PandoraPartyProject

SS詳細

悪食と砂糖菓子

登場人物一覧

リーゼロッテ・アーベントロート(p3n000039)
暗殺令嬢
シズカ・ポルミーシャ・スヴェトリャカ(p3p000996)
悪食の魔女

●ひととき
「ようこそ――本当にようこそいらっしゃいました!」
 声色は花が咲いたように明るく、ノックの主を満面の笑顔で出迎えたシズカ・ポルミーシャ・スヴェトリャカの雰囲気は前面に華やいでいた。
「まさか本当に来て頂けるなんて……!」
 少し野暮ったいレンズの奥で感激したかのように来訪した貴人を歓待するシズカの瞳の中にはまるで無数の星が瞬いていた。
「――あら。シズカさんは最初からあてにせずに私を誘ってくれましたの?」
「う、いえ! そ、そんな事は――唯、お嬢様はきっとお忙しい方でしょうから……!」
 いそいそと雑然とした周りを片付け、机と椅子に十分なスペースを『作り出した』シズカの浮つき具合が気に入ったのか少しだけ意地悪く切り返したゲスト――つまり、幻想の蒼薔薇ことリーゼロッテ・アーベントロートその人である――は「悲しいですわあ」とまるで心の籠っていない泣き真似をしてみせていた。
 今日、この――そう、何ら特別足り得ないちょっとした日常なる物語の舞台となっているのは、幻想が王都メフ・メフィートの裏路地の一角に居を構える魔術師ギルドである。ひどく雑多にその手の『胡散臭い』ギルドがそうであるのと同じように、混沌を見渡せば山程も存在しそうな内の一つである『Hexenofen』が特別であるとしたらそれは、言うまでも無く代表を務めるシズカが特異運命座標なる特別な運命を抱く事であろう。彼女を始めとした構成員の手により日々面白おかしい実験結果を積み重ね続ける『Hexenofen』ではあるのだが、シズカが或る意味でそう考えたのと同じようにこんな場所に幻想きっての貴人の姿は似合わない。「研究成果をお目見えいたしますから!」。そう誘ったシズカ自身がまさか来てくれるとは、と驚きを見せたのも止むを得ない事だったと言えようか――
 とは言え、『暗殺令嬢』で通るリーゼロッテ、ひいては彼女の生家であるアーベントロート家は魔術の大家にして、苛烈なる実践系統の持ち主である。些か物騒な話ながら、魔術ギルドの実験結果が彼女の有用に働くケースは決してゼロではなかろう。尤も、彼女がこの場所に来たのは多分に友誼のあるシズカの為なのであろうけど。
「では、早速!」
「……早速、成果のご披露?」
「いえ、来て頂けたので美味しいものでも如何かなぁ、と」
「えへへ」と笑って頬を掻いたシズカにリーゼロッテは鈴が鳴るような声で笑っていた。
 実はこの建物、原則的には秘匿を是とするであろう魔術ギルドらしからぬ所があるのだ。ロビーの一角にカウンターが設置され、周囲のテーブルやソファーまで含め部屋が全体的に小料理屋として開放されていたりする。
 ギルド員は皆普通に食事を摂っている事もあり、実を言えば一番利用しているのは当のシズカでもあり、結構な頻度で何か食べてたり何か作ってたりする。彼女にとってみればギルドの厨房はホームの中のホームであり、即ちこのお嬢様を招こうと思うならばお茶会の一つ位は夢を見ても罰は当たるまい。
『副業』でメイドをこなす彼女の手際は実際見事で、お嬢様が満足気に人心地ついているのはその証明だ。
「シズカさんも変わった方ですわねぇ」
「そうですか?」
 アールグレイの薫る湯気を見つめてリーゼロッテがしみじみと呟けばシズカは小さく首を傾げた。
「巷では私、『毒薔薇』だの何だのと――口さがない事を言われる機会には事欠きませんのよ。
『仕事』で招待されることはあっても、まずはお茶会だなんて。うふふ、こんなの珍しいではありませんか」
 上機嫌のリーゼロッテは
 当人の望む望まないに関わらず、さて置いて。リーゼロッテが蒼薔薇の毒気を生じないのは自他共に認める『変わり者』であるイレギュラーズが彼女に臆面なく接する事が出来ている故であるのだろう。
