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零とアニーの話~練達空中散歩

登場人物一覧

零・K・メルヴィル(p3p000277)
つばさ
アニー・K・メルヴィル(p3p002602)
零のお嫁さん

 練達というところは、とにかく見て回るのに飽きない場所で、ぶらぶらしているだけでも楽しい。いま零とアニーが歩いているのは練達の中でも一番長いと触れ込みのシーチャン商店街だ。
「ねえ零くん。みてみて、珍しいものが売ってある」
 アニーが足を止めた店の看板には極太ゴシック体でドラッグストアと書かれていた。アニーがこれまた極太文字で書かれた棚のポップを指でなぞりながら読み上げる。
「えーと、ばん、そう、こう、って読むのかな?」
「正解」
「やったあ!」
 零の返事に、えへへとアニーが笑う。崩れないバベルは今日も絶好調のようだ。
「包帯より便利なものみたいだね。ひとつ買っておいたほうがいいかなあ。あ、これかわいいー」
 アニーは絆創膏の棚の一角に目を止めた。ファンシーグッズみたいな色と形のおもしろ絆創膏がそろっている。アニーはしゃがんでひとつひとつ手に取って品定めしだした。こうなると長い。しかしながら今日はオフの日。零としても楽しそうなアニーの横顔を眺めることができるのはうれしい。
「決めた、これにする」
 アニーが立ち上がった。店のカウンターで会計を済ませ、得意げに零へ収穫を見せる。ピンクの地にお花の模様がプリントされた絆創膏だった。
「ね、ね、かわいいでしょ?」
「うん、かわいいかわいい」
 すなおに喜ぶアニーを見ていると気分がほっこりしてきた。今なら超おいしいフランスパン出せそう。生地ふっくふくのやつ。
 今日のアニーは麦わら帽子に夏らしい真っ白ワンピース。ちょっと大きめの麻のバッグがいいアクセントになっている。帽子にあしらわれた小さなヒマワリがまた「今日は特別!」って感じ。自分と同じようにアニーもお出かけを楽しみにしてくれていたのだと知れて、零は自然と笑顔になる。
 曲がりくねった通りを抜けると、零には見慣れたものが目に入った。
「アニー。見ろ。自転車だ」
「自転車? あのキコキコするやつ?」
「超アバウトだな。うん、まあキコキコするやつで合ってる」
「お客様、当店のレンタルサイクルにご興味がおありで?」
 店員が愛想のいい笑顔を浮かべて店の奥から出てくる。
「レンタルできんの、これ?」
「はい。ただいま「夢のような自転車キャンペーン」中でして、お得意様価格でお好みの自転車を選べます」
「あ、じゃあね、この黄色いのがいい!」
 アニーが選んだのはいわゆるママチャリというやつ、二人乗りには適している。零とアニーは料金を払うと店員のくれた地図をひらいた。自転車のおかげで行動範囲が広がった。せっかくだから行けるところまでいこうじゃないか。
「俺が漕ぐから、アニーは後ろに乗れよ」
「こう?」
 バッグを抱えて荷台にちょこんと横乗りしたアニー。
(か、かわいい……!)
 心の中でガッツポーズする零。こんなサプライズがあるなんて、借りてよかった自転車さまさま。さっそく零もサドルに跨って、レッツゴーサイクリング。
「しっかり掴まってろよアニー」
「うん、零くん」
 ぎゅっ!
 ん? 零は違和感を覚えた。なんか、その、背中に当た……当たってますよね、これ? 年頃の女の子が後ろから掴まってくるということは、いわゆる胸的なものが。
(やわらかっ。い、いやいやいやいや、落ち着け俺、アニーは大事な友達! これは信頼の証だ!)
 動悸のあがった心臓をおさえつけ、大きく息を吸って零はペダルを踏んだ。景色が走り出す。心地よい風が髪を揺らす。
「あのね、零くん」
 弾んだ声でアニーが言う。
「じつは、お弁当作ってきちゃったの。どこかで一緒に食べよう」
「おおお、まじでか。テンション上がるわ。そうだな、フートン公園でベンチに座ってとかどうだ?」
「いいね。そこなら近くにティントン劇場があるから、シンガーズロイドショーも見れるよ」
「よっしゃ、まずはフートン公園だな」
 零は自転車のスピードを上げた。下り坂が見えてくる。ふと悪戯心を刺激されて、零はハンドルから手を離してバンザイした。
「零くんあぶないよぉ!」
「ははっ、大丈夫だって。十分スピード出てるし倒れたりなんてしな……」
 その時だった。機械的な音声が流れ出したのは。
『コース確認。第二形態へ移行します』
「へ?」
「はわ?」
 ういーんがちょ。ういーんがちょ。
「零くん! なんか翼が出てきた!」
 ふわ~り。
「「飛んだーーーーーー!!!」」
 自転車の両側に飛行機のような翼がはえ、二人を空へ放り出した。
 何これ、どうなってんの? 普通のママチャリにしか見えなかったんだけど、どこいった質量保存の法則。この科学文明の頂点みたいな国で、俺でも知ってる物理法則が機能してないってどゆことなの?
 零がかるく現実逃避していると、アニーが叫んだ。
「零くーん! これ落ちてる、落っこちてるよぉ!」
「え? へ? ほんとだ!」
 零の頭の中の辞書はこのとき、どないすべ、の一言で埋め尽くされていた。反射的にペダルを漕ぐ。するとどうだ、落下が止まり、自転車は安定を取り戻した。空中でだが。なんで空飛んでんのこれ。レンタルサイクルって言ってたよな、なあ! ペダル踏んで空中旅行って●人間コンテストかよ! 練達は何を目指してこれを作ったんだ。畜生! 返せよ! 俺のときめき! 別の意味で今心臓がバクバクしてるわ! 零の憤りを無視して自転車は高度を上げていく。
「ねえこれ、どうやって着地するの?」
「……わからん」
 零はハンドルを見つめた。今頃気づいたけど、小さなボタンが並んでいる。もしかしてこれに触ったかなんかしたか俺?
 ともあれ空を行く二人。上から見た練達は整然と整備された地区と自然発生的にごちゃごちゃと建物が並ぶ地区に分かれていた。
「これ、下を走ってたら、きっと迷っちゃったよね、わたしたち」
「そうだな。こうして空を移動して最短距離をいくのもありかな。ん?」
 ハンドルに付いているボタンのひとつがちこちこと光り出した。
『到着予定時間を大幅に経過。第三形態に移行します』
「「はい?」」
 ういいいいいいんがちょん。ボッ。しゅごおおおおおおおっ!
「ひゃああああ零くん、ロケット出てきたあああああ!」
「なんちゅーもん作ってんだよ練達ううううううう!」
 しかもこのロケット、案の定ペダルと連動していて、放っておくと出力が落ちる。こんなところに自転車らしさは求めてねえ! 練達にはマッドサイエンティストしかいないのかよ! いなかったわ、すまん!!! とんでもない速度でかっ飛んでいく二人。
「零くん、前、前、まえ~~~~!!」
「うおおやべええええ!」
 眼の前に巨大な壁が迫っていた。ハンドルを切れるところまで切り、ペダルを爆漕ぎしてどうにか避ける。なにかと思ったら練達の象徴である研究塔だった。自転車ロケットで衝突事故からの新聞一面デビュー。社説で今どきの若者の暴走運転とか書かれたりして、そんなのはごめんだ。
「てゆっか、いまどこだ。どのへんだ!」
「わかんないよお~……」
『ピッ、間もなくフートン公園上空に到着します』
 おお、このめちゃでくちゃなサイクリングもようやく終わりか。
『降下準備に入ります。システムダウンまで3・2・1……』
 はい? なんかもう突っ込む気にもなれないけど、もしかしてもしかして……。
『ナビゲーションを終了します。ご利用ありがとうございました。プツン』
 がくんと体が揺れる。
「落ちるのかよぉ! せめてパラシュートくらいだせや!」
 とにかくアニーだけは、アニーだけは怪我させない! 零は体をひねってアニーを抱きしめた。
 がちょがちょがちょがちょっ!
 自転車だったものが展開し、視界が白で包まれる。
 どぼーん。
 落ちた先は公園の池だった。腕の中のアニーがくらくらと目を回しながら言葉を絞り出す。
「零くん。自転車って激しい乗り物なんだね~」
「違うぞアニー、これは……ただのアヒルさんボートだ」
 もうペダルしか共通点ないじゃん。泣きそう。とりあえず。
「お弁当、食べる?」
「……食べる」

