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Blue Boy

登場人物一覧

グドルフ・ボイデル(p3p000694)
グドルフ・ボイデルの関係者
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グドルフ・ボイデルの関係者
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 世の中には善意と悪意がある。どちらも古から存在し続ける概念だ。
 自らの欲望を満たす為に悪意はあって。他者を重んじる者は善意を齎す。
 ……どちらが世の真理などと言う事はない。どちらも鏡の様な存在であり、人は悪意にも善意にもふとしたことが切っ掛けでそちらに寄るのだ。悪意も善意も世の根源ではない。
 どちらも永遠に世を巡るだけのモノ。
 そして――この混沌もまた善意と悪意、双方の概念に溢れている。


 ――ブルースという男がいた。
 彼は混沌の世で生まれた人間ではない。元々は異なる世界より『グドルフ』と共に召喚された旅人であり……しかし召喚と言う唐突なる事態に臆する所か、新たな環境に意気揚々に猛る豪快な面もあった人物であった。

『――俺はこの世界で一番の大商人になるぜ。
 この名前をドドンと轟かせ、俺らをバカにした奴らの目ん玉をひっくり返してやる!』

 それは彼の口癖にして目標であり進むべき未来への道しるべ。一切の冗談でもなんでもなく彼はこの世一番の商人になる事に邁進していたのだ。義弟『グドルフ』と共にこの名を轟かせてやるだと――
 そしてその言葉通り、彼は夢に向かって日々を過ごしていた。
 空中神殿より降り立った彼はまずは直近の幻想で商売を始めた。口が上手く、物の価値を見極める眼に優れていた彼は商才に優れており、あながち無謀な夢でもなかったのだ――が。やはり全てが上手く進んだ訳では無かった。
 目立つ青肌。心ない者は青肌商人などともせせら笑っていたか。
 どこへ行っても彼は人脈を築く事が出来なかったのだ。商売は本人たちの能力以上に、コネや人脈が物事を言う世界でもある――長期にわたって付き合う事の出来る環境が無かった彼らは各地を転々とするしかなかった。
 ぼろい幌馬車を転がしながらあちらこちらを巡った。
 ラサに鉄帝、深緑の方も少し……と、ああ船に乗って海を渡った事もあっただろうか。
 それでも不思議と苦痛はなかった。義弟との間にあるのは笑顔と愉快な笑い声。

 ――なぁに明日は明日の風が吹くさ!
   世界一の夢は遠くにあった方が、甲斐があらぁな!

 バカげた大層な夢を語らいながら、歩みが緩むことは決してなかった。
 むしろ己らの夢を笑う様な奴がいれば見てろよこのクソ共が! と逆に燃える程である。ぼろ馬車すら狙ってくる欲深い山賊がいれば義弟と共に幾度も打ちのめして己が名を示してやった。
 そして――あれはいつの事だっただろうか。当時の天義の方へ訪れたのは。
「次はどうする、兄貴?」
「そうだなあ、次は――神の国とやらに行ってみるか」
「おうおう天義かよ兄貴。あそこは排他的って聞くぜ?」
「ハッ。つまりそいつぁ開拓のし甲斐があるって事だろ?」
 天義は……強欲冠位の事件以降は多少その体質を変化させているが、ブルース達が商売として訪れたのは今よりまだまだ何年も何十年も前の話。
 閉鎖的で、正義こそが絶対で、不正義は断罪すべしとの声がより高らかであった頃だ。
 ブルースはだからこそ新規開拓の余地がどこかに残されていると踏んだが――義弟の懸念通りやはり上手くはいかなかった。
 神に選ばれた旅人であればと多少融通が利く事もあったが……やはり青肌というのが目立ったのだろうか。どことなく天義の民にも『壁』がある様に感じた。目に見えない分、ある意味本物の壁より硬い――何かが。
 やがてブルース達の口でも商売が上手くいかなくなり、ぼろ馬車の車輪が壊れたと同時。
 ついに彼らは倒れる事となる。
 ……純粋に空腹だ。金もなく、力も出ない。
 夢はあったが夢だけでは腹は満たされないものだ――男二人して地に大の字。
 とうとう進退窮まったか……鬱屈になる程の青空の下ここが終わりかと自嘲すれ、ば。