「え? だって、お嬢様は酷い事したりしませんよね」
「今日はね」
 軽快に微笑み白いカップに薄い唇を付けたリーゼロッテの言外には一つついでに「貴女には」も滲んでいる。
 どれ程に可憐であり、どれ程に例外的な姿や顔を見せたとて、リーゼロッテ・アーベントロートはやはり暗殺令嬢である。その事実は一切一分たりとも揺らぐ事は無く。恐らくは常に嗜虐的な彼女は自らが愛する者以外を――いや、愛する者さえも――時に喰らい尽くして飲み干してしまう程に強欲なのだ。
「うふふ。私の事はいいのです。だって、今日は沢山のお話が聞けるのでしょう?」
「はい! 『Hexenofen』の今日の成果は主立って四つばかり。
 魔道具研究なら、練達や『旅人』の道具類を、魔力ベースで『不在証明』に引っかからない程度に再現する手段!
 戦闘術の応用なら、汎用術からロマン術まで様々な戦闘用魔術の作成。最近のものはそうですねぇ、『試製術式・魔導粒子砲』。高度な魔導制御により一定の方向性を持たせた粒子群を、敵に向け一直線に撃ち込む……と、これはいわゆる荷電粒子砲的な武装ですね! チャージが長過ぎて実用性はお話になりませんが、貫通性を向上した『収束』や広範囲を一掃する『拡散』といったバリエーションをつければ可能性は十分です!
 まだありますよ! 魔生物の研究では、新種の魔物はもちろん、既存の魔物についても生態や特性、ついでに食料利用の可否、美味しい調理方法など。最近進んでいるものは『ロケットサンマ・シュナイダー』及び『ロケットサンマ・イェーガー』についてとか――
 食用利用と言えばこれも欠かせませんよね。調理学研究、その名の通り所謂一つのレシピです!
 料理は台所の錬金術とはよく言ったもの――『貴族は毒見等手順の関係で冷めたもの・温くなったものばかり食べている』という話も聞きましたから。どんな状況でも美味しい食事が摂れるよう『魔導コンロ』の卓上サイズ化とか目論んでたりもするんです!」
 長広舌は『好きなものを語るが故』か。
 瞳を一層輝かせて『研究成果』を語るシズカは非常に早口で、その舌は全く滑らかそのものだった。
 最後の調理学については「ほぼ、私の趣味なんですけど」とはにかんだ顔をした彼女の台詞をよくよく聞けば、成る程――動機はかなりの部分、お行儀よく椅子に座り話を聞いているビスク・ドールのようなお嬢様が為でもある。
「シズカさんの料理は魔法のようなのですね」
「そ、そうですか?」
「先程のお茶も、そんな言葉も私の気持ちを軽くしてくれますから」
 にっこりと笑ったリーゼロッテは完璧な美少女である。
 どれ程に危険でも、どれ程に悪辣でも……完璧な。
「ん、こほん!
 実は私には『悪食の魔女』がありますから、飲み込むことが出来れば何でもいいんです。
 ……でも、それだと悲しいじゃないですか」
 少しだけ照れた顔をしたシズカは愉快気に自身を見つめるリーゼロッテをじっと見つめた。
「美味しいものを、楽しく、お腹いっぱい食べることって……幸せのひとつの形だと、そう思うんです」
 だから、このギルドには――『Hexenofen』には、きちんと意味があるんですよ」
 益体がない話かも知れない。彼女の真意は何処にも見えない。
 でも、それでも――
「いつでもいらしてください。『あるひとつの幸せ』を、お腹いっぱい差し上げますから!」
 ――歓待を形にするシズカの言葉にリーゼロッテは「喜んで」と微笑むばかりだった。

  • 悪食と砂糖菓子完了
  • GM名YAMIDEITEI
  • 種別SS
  • 納品日2020年11月14日
  • ・シズカ・ポルミーシャ・スヴェトリャカ(p3p000996
    ・リーゼロッテ・アーベントロート(p3n000039

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