PandoraPartyProject

SS詳細

この名に開け

登場人物一覧

ニコラス・コルゥ・ハイド(p3p007576)
名無しの
ニコラス・コルゥ・ハイドの関係者
→ イラスト
ニコラス・コルゥ・ハイドの関係者
→ イラスト



「ニコラス、今日からここがお前の家だ」
「俺の、家……」
 二十数年前のあの日。『博徒』ニコラス・コルゥ・ハイド(p3p007576)はスラムで出会った男──ヴォルフ・コルゥ・ハイドに連れられ、生まれて初めて幻想レガド・イルシオンのとある街にある貴族地区に足を踏み入れた。
 その地区の端に位置する場所に、ヴォルフのアジトたるこの屋敷は建っていた。
「そうだ。俺のアジトだからな、当然俺の息子であるお前の家でもあるだろう?」
「むす、こ……?」
 感情のないニコラスの目に、ヴォルフは笑みを浮かべたまま
「そうだ。して、俺の事はボスと呼べ、いいな?」
「……ボス? …………わかった」
 本当はわからないけれど。……けど気まぐれで生かされたのだろうと思ったニコラスは、これで死なずに済むならばとわかったフリをした。
「……賢い子は褒めてやろう」
 そんなニコラスにヴォルフは彼の頭を優しく撫でてやる。ニコラスにとって誰かに撫でられるのは初めてで、自分でもよくわからない感情が沸きあがった。
(こんな事、初めてだ……)
 ゴミ漁りや盗みを繰り返し様々な悪事に手を染めてきたニコラスにとって、に触れるのは生まれて初めてで戸惑いと羞恥で感情がおかしくなりそうだった。
(ボスの手……温かい、な……)
 これが人の温かさなのか? と感情のない眼のまま、ニコラスはヴォルフを見上げる。
「さて、お前の部屋をやろう。部屋はいくらでもある、好きな場所を選ぶといい」
「部屋……」
 唐突に告げられる提案。自室を持った事などないニコラスはどうしたらいいかわからない。
「……俺の隣にでも来るか? 丁度だ」
「ボスの、隣……?」
 ヴォルフが指差すのは立派な扉のその隣の部屋。ニコラスはよくわからないままに頷く。
 すると──

『グウゥゥゥ……』

 そんな音が部屋の前の廊下に響き渡った。
「おっと……まずは飯か。パンは与えたが確かに食べ盛りがあの程度では満たされねぇな」
「め、し……?」
 腹の音の主がニコラスだと気づいたヴォルフは、傍にいた使用人に指示を出して
「さ、ダイニングに行こう。飯もすぐ出来る」
「だいに……?」
 ヴォルフはよくわかってないニコラスの小さな背中を押しながら、そうしてダイニングルームへ案内した。
 ダイニングルームは大きなテーブルに複数の椅子が備えられた部屋だった。壁際には美術的な装飾や美しい絵画も見受けられていたが、ニコラスにとって興味がそそられるものではなかった。
「お待たせ致しました」
 それから少し時間が経ってから数人の使用人が現れ、そのままテーブルへ運んできた料理を並べ始めた。
「…………」
 そこには見た事もない食べ物がずらりと並んでいて、ニコラスはヴォルフの方を見て首を傾げていた。
「食え。今日はマナーには目を瞑ってやろう、お前はここに来たばかりだからな」
「く、う……」
 ヴォルフの言葉にニコラスは目の前にある食事へ目線を変える。まず目に飛び込んで来たのは──肉。
 ニコラスはその肉、牛サーロインステーキを直接手掴みし、そのまま口へ運んだ。
「直接手掴み?!」
「火傷を──」
 使用人のそんな声も聞こえてないかのように、その熱さに反応することなくニコラスはそのまま肉を噛みちぎった。
「……なかなか野生的な食べ方だ」
 肉を貪り食うニコラスをヴォルフは頬笑みを浮かべながら呟いた。
「さ、飯はいくらでもある。好きなだけ食べるといい」
 読み取れないヴォルフの表情にニコラスは他の料理もその調子で食べ進めていった。

