CQ

登場人物一覧

●Doctor, help me.
「先生、今日もお見舞いに来てくれたの？」
「ええ、そうですな。君は、私の患者だから……と、云うのは、冗談ですが」
「ふふふ、お茶目な先生！」
　キャラメル・ブラウンのウェーブが柔らかく波打つ。アプリコット・オレンジの瞳が満足げに三日月を象った。
　彼女は『先生』と呼んだ男――レカ・フォンフリーへと微笑んだ。
　彼女は重篤な病気を抱えた乙女だ。否、其れは軈て病魔になると云うべきか。癒しの力を拒むと知られたとき、彼女は齢16の少女であった。裕福な家庭に生まれた、愛らしい少女を襲った原因不明の病気を、彼女の両親は恐れ、彼女ごと遠ざけた。
　彼女に与えられたのは森奥のペンション。お気に入りのテディベア、ふかふかの枕、自室のパーリッシュ・ピンクのカーテン、新しいワンピースを飾るトルソー、キャンバス、何もかもを贈り物のように白い箱に詰めて、真っ赤なリボンで包んで。

　そうして、彼女は独りになった。

　そんな彼女に当てられた主治医が彼、レカであった。
「レカさんはね、お医者さまんですって。今日から××のことを診てくださるの」
「然も凄腕ときた。これならば心配もいらないだろう、××」
「気を付けて、いってらっしゃい（病原菌のくせに）」
「元気胃になって帰ってくるんだぞ（治るともしれないくせに）」
　父は、母は。
　彼女を笑顔で送りこそしたが、帰ることは望んでいないのかもしれない。
　ならば、いっそ此処で死んでやろうと。
　彼女は、主治医に其れを話すことにしたのだ。
　穏和な笑み、物語から出てきた王子様のような風貌、その確かな腕――尤も、彼の場合はウィッチドクターとしてのモノであったが――そのすべてに彼女は酷く安堵した。
　彼女がレカへと最初に投げかけた言葉は、『私は治るの？』という、単刀直入な一言であった。親から遠ざけられ、突如一人になり、そうしてきた焦りはレカにもぶつけられたであろうが、然し、レカは柔らかく微笑んで、告げたのだ。『ええ、いつでも治せますぞ』と。
　自信過多か、或いは此れ迄の実績故か。理由はどちらともないだろうが、然し、彼は確かに彼女を安心させ、そして笑顔にしたのであった。
「ねえ、お医者さま。私ね、治さないでほしいの。私の終わりが、近づく迄は」
「ふむ？　珍しい依頼でありますな。その理由をお聞きしても？」
「……父さまも、母さまも。私が病気だと知った途端に冷たくなったの。
　屹度その程度の家族仲だったの。なら、限界まで家出してみようかしら、って」
「ふふ」
「な、なにがおかしいの」
「……いえ。でしたら、私もお手伝いさせていただきますぞ。ご安心ください、ご両親にもお告げいたしません」
　内緒ですね。
　形のいい唇に当てられた人差し指と、へにゃりと下がった眉。
　とくん、とくん、弾む胸がおかしい。此れこそ病なのではないか、娘は首を傾けて、気が付いた。
　嗚呼、私は恋をしたのだ。
　ならばこの病すら、利用してみせましょう――

　小さな約束が結ばれた。
　あなたと、わたしは、ひみつをかかえた、なかまなのだと。

●Doctor,
「先生、今日はお出かけがしてみたいわ」
「ならば私もお供しますぞ。何、女性を護るのは男たるものの務めですからな」
　彼女は日に日に衰弱していった。然し、其の衰弱を感じさせない程に、彼女は恋愛感情を――レカにとってのご馳走を漂わせていた。
　彼女が自分に恋をしていることは知っていた。けれども、其れは成就させないほうが良い、というのがレカの考えであった。
「優しいのね」
「人に優しいのは当然でありますぞ。患者ならば、尚更（優しくする？つけ込んでいるのと同じじゃあないか）」
「それじゃあ行きましょうか。きゃあっ？！」
「お……っと」
「あ、ありがとう……王子様みたいね」
「嗚呼……ふふ。危ないですぞ、お姫様（君の王子様にはなれないのに）」
「まあ！」

　穏やかに過ぎゆく日々は彼らにとっては幸いたる日々であった。
　だからこそ、彼女は忘れていた。
　自らを蝕む病魔は、癒しの術を阻み、命を喰らうのだということに。

「……う、が、ぁぁ、」
　激しく波打つ心臓。
　燃える。
　燃える。
　燃える。
　私の命が燃えている。
「せん、せ、ひゅ、」
　呼吸が苦しい、なら、私は死んでしまうの？
　もがく。
　もがく。
　もがく。
　けれど、嗚呼、だめみたいだ。
　おやすみなさい、先生。

「……」
　レカが辿りついたとき、彼女は既に旅立っていた。
　彼女の眠りを止められなかったのは己の責任である。レカは深い後悔の中に沈んだ。
　手厚く。彼女を、葬ろうと、した。
　その時。

「？！！」
　彼の視界は、白に包まれた。

●先生

　ねえ。わたし、もう一度、会えるかしら。
　あなたをさがして。新しい、世界で。