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こそどろの一夜
登場人物一覧
●こそどろ魂
幻想――それは貴族の治める地。
言うまでもない事だが幻想は腐敗が進んでいる。賄賂や陰謀が横行し『貴族の責務』を果たそうとする者達など希少と言える。そんな悲しき現実は幻想にあるウンダラギッター村にも押し寄せていて。
「よっ、と、とと。思ったよりなんか警備が固い感じですねぇ……ひっひ」
だから、か。エマ (p3p000257)に村民達から依頼が来たのは。
彼女がいるのはこの地域一帯を治めている領主の館――村人に重税を課し、不満は私兵で抑えて込んでいる所謂『典型的な幻想貴族』の住んでいる家だ。依頼内容は単純。金品やら食い物やらをかっぱらい、そして奴を失脚させるに足る証拠を入手してくれ。
「ひ、ひ。全くねぇ『かっぱらえるだけかっぱらってほしい』なんて適当すぎますよホント」
それでもやれるだけの事をやってみよう。大きな風呂敷片手に、跳躍せしは館の外壁。
超える。闇夜に自らの姿を隠して、着地。誰の目にも留まらぬ内に駆け抜ける大きな庭。
「とっ」
ストップだ。獰猛そうな犬がいる。
始末しても良いのだが万一失敗して大きな声を挙げられると面倒で。それに何より――
噛まれたらとても痛そうだ。怖い。だから。
「え、ひっひ――こっちから行きましょう」
鍵の掛かっている扉を見つけた。裏口というか勝手口というか。
用意していたピンを錠に差し込む。二つのピンを動かして、手先の動きだけで『噛み合わせ』を探る。同時、遠くにだが聞こえる足音。横目にうっすらと見えるランタンの光――哨戒だろうか。だがどうにもまた気付かれていなさそうで。
「ひっ」
揺れる光。錠と接触する金属音。近付く熱源。噛み合う音。
「ひっ」
一つ。二つ。草を踏む音がすぐそこに。舌を出して、三つ目の音を揃え――
「ひっ!」
扉を開いて駆け込んだ。
閉める。音が極力立たぬ様に、急ぎながらも締め際だけゆっくりと。
――通り過ぎる。喉を震わせながら出す吐息。心臓の鼓動は早く、それでも。
「ひぃっ~……もう引き返せませんねぇこれ……」
後は往くのみ。
一度中に入ってしまいさえすれば急激に難易度が下がる。隠れる場所は多く、全ての扉に鍵がかかっている訳でもなく。闇夜に紛れて動けば宜しい。足音、無し。人の気配、無し。キッチン直行。食料こんばんは!
「ほい。ほいっと。これもこれも風呂敷に入れて……
ちょ、ちょっとぐらい摘まみ食いしてもバレませんよね……?」
葡萄に美柑に……おお、奥には干し肉やらなんかよくわかんないけどデカい卵とかある。具体的にはフィジカル35以上無いと運べなさそうな卵。気のせいかなぁ? 紅く染まっている林檎を頬張り。喉に詰まらせ死にかけて。ワインを開けてラッパ飲み。
「おぐ、おぐっ……し、死ぬ。死んでしまいます、林檎に殺される……!」
とんでもない死に方だ。知り合いに笑われてしまう。
風呂敷担いでワインをもう一口だけ。口元拭って走る屋敷。
そう摘まみ食いはここまでだ。依頼の中で最も重要な目標物は――書斎にある筈。
重量は増えたが問題ない。走る、というよりも跳ぶ形で前進するのだ。歩数ではなく距離を稼ぐ感覚。さすれば足音の回数が減り、結果として周りに気付かれ辛い進み方が出来る。その足音もなるべく出ないように注意すれば。
「よっ、ほっ、はっ」
到着だ。全く、ここまで誰にも会わないとはザルな警備である。
或いは己の盗賊としての技能が優れている故か……えっへん。
「と~もあれ……こぉんばんはぁ~……?」
ゆっくり入る書斎へと。
少しだけ開けて中を伺ってみたが――誰もいないようだ。
おお運がいい。本当に天が味方しているんじゃないか? という訳で。
「ひっひっひ――御開帳!」
机の戸。開いて見える、なにやら持ち出し禁止と書かれた重要そうな書類が沢山。
引っ掴んで取り出して。大きく掲げてぱんかぱーん!