 ──数日後。
「ニコラス」
「……はい、ボス」
「お前にをやろう」
「トモ、ダチ……?」
 あの日からニコラスはヴォルフの使用人によって、基本マナーや基礎知識などを叩き込まれていた。時折覗きに来るヴォルフからは厳しい指導もあるが、次第に恩人ヴォルフへ恩を返すべくと勉強への熱もこもり始めていた頃だった。
 ニコラスの前に連れて来られたのは、彼と同じぐらいの少女と少年の二人。
「リディとイートだ、俺が名付けた。お前達は似た境遇同士だ、今日から仲良く出来るな?」
「…………ボスが言うなら」
 自分と似た境遇と言われ真っ先に思い浮かぶのはスラムの街。彼等はそこにいたのだろうか? ニコラスには想像するのみで口には出さず、ただボスであるヴォルフの言う通り仲良くしようと決めた。
「お、おいしい……こんなの、食べたことない……っ」
「こんな食べものがあるなんて……知らなかった……っ」
 食事を前に感動でいっぱいになる彼等を見て、ニコラスは初日の自分を思い出す。自分はあんなにも瑞々しい反応が出来ていたかと考えれば答えはノーで。
 食べ物を前にして貪り食うだけの感動するべき事に感動を抱けない、そんな自分はただただ乾いているなと思えた。
「ニコラス!」
「ニコラス!」
「?」
 二つの声が重なって聞こえ、ニコラスはその方向へ目を向ける。すると少女のリディ、少年のイートがこちらへ笑みを向けていた。
「私たち、これからいっしょね!」
「仲よくしてねっ」
「…………ああ、うん」
 まるでこれから希望が待っていると信じて疑わない少女と少年の眼。けれどニコラスはあのゴミ溜めやスラムで見てきた光景が拭えなくて、どうにもこの眼に感情を込める事が出来なかった。

 それから三人は様々な事を学んだ。マナーや人としての基礎知識は勿論、数字や外国の言葉、生物についての勉強等……本当に様々だ。それからまた二人、気弱な少年デリと真面目な少女リリが加わり、五人は仲を育てていった。
 ニコラスの感情のない眼は少しずつ光が揺れ始めそうになっている。この四人とだったら希望が見つかる……? ニコラスはこの平和な数ヶ月の中でそんな感情を芽吹かせようとしていた。





 はあの日から一年と少し経った頃の事だった──。
「ニコラス、そろそろ新しい勉強をしよう」
「新しい、勉強……?」
 それはヴォルフのそんな言葉から始まった。と言う言葉を使ったものだから、てっきりいつもの勉強のワンランク上の課題が出される。ニコラスはそう身構えていた。
「人間の身体の仕組みは理解しているな。であれば、こう引っ張れば……」
「ぎゃあああああああッッ」
「……っ」
 違った。あまりにも、違った。あの言葉の後に続いたのは『暗殺技術を教えてやろう』だった。
「リディ、イート、ちゃんと見なさい。お前達も立派な暗殺者になれなければこの世界ではやっていけないぞ」
「ひっ」
「は、はい……っ」
「デリとリリも目を逸らすな」
「でも……」
「……っ」
 ヴォルフの言葉に怯える少女と少年。だがニコラスだけは相も変わらず表情を変えなかった。
「ほら、ニコラスを見習え。これだけ冷静ならすぐにでも仕事が出来そうだ……まぁ学ぶ事はまだ山ほどあるがな」
 ヴォルフの言葉にニコラスは影を密かに持つ。
 ああ、ああ。知ってたさ、知っていたさ。けれど、ニコラスも少なからずに影響されていたようで、少しだけ……少しだけ胸が苦しくなる。
「こんなのやだ! 違う勉強がしたいよボス!」
「嫌だ? ならば」
 喚き出したデリをヴォルフは首を絞める。
「あ、かは……っ」
「死ぬ勉強でもしてみるか、弱虫のお前でも皆のぐらいにはなれるだろう」
「ボス……っ!」
「ぼ、す……」
 容赦なく絞めるその手に抗っていた小さな手は力尽き……だらんと事切れた。
「弱音を吐いた者、逃げ出した者はこうなる。よく覚えておけ」
 ヴォルフのその言葉で、それまでの日々から一転して地獄のような日々が始まった。

 ある時は相手を騙す術を習った。
 ある時は相手を殺す術を習った。
 ある時は様々な知識を詰め込まれた。

 ある時は……互いに殺し合いを強制された。
「嘘……嘘、ですよね、ボス?」
「僕……三人を殺すなんて……っ」
「黙れ。暗殺者は常に達観して居なくてはやれない。兄弟のように親しくしていたものが実はスパイだったと言う事は十分に有り得る世界だと何度言ったらわかる?」
「うぅ……でも……っ」
「そんな……っ!」
 この年頃の子供なら出来なくて当然だった。何にも不自然な事はなかった。

