PandoraPartyProject

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あなたの貝になりたい

登場人物一覧

タイム(p3p007854)
女の子は強いから

●波の音
 そのひとをはじめて見たとき、彼は貝になりたいと思った。
 さんざめく潮騒のようなこの鼓動を、その耳に伝えたいと願った。

 幻想種のような長く尖った耳を持つ彼女は、己を異世界からの旅人だと言った。
 けれど彼には遥かな海の向こうから流れ着いた、乳白色の貝殻のように思えた。

 貝には海に沈んだ太古の記憶が閉じ込められていると言う。
 彼女の耳の奥にどんな異世界の記憶が眠っているのだろう。

「また見ているのね。そんなにわたしの耳が珍しい?」
「耳は海の響きを懐かしむ貝の殻だと言う。貴女の耳からは何が聞こえるのだろうと思って」
「それはきっと此処ではない世界のことよ。聞いてみる?」

 彼女が横で垂らした前髪を掻き上げる。
 彼は耳を寄せて彼女の中の海を聴いた。

●時の女神
「時間、歳月、それから記憶……。タイムは時の女神の名前だ」

 《幻想》の若い騎士は、少女のような年上のひとを、この地方に伝わる女神になぞらえた。
 タイム (p3p007854)と名乗った彼女は異世界から来た旅人であり、ローレットから派遣された特異運命座標イレギュラーズであると言う。
 《幻想》を侵略せんと目論む《鉄帝》の私掠部隊を抑えるために派遣された者達。
 その中で彼女だけが唯一女性であり、回復を担い戦いを補う魔法使いでもあった。

「薬草の名前から付けられたのかと思っていました」
「タイムは防腐剤としても使われる薬草……つまり時を遅らせる。ですから時の女神の名前が与えられた。貴女は癒し手だから、その名にふさわしくと願いを込めて付けられたのだろう」
「あなた、博識ね。そんなこと言われたのは初めて。騎士さんはみんなそうなのかな?」
「騎士として認められるには教養も必要だからな、これくらいは知っているさ」

 戦いに備える間のひとときが二人を近づけ、二人だけの記憶を編み上げる。

 彼の言葉がタイムの心を擽ると、熱は伝わり耳まで染まる。
 タイムの笑みが彼の胸を打つと、高まりは早鐘を鳴らした。

「貴女は元の世界に帰りたいのか?」
「分からないわ。記憶がないもの」
「……世界を跨ぐうちに時の狭間でなくしてしまったのかもしれないな」
「思い出せないのは残念だけど、仕方がないわ。今は此処で生きているんだし」
「この世界で新しい思い出を作ればいい。なくした記憶の分もたくさん。私のことも覚えていてくれると良いのだが……」

 タイムが微笑むと彼は彼女の長い耳を見る。
 耳の内側は血潮を透かして仄かに色づいて、貝殻の螺鈿の光彩のようにも見えた。
 その中に秘められた記憶の一部になれたなら、どんな美しい夢が見られるだろう。

 金色の髪は夕陽を浴びて輝く砂浜の色。
 嵐の前のひととき、平和な凪の情景だ。

●貝の記憶
「貴女を汚すことを許して欲しい」

 戦火に焼かれて逃げ惑う人々。
 炎に追われて飛びこむのは河。

 流される彼女を掬い上げれば、人目避けて洞窟と連れ込んだ。
 彼は服を脱いで毛布を被ると、凍える彼女の身を抱きしめる。

 幼い頃の隠れ家に残された毛布は埃にまみれ、裂けた己の腹から流れる血は彼女の肌を汚す。
 失いゆく命のありったけを熱に変え、冷え切った身体へ伝われと抱きしめる腕に力を込めた。

「騎士として戦場に斃れるは本望……思ったより深手か……。だけど時の女神は私に機会をくれたようだな」

 時よ、止まれ。命の砂時計が落ちるのを遅らせよ。
 誰かが見つけるその時まで。

 時よ、止まれ。私の命の砂を一粒残らず貴女へと。
 彼女の温度が失わぬように。

 彼女の耳に口唇を寄せると、眠る彼女が擽ったそうに身を捩り。
 彼女の耳に吐息を掛けると、温い風が少しだけ赤味を差し込む。

「貴女が目覚めたとき、私は最早貴女の癒しの手も届かぬ亡骸となっているだろう」

 聞いて欲しいことがたくさんあった。
 共に刻みたかった思い出という時も。

 冷たい耳の縁を軽く喰んで甘く囁く。
 せめて声だけでも覚えていてくれと。

「もしも貝になれたなら、貴女はずっと私のことを覚えているだろうか?」

 流れる血、止まる時。
 耳に残る、貝の記憶。

 長い時を生きる彼女の、永遠に等しい一瞬。
 告げられなかった想いは、無意識の底へと沈んでいく。

●わたしの耳は貝の殻、あなたの声を懐かしむ
「貝殻を耳に当てると、波の音が聞こえます。何だかとても懐かしい気がするのは、あなたを思い出すからかな?」

 タイムはそっと己の耳に巻き貝を当てる。

 この耳を貝殻のようだと言った人。
 時の女神の名だと教えてくれた人。

 耳を付けて聞いた彼の胸の高鳴り。
 耳に口寄せ囁いた彼の言葉の調べ。

「覚えているわ、ずっとあなたのこと、あなたの声……」

 打ち寄せる波は足を濡らし、砂を攫って引いていく。
 もう手の届かぬ時の果てへ、彼の記憶を連れ去って。

 だけどタイムが長い耳を澄ませるとき、彼の声はいつでも彼女に繰り返す。

 貴女の貝になりたい、と──

  • あなたの貝になりたい完了
  • GM名八島礼
  • 種別SS
  • 納品日2020年11月08日
  • ・タイム(p3p007854

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