ミッションコンプリート!!
「そうは行くか盗人がぁ――!!」
瞬間。鳴り響く警鐘。魔術的なモノなのかなんなのか書斎の照明が一気に点いて。
同時に踏み込んでくる幾人もの兵士達。剣を突き付けエマを半囲み。さすれば思わず書類を掴んだままひっー! と手を挙げる。ナムサン罠だ! 追い詰められた悪党みたいだぜ!
「ふん! 貴様、女か。よくぞここまで忍び込んだものだ」
「えひ、ひひひ……お、お褒めに預かり恐悦で……」
「うむその手腕に免じてこの場で斬り捨ててくれるわ! やれい!」
あ、ダメだなこれ。両手を挙げて降参しても許してくれないだろう。
「えっひっひ、これはこれは……手厚い歓迎痛み入り――」
見据える照明の位置。天井に二つある。兵士達との距離は歩数にして五歩の距離。
だから。
「まッす!」
抵抗の意思を見せる。書類を持たぬ片方の手。それを腰に即座に回せば――投擲する。二つの爆発型投げナイフ。兵士がこちらに一歩詰める。だがもう遅い。天井の照明に放たれたナイフは直撃し――二歩目の段階で闇が再び。三歩目は迷い。四歩目で止まり。
五歩目はエマが、ナイフと共に詰めた。
「うわああああ!?」
「ば、馬鹿野郎、無茶苦茶に剣を振るな!!」
急激に暗くなった視界に混乱する兵士達、だがエマは別だ。
暗視の能を持つ瞳が敵を捉える。向こうは見えぬがこちらは見えると。
「ふっ……!」
短い呼吸。見える軌跡。放たれるは二つの剣撃だが。
無理に放たれた刃など恐れるに足りず。
横薙ぎを潜り。潜ったと同時に足に力を。跳躍。通り過ぎ様に一人を裂いて。追ってくる、もう一撃は合わせる様に交差させる。頼むぜ鍛冶師。安くはない、お金を払ったのだから――!
「ぉ、ぉおおおッ!」
打ち負けるなよ、と思ったら。
打ち勝つ一閃。剣を壊して、隼の名を冠する短刀は――闇に煌めいて。
「小娘一人に何をやっておるか! さっさと捕まえて……」
領主の声が暗闇に響き渡った……と同時。
それはあくまで偶然だったのだが。先程のエマが証明に放った一撃が原因で。
天井の照明が――落ちてきた。
「な、なにぃいい!?」
「ええぇっぇぇ!?」
領主、驚く。エマ驚く。だってそんな事狙ってなかったもん。
落ちてきた照明は偶々領主を掠める。激しい衝撃音。誰も怪我はしなかった、が。
「ひ、ひぃいいいい! ほ、炎が! 照明の熱がカーペットに!!
おい消火だ! 早く消火しろ!! このままではワシの家が――!!」
代わりに広がる火災劇。急速に広がりを見せる炎は、燃えるモノ沢山な書斎の中で全力だ。先の警鐘で集まってきた増援の兵達もこの様子には驚愕。誰しもの注意が炎に集まり。
「えっひっひ……えと……その……」
同時。こっそり窓に近寄り開けるエマ。おっ。酸素が部屋に流れて来たぞ。
益々勢いが強まる火災は留まる様子を見せない。だから、うん。
「じゃ! 私はこれで! 失礼しま――す!!」
窓から外へ。いやここ二階だったわ。飛び降りるの怖い! あ、ていうかさっきの犬がこっちに集まってきてる! めっちゃ吠えてる! こっち見てるよ下は駄目だ上へ逃げろ!
兵士達の伸ばす手を振り切って。屋根へと逃げたエマはそのまま屋根伝いに走っていく。
満杯の風呂敷を全力で背負って。
「えひひひひ! いやー私に掛かればこんなもんですよ――!!」
駆け抜け跳躍。ひたすら闇夜を駆け走り。
一人の盗賊が叫んでいた。
月明かりの下で――満開の笑みを携えて。