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果実が腐り果てるまで
登場人物一覧
●鏡界、反転す
深い夜に包まれた西洋の街並み。煩雑な路地の一角で袋小路に迷い込んだ強盗達はどよめいた。先刻まで追っていた筈の獲物――神職の衣を纏った女を見失うばかりか、黒い蔦が伸び上がり、あっという間に退路を塞ぐ壁となったのだ。罠に怯える配下達をねめつけて、強盗の頭が声を荒げる。
「喚くな! こいつは時間稼ぎの罠だ。獲物を逃そうが命まで奪おうって代物じゃねぇ」
「相手が普通のシスターなら、僕もそう思うところだゾ」
突然降る声に屋根の上を見上げる男達。視線の先には『ラド・バウD級闘士』溝隠 瑠璃(p3p009137)が立っていた。月光を背に闘気を帯びた立ち姿は、罠にかかった鼠へ勝ち誇りに来ただけでは無いと、その場の者達へ明示する。
「残念だけど、僕の
「がはははっ! 笑える冗談だぜ嬢ちゃん。誰が俺達を潰すってェ?」
「死ぬ気でやれば何でも出来るはず! それに」
向けられた銃口に怯む事なく、軽やかなステップを踏むように彼女は屋根から踏み出し――ふわ、と軽やかに男達の前へ飛び降りた。寄せ集められた敵の只中に着地すれば、己が心の深淵に手をかけようと目を閉じた。
「こんなに夜も深いのに、刃を交える
光と闇があるように、彼女の中には二つの性質が鏡合わせに成っている。人の身である己が光ならば、対成すものは人ならざる力。意識を研ぎ澄まし、それの意識を引き上げた瞬間――辺りに不穏な気配が満ちる。悪意を感じた頃には後の祭りだ。展開された結界が瞬く間に強盗達の足元へ伸び、触れた者達を深く昏く――されど甘美な、泡沫の快楽へと引きずり込む。
「うわああぁぁ……ぁ……ッ」
「ひっ……何、なん……」
足元から這い上がり腰を抜けるような悦びは無法者達とよほど
「……あ、悪魔…」
「いいえ、少し違うわね」
袋小路を塞ぐ蔓が解け、罠にかけた『境界案内人』ロベリア・カーネイジが冷ややかに微笑む。
「彼女は夢魔よ。半分だけれど……今宵、貴方の全てを奪うには勿体ない程の美人でしょう」
「雑魚どもの頭か。品の無さそうなツラだが、少しは愉しませてくれるのであろうな?」
触れ合う温もり。首へと腕を絡ませ寄り添った夢魔の瞳は、辺りに倒れる仲間達の精気を吸って鮮やかな金へと変わっている。
――美しい。ただ一言口にする事も許されず、お頭と呼ばれた男は快楽の波に意識を沈めた。
異界を統べる夢魔の女王。その血族にして愉悦せし者――夢魔ロベリアここに在り。
●堕落のはじまり
「久方ぶりの盛大な吸精結界。それなりの収穫ではあるが……やはり量よりも質か」
足元に屍を築きながら、夢魔ロベリアは火照った身体のまま大きく身を伸び上がらせた。みなぎる魔力で淫紋がジクジクと熱を持っている。この程度では物足りない。もっと良質な精でなければ、幾ら奪えど満足感は薄まるばかりだ。人の食事に好き嫌いがあるように、夢魔もまた精においてはグルメである。とりわけ夢魔ロベリアは上流の存在。そんじょそこらの夢魔が満足する程度の吸精で満ち足りる事はなく、ともすれば他に喰らえる新たな得物は――。
「急ぎで降ってわいた仕事とはいえ、少し無理をさせすぎたかしら。瑠璃……では無いのね、貴方」
藍色の髪をかき上げて、長い耳にかけながら聖女が夢魔ロベリアに近づく。此方を伺う瞳は敵か味方か見定めるようで、強盗の逃げ場を封じていた植物の蔓を、役目を終えてもなお、足元に従えていた。