「……あの。御二方、大丈夫ですか?」
「ぉ……ぁあ? あ、アンタは……?」

 彼らの前に現れたのは――さて、あの光景をなんと表現すればよかっただろうか。
 神の国で会った天使とも聖母とも……ああ、くそうなんとも気恥ずかしい表現しか出てこないものであると、後年ブルースは誰かに語った。
 その人物はシスター・カミラ。
 貧しい孤児院を運営するハーモニアの女性であったが――行き倒れていた二人を暖かく迎え入れ、食事のみならず孤児院を拠点として貸してくれた彼らにとっての大恩人であった。慈愛に満ちた女性であり、誰よりも人を、神を、世界を愛したひと。
 二人を救った正しく女神。
「ありがてぇ、ありがてぇ……! しかし、あれだな。神の国の孤児院にしちゃ随分と……」
「はは、なんとも……如何に天義といっても全ての孤児院や教会に支援が行き届く訳ではない事もあるのですよ。それでも、特に不幸がなければ明日を過ごすには何とかなる程度の備蓄はありますので」
 微笑むカミラに絶望の表情は一切なかった。
 贅沢は出来ないかもしれないが、それでも満ち足りてはいると……優し気な彼女になんとかしてやりたいとほぼ即決で決めたブルース達は彼女の祈りを込めたロザリオを幾つか頂戴し。
「さぁさシスター・カミラの霊験あらたかなロザリオだよ。神への信仰に如何かな!」
 よく回る舌を動かせばいい値段で売れたモノである。
 調達した資金は全てカミラと孤児院へ。
 暖かなスープの味わいが一段と深まる共に――三者の仲も段々と強まるようであった。
 これ以降ブルース達の商売は少しずつ流れが変わり始める。天義の民達が何を求めているのか、どのような言をもって接すれば彼らの心の壁を溶かす事が出来るのか……カミラより助言を受けてから少しずつ、少しずつ商売も安定し始めてきたのだ。
 外へ出かけ返って来る度に資金が増える。春が来て、夏を超え、秋を過ごし、冬に……
 世界一の商人を目指す『商売』としては決して軌道に乗っているとは言えない。資金が増えると言っても流れがあまりに緩やかだったからだ。
 ただ、なんとなくこれでもいいかと思ってもいた。
 あまりに心が穏やかだったから。
 微笑んでブルース達をいつも迎えてくれるカミラの笑顔に救われていたから。
 だから、このままでもいいかと……

 そして。

「グドルフ――今日は街の方へ行かれるのですか?」
「ん、あぁ。兄貴がこの前大口の顧客を見つける事が出来たみたいでな。そっちの方へ……多分帰ってくるのはぁ夜になるかもな……」
「そうですか……では、お帰りをお待ちしていますね」
 数か月、数年過ごす内、カミラは『グドルフ』に惹かれていった。
 グドルフは腕っぷしだけで生きてきた荒くれものだったが――義を通し、誰よりも優しく。
 何よりも誰かの悲しみに寄り添える男だった。
 流す涙が誰かの為であると気付いた時……カミラは彼に心を引かれ始めていたのだ。
 しかしカミラは聖職者。特に彼女の教会の教えでは特定の人物と夫婦になる事は許されない。信仰者達の戒律には厳しいものがあり、人生を共に過ごすは伴侶ではなく神である――と。
 故に表面では気持ちを隠しつつ『グドルフ』とは過ごしていた。
 ……されど内から湧き上がるほのかな熱は彼女の言葉や仕草に微かに現れるものだ。
 そしてそれは『グドルフ』も薄々悟っていた。
 カミラがハッキリと口に出す事は無いと言っても共に過ごしていれば節々に彼女の心をどこか感じるもの。瞳が合わさり、しかし彼女が即座に視線を逸らした――あの瞬間など、特に。
 だがそれは。
「……兄貴の方も、か」
 義兄のブルースもまたカミラに恋心を寄せていた――過ごした期間で言えばブルースとの付き合いの方が長いのだ。彼がカミラに寄せている気持ちは理解出来て、故に『グドルフ』はブルースの気持ちを汲んでカミラには気付かない振りをしていた。
 兄は良い男だ。だからこそ、と。
 ……されど三者はいずれも愚鈍ではなかった。
 カミラはグドルフに想いを寄せ、グドルフはブルースを重んじ、ブルースはカミラを好いている状況――誰もが分かって、誰もが気付いて、そして誰もそれらの事は口に出さなかっただけ。
 状況が動いた……いや動いてしまったのは。
 ブルースがカミラへのアプローチを続け、そしてある日――
 カミラが彼を遠ざけようとした日か。

