爛々と輝く。
 ああ、このは折れないのか。
 フェデリカの口角が上がった。立ち上がったメリッカを確認すると、フェデリカは速足でその場を去った。
 彼女はその日以降、メリッカの面倒をよく見てくれるようになった。

●失われたものは元には戻りはしないが
 街が燃えている。
 学生であるメリッカが戦うことになったのは、街が凶悪犯罪者に占拠され、海洋軍人が手を焼いているという報を受けたからだ。
 もちろん学生であるがゆえにできることに限度こそありはしたのだが。
「へぇ……嬢ちゃん、軍人志望なんだ?」
「それが何。あなたには関係ないでしょう」
 敵であれども礼儀を怠るな。それがフェデリカの教えであった。
 貪欲に勝利を、生を求めてはいるが、それよりも平和に暮らしていた人々の安寧を取り戻すことが一番重要だ。
 逃げ遅れた幼い子供たちを背に庇い、メリッカは敵と対峙する。恐怖で足は震え。けれど、握った拳は解かずに。
「うん。うん。俺ね、そういう子の希望を踏みにじるのってだーいすき、なんだ」
「?!!」
 敵の男は跳躍する。大きく。高く。
 メリッカもスカイウェザーであるがゆえに跳躍は容易い。けれど撃ち落されてしまうのが目に見えている。敵戦力は街を占拠することが可能なのだから。
 小さな子供たちが身動きできずに、逃げることすら叶わずに。そのうちの一人が足をもつれさせつまずいた。
「危ないっ!!!!!」
 庇う。抱き上げる。そして、
「あ、う、ぐ、いっ、あああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」
「へぇ、嬢ちゃん魔眼だったんだ……まぁ、その目も取られちゃおしまいだけどねえ」
 目を。えぐられる。
 生きたままの苦痛というのはこういうことを言うのだろうか。身悶えすることすら叶わない痛みにメリッカは顔を苦痛にゆがめた。
「はぁ、はぁ、う、ぐっ……」
「! へぇ、まだ立ち上がるんだ……。いいね。じゃあその根性に免じて今回は見逃してあげる。じゃあね~」
 男はまた高く跳躍した。
 メリッカは男の背を眺め、消えるのを確認すると、倒れてしまった。

 がらんどうの右目。
 メリッカは病院のベットの上で沈んでいた。
 誇りと自信の象徴である右目を失った。それが酷く歯がゆく、苦しい。
 小さな子供たちが死なずに済んだのはよかった。しかし、これでは戦闘に支障をきたすかもしれないし、最悪学校ごと居場所を失うかもしれない。
 大切にしていた目を失ったメリッカは、ぼんやりと空を眺めていた。
「……失礼するわね」
「…………フェデリカ先生」
「生きていたのね。よかったわ……」
 近くに置かれていた椅子に座り足を組むと、酷く安心したような笑顔で微笑んだ。
「魔術は専門外故、判らないけれど、」

「メリッカ。貴女は軍人として素晴らしい行いをしたわ。誇りなさい」
「……っ、はい……」
 ぼろぼろと零れ落ちる涙。
 フェデリカはしばらくメリッカの背中を撫で、慰め、寄り添い続けたのだった。

 その後は無事に卒業。軍属にならず特異運命座標イレギュラーズとなったメリッカを惜しがりつつも見送った。

●そして時は流れ
(どうしてこうなったと思う?)
(僕もわからない)
「えー。新しく水泳部顧問になったフェデリカ・パンターニ、宜しく」
 体格が小柄なこともあり、希望ヶ浜学園には高校生として入学したメリッカ。そんな彼女を待ち受けていたのはかつての上官との再会であった。
 もう水着に着替えているし、逃げるなんて尚更かなわないだろう。もうすでに入部届は受理されているだろうし、彼女が顧問であるならば彼女たちの名前もばっちり確認されているであろう。つまり今逃げ出せばあとで物理で殴られるのもやぶさかではないというわけだ。
「久しいわね、二人とも」
「は、はい!」
「またよろしくお願いするわね」
 ああ、逃げられない。
 二人の直感はすぐに的中するのであった。

 彼女のしごきは健在であった。
「三分間の潜水と三キロマラソン三周、筋トレは自分の体重プラス30kg、腹筋500背筋500柔軟一時間が毎日のメニュー。休憩は勿論なしよ。そこから一時間の個人メニューをこなしてから合同練習って形にしようと思っているの。
 それじゃあいってらっしゃい」
 水に落とされる。
 もはや一種の拷問の一種のようだ。
 逃げだすものは捕まえられ、そうして、地獄のメニューの幕が上がった。

「オ゛エ゛ッ、おれ、も、すいえ、ぶ、やめ……」
「うっぷ……ごめ、トイレ」
「はぁ、はぁ、はぁ」
「せんぱ、たす。け」
 結果から言おう。阿鼻叫喚もいいところであった。
 メリッカたちは慣れこそしていたが、夕暮れ染まるプールサイドであおむけにぐったりだ。


 中には疲労のあまりプールサイドで眠ってしまうものもいた。
(あ、だめ、も、寝よう……)
 それはメリッカも例外ではなく。久しい筋肉痛に悶えながらプールサイドで意識を落とした。

 そして目が覚めた。
「……今日は解散だな」
「ですねえ……」
 男女に分かれ、部室でシャワーを浴びて着替える。
 水泳部ならばずっと泳いでいるものと思っていたがメニューでこれほど疲弊するとは予想外だった。それもこれもフェデリカというイレギュラーが居たからこそなのであろうが。
(久々に見たけど元気そうだったな……)
 シャワーも済み、制服に着替え海洋に帰ろうとしたメリッカの耳に聞こえてきたのは嘔吐の声。また誰か履いているのか、そう思い駆け込んだトレーニングルームに居たのは、
「フェデリカさん?!」
「……? ああ、メリッカか」
 見たこともない大きさのバーベルを置くと、フェデリカはメリッカの背中を押してトレーニングルームの外へと出る。
 外はもう夜であった。星が見え始め、気温は少しずつ下がりだす。メリッカと己用のスポーツドリンクを購入し、フェデリカはメリッカに手渡した。
 メリッカはペットボトルを開けて一口飲むと、うつむきながら声を上げた。
「……どうして、そこまでするんですか」
「それは、どういうこと?」
「だって、あなたはもう十分強いのに。吐いてまで、どうして強くなろうとするんですか」
 フェデリカは一瞬面くらったが、くすくすと笑うと、夜空を見上げた。
「加齢による衰えと闘いこれを覆し、そして更に闘う者として成長していく為に鍛えているのよ」
 まだ戦場で戦いたいという思い。
 簡単に負けたくないという気持ち。
 それらが混ざり合った結果がこの練習メニューなのだ、とフェデリカは語った。
 彼女の闘志は、冷たい夜の風を、幾分かあたためたのだった。

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