これは脅しだ。不審な動きをすればいつでも蔓をけしかけるぞと暗に示し、此方の出方を伺っている。
「我と同じ『ロベリア』の名を冠する者がどのような者かと思えば……まるで水に怯える猫ではないか」
「慎重派と言って欲しいわね。ひとつの所に敵を集めれば一網打尽にする術はある。……瑠璃にはそう聞いていたけれど、貴方のような別の人格があるなんて話、聞いてないわ」
「強盗の前では調子よく話を合わせておったろうに」
「死に際に女同士の姦しい揉め事を聞かされるなんて、ゴミ屑みたいな命でも1ミリくらいは同情してしまうじゃない」
殺す事に躊躇いはなく、死の際にはこだわりがある。なんともまぁ歪な美学である。かつてこの女にも神聖として清らかな部分があったろうに、どうして此処まで歪んだか。これ以上歪めば何処まで堕ちるか――。
「クハハ! ……興味が沸いた。疾く我に汝の事を良く見せるがいい」
「お断りよ。早く瑠璃に身体を返しなさ――」
話が終わるよりも先に動いたのは蔓だった。聖女を守るかのように、近寄る夢魔へ蔓の切っ先を向けて伸びる。貫こうとしたそれらは全て、たった一瞬。夢魔ロベリアの甘い吐息ひとつで枯れ落ちた。
「この程度で牽制のつもりとは、片腹痛い」
「――なッ!?」
(まさか、この一瞬で蔓の精気を喰らい尽くしたとでもいうの?! あれほど男達を平らげておきながら……!)
「恐ろしいか? ロベリアよ。我は異世界の夢魔の女王の血族……故に、したい事を為し愉悦する。例えばこのように」
枯れた蔦が足元で突如、息を吹き返す。蛹が蝶になるようにパキパキと植物の表皮を破り、内側から覗きだす瘤のついた触手。
「本当に、趣味の悪い……!」
「傲慢と思うかえ? だが本来の我はそれが許される立場ぞ」
己が身を守ろうと聖女ロベリアはすぐさま術式を展開した。グロテスクな姿の触手を毒針の雨で貫き崩し、白い炎で焼き払い。退ければ倍に増える悪意を前にしても、強く抗い続ける様は――嗚呼。なんと腐らせ甲斐のある果実だろう!
●悪夢、鋳造されるまで
「ぁあっ、ぁ……は、……っ」
酸素を求めて開かれた唇から、だらしなく零れ落ちる唾液。それすら愛おしげに夢魔は啜り、柔らかく目を細める。
「難儀よのう、聖女というものは。この戒めから解き放たれれば、汝も幾分か楽になるというのに」
「ンんんっ……!」
するり。褐色の手が汗ばんだ腰をさすり、聖女の両足を戒めるベルトをなぞった。最も深く、強く精力を奪い取るには人の快感を司る場所を責めるに限る。しかし彼女の半身を占める束縛は神聖なる力が宿り、あらゆる誘惑をもってしても解ける隙すら見当たらなかった。
身体じゅうを無遠慮に這う触手で快楽に漬け込まれた身体は、堕ちるギリギリで踏み留まり、未だ生殺しのままだ。内股を擦り合わせ切なげに見上げる聖女の瞳は苦しみに濡れ、加虐心を潤していく。
「してロべリアよ……同じ名を冠する者の誼だ。汝に慈悲を与えてやろうか」
「……じ…ひ…?」
「そうだ。我との契約せぬか?」
玉の肌に刻まれる禁じられた印。その紋様は聖女を穢すたびに浮き上がり、徐々に広がりゆくだろう。内側から浸食し、束縛の下へ至れば――聖女の神聖は失われ、隷属の出来上がりだ。
「ロベリア……私、は……」
「よい。無理に話すのは苦しかろう? 汝はただ身を委ね続けよ。さすればいつか、我が救ってやろう」
そう。これは救済なのだ。
高慢なる神の手から、淫靡で愉しい夢魔の世界へ!!