「な、なぜだカミラ? 俺は、俺はただ純粋に……」
「私は神に身を捧げました。ですから、ブルース。私は誰かのものにはなれないのです」

 どうかわかって。
 99%の真実と1%の優しい嘘。
 ブルースの事が嫌いな訳ではない。神の教えによって異性を選ばぬというは事実で……そしてなにより『嫌いではない』という事と一人の男として『愛しい』かは――イコールではないのだ。
 だからどうか分かって欲しい。カミラは、彼女は……
「ちくしょう! 俺とあいつ、何が違うんだ……どうしても俺じゃ駄目なのかよ!」
 酒場。ブルースはアルコールを喉に注ぎながら、言葉を吐き捨てた。
 ああ分かっている。分かっているとも! カミラは俺の事を嫌っている訳では無い。
 神の教えが在る事も知っている。しかしそれでも幾らアプローチしても躱される事には『別』の理由こそが本命なのではないかとどうしても勘ぐってしまうのだ。
 つまり義弟の事だ、カミラはブルースの事を躱したが。
 ――もし『グドルフ』がアプローチを重ねていてもカミラは同じ事を述べただろうか?
 カミラはとても神に忠実な聖職者だ。きっと同じことを言っただろう……と思うが。
 もしかしたら『グドルフ』ならば受け入れたのではないか?
 もしかしたら『グドルフ』ならば頬に熱を込めていたのではないか?

 無粋。邪推。そう自覚しながらも――ブルースは『もしかしたら』の思考を止められない。

 穏やかだったはずの三角関係が忌まわしい。いつから、どうしてこうなってしまったのか。
 カミラが俺を受け入れてくれれば――全て――
 いやしかしそれにはカミラが神を捨てる必要もある。それは彼女を重んじない事ではないかとブルースは思う……が、理性と感情は時として相容れる事はないものだ。分かっていてもそれでもと。
 堂々巡りで唯々心の中に形容しがたい何かが渦巻く。
 誤魔化す様に酒に溺れざるを得ない程だ。素面でコレを抑えきれるものか。
 酒場の隅で瓶ごとラッパ飲みするブルース。一体幾つの酒を腹に落としただろうか。
 もはや時間の感覚も曖昧となり、周囲が歪む様な感覚を得る程に浴びた……
 その時。

「――お困りの様ですね」

 掛けられた声を無視していれば、また別の未来もあったのだろうか?
 しかしブルースは振り向いてしまった。決して応えてはいけない『存在』に。
「あぁ? なんだ、ぁてめぇは……?」
「いえいえ先程からどうにも思い悩まれている様子。背中から漂う哀愁……うーん。私そういうのがなんとも放っておけないものでして。女性が欲しければあてがう所なのですが、そういう風ではなさそうですな?」
「――テメェにおれの何がわかりやが、る!」
 イラつく声だ。人を馬鹿にしているような、なんだか嘗め回す声の様な。
 思わず握り拳で机を叩きつける。カミラの一件もあってか、苛立ちも何もかも全て込めた万感の一撃は机にヒビを入れる程で――しかし。
「解決して差し上げましょうか。なに、簡単な事ですよ……心のままに行動すれば宜しい」
 奴は一切臆す様子もない。
 どころか一歩近付く程だ。伸ばされた手がブルースの頭へと。
「ざけんな! おれに近寄るんじゃねえ! ぶっ殺すぞ、あぁ……!?」
 不穏な影に向けるはグルカナイフ――しかし飲み過ぎたのか足元も腕もおぼつかず。
 脳髄が割れる様な感覚と共に言葉が囁かれる。
 前後不覚のブルースに抗う術はない。酒の所為か指先が震え、思わず床に落としてしまったナイフ。
 拾う間もなく、言葉は続いて。
「ご遠慮なさらず。さあ、身をゆだねて。己が心を解き放って」
「やめろ、なんだ、なんだぁお前は! あ、ぉぉ、お、俺が、俺でなくな、ちま」
「いいえ。これは貴方が貴方になるのです。偽らざる貴方へと。真の貴方へと」
 目の前の奴が何か妙な事を言っている――あああああ何もかもが揺れている。
 自分は今立っているのか? 座っているのか?
 上を向いているのか前を向いているのか。
 何も分からない。
 ただただ視界の総てが何かに埋め尽くされている。心を魂を揺さぶる――これは。