「おい自転車屋ぁ!」
 岸に上がると、アヒルさんボートはぱたぱたと折り込まれてもとのママチャリに戻った。零はアニーを引き連れ、レンタルサイクル屋までとってかえした。一言言わないと流石に気がすまなかったのだ。
「おお、お客様その様子ですと、当店のナビゲーションシステムをご利用いただけたようで。ご満足いただけましたでしょうか」
「満足もへったくれもあるか、改良点しかないわ!」
「使用感のアンケートも実施しておりまして、ご協力いただいたお客様へは記念品をもがっ!」
「フランスパンでも食ってろ!!!」

「はぁ……」
 零はため息をついた。今日のお出かけを楽しみにしていたのに気分は最悪だ。快適サイクリングは最初の5分で終了して、あとは絶叫マシンコース。気が付けば空はオレンジ色。もっといろいろ、安全かつ快適に、アニーとのお出かけを楽しみたかった。
 ため息をもう一つ。ちらりと隣のアニーを見ると……。
「~~♪」
 なんか鼻歌うたってるー! ご機嫌なのか? そんな要素どこにあった!? 今日一日が動画だったら、巻き戻し再生して確認するから教えて!? 混乱する零を振り返ってアニーが一言。
「あ、零くん。頬に擦り傷できてる」
 言われて気づいた。どおりで頬がピリピリしていると思った。
「ふふっ、はい、絆創膏」
 アニーが手を伸ばして今日買ったばかりのそれを零の頬へ貼ってくれた。乙女っぽい絆創膏がちょっと恥ずかしくて、かなり照れくさかったけど。
「ありがとう。……その、今日はどうだったアニー?」
「うん、かわいい絆創膏も手に入ったし、自転車はスリル満点ってことがわかったし、何より零くんがいてくれたから」
 アニーがほにゃりと笑った。
「とっても、楽しかったよ」
 ああそんな顔されたら、返事なんてひとつしかない。
「俺も、楽しかったよ」
 夕焼け、帰り道を歩く二人の影が長く伸びていた。

  • 零とアニーの話~練達空中散歩完了
  • GM名赤白みどり
  • 種別SS
  • 納品日2019年07月20日
  • ・零・K・メルヴィル(p3p000277
    ・アニー・K・メルヴィル(p3p002602

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