PandoraPartyProject

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ぼくらは小鳥に夢を見る

登場人物一覧

ライセル(p3p002845)
Dáinsleif
ラクリマ・イース(p3p004247)
白き歌

 青い小鳥は飛び立った。ちちち、ちちち、と聲を発して。
 待ってよと追いかける指先はまだまだ、届かない。縺れる脚に力を込めて。
 まだまだ、手に入れるまでは遠いだろうと空っぽの鳥籠抱えて走り出す。
 さいわいのそのもとへ、辿り着く日を夢見るように――

 燦々たる陽は、昨日までの不機嫌顔の天色など忘れたように微笑んだ。淡い緑は喜んで、歓迎すると旭日へとにんまり笑う。時計の長針と短針が喧嘩してそっぽを向いていようとも、ラクリマとの休日を楽しむことを忘れない。ライセルは物語を口遊んだ唇を見詰め遣って目を細めた。
 流れるように御伽噺を指先追いかけて、ラクリマは「青い鳥って信じます?」と問い掛ける。顔上げて、丸い眸が喜色滲ませ細められればライセルは「さあ?」と揶揄うように唇に三日月食む。
「しあわせのあおいとり、と言うそうですよ。
 過去や未来の国に探しにいくこどもたち。けれど、結局は――って聞いてますか?」
 拗ねるように唇尖らせて問い掛けるラクリマに「聞いているよ」とライセルはぎゅうと抱き締めた。ソファーで傍らから感じるぬくもりがうっとりするほど心地よい。見下ろせば蜜色の髪が頬を撫でる様さえ愛らしいとライセルはそう、と手を持ち上げた。首筋に掛った長くなった蜜色を掬い上げて梳いてみる。擽ったいと身動いで「もう!」と睨め付けたその眸さえ愛おしいのだから重傷だと降参するように掌で宙を掻いた。そこまですれば、彼も諦めたようにそっぽを向いて。宙仰ぐ。思案顔は、一点を集中した後に悔しげに眉を寄せ。
「それで、ええと……何処まで話したかな……」
「青い鳥を追いかけて、けれど、結局は――かな?」
「あ、そうだった。結局は、籠の中。灯台もと暗し、身近なところにしあわせはあった、というお話なんです」
 本をぱたりと閉じて、そらいろが楽しげに歪んでライセルを仰ぎ見る。「気になるなら貸しましょうか」と幼子にするように微笑む彼にライセルは「ラクリマが好きな本なら何だって教えてよ」と絵本を手に取りぱらり、ぱらりと捲り往く。
 その横顔を見上げた後、ラクリマは茫と虚空を眺めた。
 心に渦巻いた、すこしの惑い。抜け出せない、出口だと思えばそれは唯のまやかし。感情のトロンプルイユは君には決して明かせない。
 ラクリマは言葉をごくり、と音を鳴らして嚥下する。愛しいと指先絡めることが出来れど、たったのそれだけ口付けさえも戸惑うかの様に『親友』の姿が過り首を振る。屹度、不安さえも彼は気付いているから。
「ラクリマ」と呼んで頬を擽って。擽ったいと拗ねれば微笑み「可愛いね」と笑み零す。そんな――毎日の平凡に溺れていたかった。それをしあわせという文字で埋め尽くせばどれ程までに微温湯に沈んでいられるか。
「ラクリマが過去に青い鳥を探しに行ったなら、俺は此処で待っているよ。
 ラクリマが未来に青い鳥を探しに行ったなら、俺はその未来をもっと幸せにすると誓ってあげよう。
 それから、ラクリマが青い鳥を見つけるのなら、屹度、俺が持っている鳥が良い。そんな風に思ったけれど」
「……恥ずかしい人ですね」
「照れた?」
「照れてませんけど」
「嘘だ、照れただろう? 俺はラクリマの事だったら何だって分かるんだ。
 俺は俺のお姫様のことだったら何だって分かるんだよ。信じていないな? 例えば――」
 指折り数えるように。例えば、そうだな、とライセルはラクリマを覗き込む。
「君が食べたいもの、飲みたいもの。好きな動物や、好きな歌、好きな物語に武器、花もそうだ。
 眠るときには抱き枕が必要かどうかとか、紅茶に砂糖をいれるかどうか――黒子の数だって」
 おい、とラクリマはその言葉を遮った。唇を尖らせて批難すれば彼はくすくすと小さく笑う。彼は、何時だって自分のことを笑顔にする。其れを識っているから笑ってなどやるものかとラクリマはふい、と視線を逸らした。
「――冗談だよ」
 本気だったら怖いだろ、と立ち上がろうとしたラクリマの手をぎゅう、とライセルが掴む。白魚の指先はほっそりと、その指先の違いにとくりとくり、心が跳ねた。ライセルの長い指はラクリマの指先をなぞり、進んで愛おしげに爪先で指の付け根をかり、と掻く。ぞ、と背筋に走った感覚に手を払いのければライセルは悪戯めいたシオンの眸を細めて覗き込む。
「お姫様? 何処へ行くの?」
「……お姫様が何をご所望か知っているんじゃないですか?」
「なら、甘いココアと、街で買ってきたガトーショコラを用意しようか」
「それを俺が求めているって?」
「ううん、俺がラクリマに似合うと思ったんだ。美味しいよ?」
 なんだそれ、とラクリマは小さく笑った。座っていてとクッションを一つ手渡され、ソファーへと深く深く腰掛ける。暖かな日差しは喧噪など知らぬ顔。穹窿に吸い込まれる鳥の影を眺めながらラクリマは茫と考えた。
 青い鳥を追いかけて、過去に行ったならばどうするだろう。
 青い鳥を追いかけて、未来に行ったならばどうするだろう。
 空っぽの鳥籠を抱えた俺は。
 ……それから、見つからないと泣いていたら――現在は、屹度、彼が――

