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この名で解け

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ニコラス・コルゥ・ハイド(p3p007576)
名無しの
ニコラス・コルゥ・ハイドの関係者
→ イラスト
ニコラス・コルゥ・ハイドの関係者
→ イラスト



 ヴォルフの人形だった『博徒』ニコラス・コルゥ・ハイド(p3p007576)は、ナナシ・ノ・ゴンベエの弟子に強制的に迎えられた。
「いきなり何を言い出すかと思えば……おい、聞いてるのか糞爺?!」
「そうと決まればそうだなぁ……よし、旅に出ようじゃねぇか!」
「は? おい、ふざけるな、おい!!」
 突拍子もないナナシの言葉にニコラスは振り回されてばかり。なんなんだこの糞爺はとぼやきながら、ナナシの強い力で引き摺られるように旅に出る事になった。

「折角整ってる顔してるってのに、ブッサイクな顔だなぁ!」
「誰のせいだ、ったく……クソッ!」
 今乗っている馬車へ乗る際、ニコラスはナナシに投げ込まれるように突っ込まれ、そのまま不貞腐れていた。
「はっはっはっ! ま、いーじゃねぇか。二人旅、楽しく行こーぜ?」
「なんでだ!! 俺は……俺はボスの命令で糞爺の雇い主の命を狙ったんだぞ?!」
「失敗したがな!」
「うるせぇ!!」
 クソックソッ!! ニコラスが話しても埒が明かないと窓の外を見た時だった。
「……っ、なんだ、これ……」
 そこにはニコラスにとって、見た事のない景色が広がっていた。それは紫の花が一面に広がる別世界のような景色だった。
 写真では見た事はある。だが実物と言うものはこんなにも迫力が違うものなのだと、ニコラスは息を飲んで食い入るように外を眺めていた。
「おう、お前は見た事ねぇのか? ここいらの土地じゃ有名な花畑だぜ?」
「……本では、見た事はある」
「なんだ、引き籠もりの優等生ってか?」
 ハッハッハッ! と笑うナナシにニコラスは何も返す事が出来ない。
「……いいぜ、俺がお前に世界を見せてやる。ちゃんと着いてこいよな?」
「世界を見せるって……他に何を見せようって言うんだ……」
 たまたまだ。そう、たまたまだったに違いない。たまたま……この景色を写真でしか見た事なかっただけであって。別になんて事なんてない。そのはずだ。ニコラスは狼狽えつつもそう息を整えた。
「何言ってんだ、この無辜なる混沌フーリッシュ・ケイオスはまだまだ広いんだぜ? 幻想レガド・イルシオンの北には鉄帝ゼシュテル、東には天義ネメシス、西には傭兵ラサ……見える海は海洋ネオ・フロンティアの領域。ここから見える景色はまだまだちっぽけなんだぜ?」
「へぇ……」
 国の名前くらいボスから勉強していたから知っていた。別にそのぐらい当然の事だ、それに世界が広い事なんてずっと前から知っている。
「反応が薄いなぁ……まぁいいけどよ。実物を見せねぇとピンと来ねぇもんだ」
「別に……そんなん写真で見ればいいじゃねぇか」
「馬鹿か、写真が実物に敵うわけねぇだろ。さっき実物見て感動してたくせに」
「そんなんじゃねぇよ!」
 揶揄うナナシにニコラスはまた振り回されてばかり。ニコラスは意地悪爺に揶揄われているような感覚で、とても不愉快だった。
「ま、あと二、三日もすれば鉄帝の銀の森の近くに着くだろう。それまで身体を休めてお──」
 ナナシがそう言いかけた瞬間、馬車は急に止まった。
「お客さん、へ、変な連中が……っ」
「んん?」
「……ああ」
 怯える馭者の声に二人が窓から外を見てみれば、複数の男達が道を塞いでいた。彼等は進行方向も退行方向も塞いでいて。ニコラスはその複数の男達の顔に見覚えがあった。
「とうとう迎えが来たか」
「ほぉ……?」
「俺はボスから逃げられない。あの日から知っていた事だ、何ら不思議な事じゃない」
 大切だった友人達を殺したあの日から、ニコラスは痛い程思い知らされていた。このちっぽけな力ではどうする事も出来ねぇ……なら、抗うなんて馬鹿な事だ。あの日からニコラスは諦念の渦から抜け出す事が出来ずにいる。
「んなこたねぇさ」
「あ?」
「じゃ、俺が追い払ってやろう」
「おい待て何す──」
 ニコラスの言葉も聞かずにナナシは馬車を出る。するとそれに気づいた男達は一斉にナナシに襲いかかってきた。
「おい、糞爺!!」
 ニコラスは焦り声を上げる。しかしそれとは裏腹に、ナナシは余裕の太刀筋で男達を薙ぎ払った。
「なあんだ、この程度で怯えてんのかお前?」
 はっはっはっ! とナナシはまた豪快に笑う。自分はこいつらを撒くのですらも一苦労だったと言うのに……と、ニコラスはまるで信じられないものを見るかのようにナナシを見ていた。
「ふん、奴等はこれっきりじゃねぇさ……何度でも来る。……やっぱり、逃げられねぇよ」
 憂いを帯びるニコラスの表情にナナシはまた笑う。
「ならその度に俺が撃退してやらぁ! あんまり俺を嘗めんじゃねぇぜ?」
「はっ…………どーだか」
 けどこの糞爺なら……いや、過度な期待はよくねぇ。だってそうだろ? これまでずっと裏切られてきたじゃないか。ニコラスは胸の内でもがきながらも、誤魔化すようにそう呟く事しか出来なかった。