 ――呼び声。

 この時の総てはブルースにとって夢が如き一時であった。
 旅人故に魔種になる事はなく、魔種になる事も出来なかったが。
 しかし狂う事は出来た。
 脳の奥で何かが捻じ曲がり囁いている――
 カミラを手に入れろ。
 『グドルフ』を排すれば――俺のモノになる。
 彼女の全てが。身体が、心が、全て総て全て総て俺の物に。
 あの笑顔が俺だけのものに。
「――さぁ」
 一息。
「ご気分は如何ですか?」
「……スゲエ。頭がスッキリと冴えわたってやがる。生まれ変わったようだぜ」
 もはや彼に酔いは無かった。
 視界がハッキリしており、かつてない程に世界が透き通って感じている。
 そして思考も、だ。今まで何を悩んでいたのか馬鹿らしい……答えなど初めから簡単なものが一つあったではないか。なぜ想像もしなかったのだ? 湧き上がる感情から愉悦が漏れ出て。
「それは重畳。さあ、もうやるべきことは決まっているはずです。そのための『手段』も用意しました。後は貴方がやるのです。貴方が、全てを手に入れるのです」
 指を鳴らす音がしたと思えば――酒場に集っている男たちがブルースの前へと。
 誰もが正気ではない。誰もが虚ろにして狂っている。
 誰もが命を捨てる『駒』となる。新生したブルースへの贈り物、と言う訳か。
「はっ。至れり尽くせりだ。アンタは恩人だぜ、感謝しなくちゃな」
「いえいえ。私は困っている方を放ってはいられないだけですから。
 お力になれたのであれば実に幸いですよ――さぁさお急ぎを。望むままに行動なされよ」
「ああ当然さ。これからは俺様の時代だ。俺様が全てを手に入れるんだ」
 まさか思考を解き放っただけでなく兵も用意するとは周到な事だ。だが、もはやブルースはそんな細かい事はどうでも良かった。目の前の男が『とりあえずなんとなく使えそうだから』感覚でブルースと言う一個人を狂わせたのだとしても。
 ブルースの頭にはもはや欲しいものをどうやって手に入れるかしかない。
 カミラ――ああカミラカミラカミラ。
 好きなんだよ愛おしいんだだから頼むよ他の奴に微笑むな俺にだけ見せてくれ。
「俺様ぁ行くぜ。これから色々と忙しくなりそうなんでな!」
 口端が吊り上がる。商人として、笑顔など幾度と顔に張り付けた事はあったが。
 これは心の底からの笑みだ。悪魔の様な、暴神の様な笑み。
 彼女を手に入れる為に邪魔をする奴がいるのなら誰も容赦などしない。まずはそう――『グドルフ』だ。まずは『グドルフ』を消す。そうだ三角関係だから駄目なのだ。アイツがいなければ何もかもうまくいく。
 あいつが消えれば。
 カミラは俺を受け入れる。
 完璧だ。何もかも完璧――魂が歓喜し、脳髄が賞賛している。
 さぁ行こう。

「ではでは貴方の未来に幸があらん事を……心の底より祈っておりますぞ――ンッふっふ」

 背後では未だに気持ち悪い笑い声が聞こえている――いやいや恩人にそんな事を言っては失礼だな、とは思うが。
 そういえばアレは一体『誰』だったのだろうか。
 栄光ある未来に気を取られ、ついぞ名前を聞くのも忘れた。
 造形がよく見えず、まるで『影』の様に蕩けていた存在だったが――呼び声か何かを伝播させるという事はアイツは――? ああ、まぁいい。
 これで長年の夢が叶うのだ。そうだ、俺はずっと前から。

 カミラを手に入れる為に商売をしていたんだから。

 ……義弟と抱いた夢はもはや砂粒の如く、風が吹けば飛び消える。
『なぁ兄貴。次はどこへ行くよ!』
『焦んなよ! 俺達ぁ――どこまでも一緒だぜ!』
 そんな事を話したのはいつだったか。
 ぼろい幌馬車と共に過ごした日々は解けて消えて彼方へと。
 ――やがてブルースは名を変える。『グドルフ』を抹殺し、カミラはどこぞへ消えて。
 ブルー・ボーイ。
 山賊団を率い、商隊を襲い。表では強奪品や奴隷を売りさばく闇商人。
 青肌の山賊――そう恐れられる名へと。

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