「ラクリマ?」
 マシュマロひとつ、ぷかりと浮かぶ。ココアのマグカップを二個揃え、手に持って。ライセルはぱちりと瞬いた。
 ソファーに凭れて眠ってしまった彼にマシュマロは抗議顔。あとで、美味しくココアと一緒に食べてあげると揶揄うように指先で白を沈めてやれば仕方が無いと拗ねたように甘いショコラに染まってこちらを覗いていた。
 ガトーショコラは冷蔵庫にお留守番。バスケットに詰め込んだ菓子たちも少しお昼寝をしておいでと眠りを誘う。
 彼の隣に腰掛ければ小さく身動ぐ動きと共にん、と鼻から抜ける声が擽った。耳朶を伝って、雨だれのように。心地よい、その吐息に寄り添えば、気付いたように服の裾をきゅ、と掴む指先が愛おしい。肩口にもたれ掛かった体重が待っていましたと告げるようで――嗚呼、けれど寝起きの彼は「良い枕でしたよ!」と朗らかに笑って誤魔化すのだ。
 こんなにも愛おしい。そのぬくもりに溺れるように微笑んで。は、と唇に指先寄せる。今は少しだけ静かにしていて、俺の鼓動。彼が起きてしまわぬように。
 だから――仲良くしていてね、時計の長針と短針。君たちがさよならと手を振ってしまえば、彼の眠りが途切れてしまう。心を通じ合わせるようにかちり、と大きな音立てて重なり合った針達にライセルはくすりと微笑んだ。
 陽に透かした金糸が可愛らしい。穏やかに微笑んだ君の眠りのそばにあれることが愛おしい。

「――おやすみ」

 注ぐ陽の色、おだやかな毎日の続きを決して見失わぬように。
 きみがすきだよ、とは言わなかった。伝わらなければ意味が無い。だから、今日はお預けだ。
 肩へと乗った重みを喪わぬようにと微笑んだ。君に、何度だって『おやすみ』を告げて。
 共に眠った後は君より先に起きてその寝顔を見詰めたい。それから、『おはよう』と笑いかけよう。
 拗ねたマシュマロにごめんねと笑いかけて、一緒に穏やかな午後のティータイムを始めよう。君が好きだと思って買った菓子がバスケットで出番を待っているんだ。

 だから、どうか夢を見ていて――眩い未来に青い鳥を探しに行っておいで。


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