 そうこうしているうちに銀の森へ辿り着いた。その道中何度もヴォルフの追っ手が襲ってきたが、その全てをナナシが蹴散らしていった。
「よし、着いたぞ」
「…………」
「なんだよ、まだ馬車から降りて一歩しか歩いてねぇのに黙りか?」
 さっきまでの威勢はどこへ行ったんだか。ナナシの言葉は最早ニコラスには届いていなくて、ニコラスは目の前の銀世界に目を奪われる。
 こういう景色がある事は知っていた。なのに、どうしてこうも……くそ! あの糞爺の思う通りになる自分が何故か許せなかった。
「素直に感動してればいい。なぁ、俺と旅に出ればこういう景色、五万と見れる保証はしてやるぜ? 景色だけじゃねぇ、その場でしかわからねぇ知識も保証しようじゃねぇの。……着いてこいよ?」
「…………」
 ナナシはニコラスが知らない世界を知っている。更に言えばこれまでの道中、ヴォルフの追っ手を難なくかわして来た。
「……わかった」
 ニコラスはこの糞爺に賭けようと思った。また裏切られたら、今度こそ希望をかなぐり捨てようと思った。会って間もない糞爺にそのぐらい強い賭けをした。





 銀の森を出たニコラスとナナシは、その後も世界の美しさを見て回った。
 深緑アルティオ=エルムの迷宮森林や大樹ファルカウ、天義ネメシスの聖都フォン・ルーベルグ等自然的、人工的美しさがそこにあった。
 そしてナナシは自身を旅人ウォーカーだと明かし、自身がいた世界の事も話してくれた。ニコラスは不貞腐れながら聞いていたが、次第に心を開くようになっていた。人間的感情を取り戻そうとしていた。
 それはニコラスが人形から人になろうとしている瞬間だった。

「探したよニコラス」
 そんな平穏が壊されるのはいつも突然だった。その声が聞こえた瞬間、ニコラスは背筋が凍るような感覚を覚えた。
「……ボ、ス」
「お? 漸く黒幕がお出ましってか」
 ヴォルフ・コルゥ・ハイド。二人の前に現れた男の名前。ニコラスに永遠の鎖を与える恐怖対象。
「迎えを送っていたんだが、なかなか帰ってこないから俺が直々に迎えに来てやったぞ」
 それは刺客を放てど放てど二人を殺せず、痺れを切らして仕方なく来た……と言う事だろう。と言った柔らかな言葉が使われているが、ニコラスはそれが大嘘だと理解していた。
「……ん? お前、随分顔つきが変わったようだな」
「っ、お、俺はもうボス……いや、ヴォルフ! アンタの元には戻らねぇ! 糞爺と……もっと世界を見るんだ!」
「はぁ……なるほど、人になったのか」
 反抗的なニコラスを舐めるように見たヴォルフはつまらなそうに
「……なら、もういらないな」
 そう吐き捨てた。
 すると視線の方向はニコラスからナナシへと変わる。
「せっかく手をかけて人形にしたと言うのに……そこの爺さんは酷い真似をしてくれたものだ」
「はっ! 何も知らねぇガキを暗殺道具に仕立て上げるキチガイの気持ちなんざわかりたくもねぇがな!」
「ははは、口の減らねぇ爺さんだな……」
 全く最悪だ。そうぼそりと呟いたヴォルフは震えた。否、彼の周囲で地鳴りが起こり始め、黒々しい気配が立ち込める。
「おい、何をするつもりだ?!」
 ナナシの言葉は風のように吹き飛ぶ。
「っ!!」
 ナナシをすり抜けたヴォルフはニコラス目掛けてその黒々しい気配を解き放ち、命中させた。
「うっ、く?!」
「はははは……っはははは……っはははは!!」
 ヴォルフは地から狂ったように笑い、ニコラスは苦しそうにその場に倒れた。
「ニコラス、ずっと人形だったらこの手を使わずに済んだのにな?」
「てめぇ……こいつに何をした?!」
「呪いをかけたのさ、名を媒介にした死の呪いをな。時期にニコラスは死ぬだろう」
「名前を、媒介に……?」
 二人がそんな話をしている傍らで、ニコラスは血を吐きながら苦しげに空を見上げた。
(ああ、なんだ。俺はまた賭けに負けたのか?)
 最初の賭けはヴォルフに対して。あの優しく撫でてくれた手にニコラスは無知でありながらも縋るように賭けをした。
 だが彼は塵となるまでニコラスの希望を粉々にした。
 生まれて初めて出来た友人を殺され、自殺され……そして自分の手でも葬った。あの絶望感は今となってみれば吐き気がする程に強烈で、となるには充分過ぎるほどのだった。
 彼等はニコラスにとってかけがえのない大切な友人達。ヴォルフはニコラスをにする為に利用した命達。
(ごめんな、みんな……)
 俺も四人の元に逝く事になっちまった。それはニコラスにとって、どうしようもなく悲しい事で、辛い事で。