 ────
 ──
「リディ!!」
「…………」
 そうして精神的に追い詰められた少女は、その翌日課題として用意された毒で自らの命を奪った。心優しい少女には『殺し合い』と言う勉強は耐えられなかった。
「こ、こんなの、間違ってる……だってこの前まで笑い合っていたんだよ? なのに……なのに……っ」
 イートがリディの手を取り悔しそうに涙を流している。だが、ニコラスは違った。
「ここはそういう世界、でしょ」
 ニコラスはイートの首にナイフを突きつけた。
「……待って、ニコラス。……じょ、冗談キツいよ? ねぇ、ニコラス?」
 イートの頬に冷や汗が滴る。ニコラスは至って冷静だった。……思えばこの状況になるまで様々な経緯があった。
 この頃の食事には常に微量の毒が含まれており耐性を無理やりつけられた事を思えば、これがヴォルフのだったのかもしれないとニコラスは密かに静かに思い始める。
 ああ、どう考えても最初から地獄だったではないか。
「ボスは言ったよ、殺し合えって」
「ニコラス……ねぇ、ナイフを、離して……一旦待ってくれ」
「待つ? どのくらい?」
「…………僕が、逃げ切る、までっ!!」
「っ!」
 イートはニコラスの隙を見て、思いっきり走り出す。今日まで学んできた技術を駆使して、生きる為に逃げる為に全力を尽くした。

 ──逃げなきゃ
 ──逃げなきゃ
 ──逃げなきゃ

 ──逃げ切らなきゃ!!!!

「ぐはっ?!」
 イートに鋭い痛みが走りその場に倒れた。誰かが投げ込んだナイフがイートの裏太股に深々と突き刺さったのだ。
「…………」
「ひっ! ニ、ニコラス……ッ!!」
 恐怖で歪む顔。ニコラスはそれに何の感情も抱かなかった。
「イート、逃亡は命令違反だ。そして俺は命令に従ってお前を殺すよ」
「み、見逃して! 頼むよ、ねぇ!!」
 ──瞬間、グサリと肉を貫く音がイートの身体を走る。
 喚き散らすイートの胸をニコラスは迷いなく貫いていたのだ。
「学んだでしょ、イート。……こう言う世界だって」
 イートの声はもう聞こえなくなっていた。刺されたショックでそのまま事切れてしまったようだった。
「……リリ、お前は?」
「…………わから、ない」
 リリは真面目で誰かの為に動ける思いやりのある少女だった。ニコラスにとってもとしてとても大切な人だった。だけど、こんな命令がなければ……なんて思う余裕もなかった。
「ニコラス……あなたを救えたなら、良かったのに……」
「救う? 何のこと? まぁいいや、俺はボスの為にお前を殺す」
「……っ、ニコラス……っ」
 リリは恐怖で泣いていた。どうしてかわからないけど胸が痛んだ。
 リリにだけじゃない。デリが殺された時も、リディが自殺した時も、イートを殺した時も……何故か胸が痛んだ。
 現実は、無情だったが。
「…………わかったわ。なら、一瞬で、決めて、ね……」
 それはニコラスを殺す事が出来ないリリが生きる事を諦めた瞬間で、ニコラスはイートから抜いたナイフを構えリリの首元へ迫った。

「よくやった。それでこそ俺の息子だ」
 立ち尽くしていたニコラスの頭をヴォルフは撫でる。嘗て感じた温もりはもう感じ取れなくなっていた。



 それからのニコラスはヴォルフの邪魔者を始末する日々。人形のように任務をこなす……今日も今日とて。
「分かったよ、ボス。終わったら連絡するから」
 そんな十五歳になったある日。いつものように任務をこなしていたが、予想外の用心棒と出会う。
「ぐはっ?!」
「はは、俺がいる限り簡単には殺させんさ。さて、どこからの刺客だ?」
 軽快に大剣を振るう用心棒の男に撃墜され捕縛されたニコラスは諦念を抱いた。
「……ボスの役に立てないならこれで終わりだ。さっさと殺せよ、糞爺」
 死はもう怖いものではなかった。何人……何十人、何百人と殺してきた。その報いがやっと来たのだと思った。ニコラスは色の無い眼で男を見上げた。
「あー、そうか」
 そういうことかよ。……よっし! 男はそう言ってニコラスの両肩を叩く。
「テメェは今日から俺の弟子だ」
「は?」

 男、ナナシ・ノ・ゴンベエの言葉にニコラスは何とも間抜けな声が出てしまったのだった。

PAGETOPPAGEBOTTOM