 どうしようもなく、悔しい事だった。

「諦めるんじゃねぇニコラス!」
 霞む意識の中で誰かの声が聞こえた。
「く、そ……じじ、い……?」
 あの強烈な痛みが引いていく……何故? どうして? 何が何だかわからずに疑問が晴れないままニコラスはゆっくりと上半身を起こす。
「おい……おい糞爺……どうなってる?」
「か、はは! できると……思ったぜ。お前がこの世界の俺だからよ。……魂が一緒なんだ。だ、から。呪いの先を、俺に移し替えた」
 そう言い放つナナシは黒々とした気配に身を包まれ、今にも事切れそうになっていた。
「なっ……だ、誰が。誰が助けろなんて言った、糞爺!!」
 いつもそうだ。アンタは勝手に決めちまう!! ニコラスはナナシの胸ぐらを掴んだ。
「最初に出会った時からそうだ! どうして俺なんかのために!!」
「……さっき、言っただろ……魂が一緒だって。お前が俺だと気づいたから、な。なら、よ。自分を助けるなんざ、当たり前だろ?」
「訳わかんねぇよ……魂が一緒? 一体何の事だ!!」
 ナナシの言葉の意味が分からないニコラスは喚き散らす。
「ニコラス・コルゥ・ハイド」
「あ?」
「俺の名前も……ニコラス・コルゥ・ハイド、だ」
「は?」
 つまりはこうだ。
 ナナシの正体は異世界におけるニコラスの同位存在。ナナシという名は混沌に来た時に自分で付けたもの。
 彼の真の名はニコラス・コルゥ・ハイド。故に彼はニコラスの呪いを自分へと移し替える事が出来てしまった。
 呪いは名を媒介にしていたが為に。
「はは……賭けに勝ったんだ。その報酬によ、一つ願いを聞いてやくれねぇか」
「何が賭けだ、勝手な事じゃがって」
「俺の代わりに世界を救え」
 喚き散らすニコラスに対し、ナナシ……もといニコラスの言葉は真剣そのものだった。
「……なぁに、お前ならできるさ。……そして一時の熱情に全てを賭けろ。己の未来を掴み取れ……いいな?」
「……な、に重苦しいもん押付けてんだよ……なぁ! ……なぁ?」
 彼はその言葉を最後に眠るように事切れた。

「はは……まさか全く同じ名前のやつが居たとは……ニコラス、お前は運がいい」
「ヴォルフ!!」
 ヴォルフの声で現実に返ったニコラスは彼の方を向く。弟子を救って賭けに勝った師匠に免じて、まず乗り越えりべき壁が目の前にある。
「くそが。俺を……舐めんじゃねぇ!!」
「ぐがっ?!」
 この状況下でニコラスが反撃出来るわけがないと踏んでいたヴォルフは、油断していた。ニコラスはヴォルフの両手足へナイフで切り裂き切断する。
「アンタを殺して俺は生きる……!」
 ニコラスは吠える。その勢いのままヴォルフの首をナイフで掻っ切って。
「……やっと、終われたんだな」
 そのまま彼の終わりを見る事もなくその場を去った。



「ニコ、ラス……き、さま……」
 どよりと蠢くが、聞こえた気がした。

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