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赤黒い刃よ、想ひを共に
登場人物一覧
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──やっと、
──やっと……会えます、ね。
それは穏やかな声
それは平穏の空気
それは──ずっとずっと、待ち望んでいた願い。
それは──。
●
──それは夢のお話。
サラサラ、サラサラ。
暗闇の向こうから音が聞こえる。なんの音だろうか……そう『二律背反』カナメ(p3p007960)は耳をすませる。
ゆったりとした風で草木が揺れ掠めているような……そんな音にも聞こえた。一体どこへ繋がっているのだろう、カナメはこの暗闇の中でふと手を伸ばすような感覚を試してみる。
「わ……!」
するとカナメが手を伸ばした瞬間、景色はみるみる変わり……真っ白い背景と見事に咲き誇り一本の大きな桜の木が花弁を舞い散らせながら目の前に現れた。
その桜の木に……カナメは見覚えがあった。
「あの時の、桜……」
それは緋色の桜。釣り鐘のように下向きに咲き、やや小ぶりな一重に咲く花だが同時に複数の花を咲かせる冬桜。それが見事な程に美しく満開だった。
「あの人は……向こうで彼に会えてたらいいな……」
あの人、とは。この腰元に据える刀……緋桜から現所持者であるカナメ自身に乗り移っていたこの緋桜を生み出した鍛刀者の亡霊の事だろう。
彼女は悲しい亡霊だった。自らが鍛刀した刀を焦がれる彼へ届ける道中、思い半ばで何者かに殺された女人。その悲しみは深く、所持者を次々に呪っては身を滅ぼさせ……カナメの事もいつも通り……いや、カナメの場合は
けれどカナメはそんな彼女から寸前のところで助けに来てくれた大切な姉と共に討ち取る事が出来た。
それから亡霊がカナメに乗り移り、カナメを苦しめる事はもうなくなったのだ。
けれど、だけども。カナメは彼女の思いを知ってしまったから……願う。どうか、あの世でだけでも報いを、と。
──だがそれはそれとして、だ。
再びこのような夢を見たのはどうしてだろうとも気になった。
以前のようなあの黒々とした不気味な気配も女の人もいない。
──ただ、ただ……桜だけが静かに風に揺れて佇んでいるだけ。
「桜がカナを……呼んでる、のかな……?」
ここに呼ばれたのには意味があると考えた末、カナメは桜へとゆっくり近づく。それはまるで心から惹かれ、或いは身体ごと呼ばれているような感覚だった。
「わ……」
カナメは木の幹に触れる。すると仄かに温かいものが胸に灯り……その光のない瞳は桜を見つめて静かに呟く。
「……守らなきゃ」
どうしてかこの桜が儚くて、尊くて……ふとそんな思いが過った。どう見ても立派な桜だと言うのに、どうしてこんな事を思ったのか……カナメにもわからない。
でも何故か
それはまるで
「カナ、まだまだ未熟だけど……あなたも……お姉ちゃんも……守りたいんだ」
桜を思う傍らで浮かぶ姉の笑顔、そして時に叱ってくれる怒り声、笑顔に隠れた悲しそうな声。
「なぁーにしてるんスか、僕の妹ッスよ! 出てけ、出てけッス!!」
「どうしてもこうしてもあるッスか! どうも様子がおかしいと思ってずっと追っかけてたんッス! そしたら段々嫌な気配がおっきくなって……!!」
「諦めるなッス! 大丈夫ッスよ……僕が付いてるッスから!」
「戻って来るッス、カナメーー!!」
必死に呼びかけてくれる姉の声に、あの時絶対……絶対打ち勝たなくちゃ! カナメはその思いで必死に足掻いた。
「どれだけ他人を、自分が成し得なかった事を羨んで力を得ても!
生きた人間の輝きに勝るものなどないッス!! 僕ら姉妹を──なめないでほしいッス!」
そうだ、だってまた会えたんだもん。この絆はあの亡霊にだって勝ったんだ。
「カナは、世話がかかるッスねぇ……」
呆れたような声でもお姉ちゃんはカナをずっと見守ってくれた。お姉ちゃんに幼少期の記憶がなくても……二人は強く強く繋がっているんだ。
──だから。
「緋桜……」
あなたを守る。大切な人を守る為に。姉の隣にちゃんと胸を張って立てる自分である為に。
カナはあなたを手放すわけにはいかない、から。
緋桜の幹に触れた途端溢れてくる思いが緋桜へと流れていく。そうしてカナメはそっと緋桜に寄り添い目を閉じると、無数の緋桜の根がカナメに優しく巻きついていた。
それは最早
カナメは極々自然にそう守りたいと言う結論に至った。それは亡霊なんかよりずっとずっと強力で──綺麗な呪いなのだ。
緋桜はカナメを抱きながらも、何かを表すかのようにその花弁を風に乗せて更に美しく空へと舞い散らしていた。
●
「んーー! よく寝た!」
幻想のある宿屋で一晩を越したカナメは長い夢を見ていた気がした。
けれども彼女はまた夢の内容を覚えてはいなかった。
「またこの感覚……でも前よりは穏やかな……そんな気がする」
体も心も、どこにも異常はない。
ただ──。
「緋桜……」
ふと、片隅に置いていた刀の一つ……緋桜へ目線を向ける。心のどこかにいつも緋桜の存在が常にある。昨夜置いた位置に緋桜があった事を確認し、カナメはホッと安堵を零した。
忘れられない、忘れてはいけない。カナがこれを守らなきゃ。そんな気がして。
忘れているのに、忘れてはいけないそんな強い思いがカナメの心を温かく満たした。
「あ、のんびりしてられない! 今日はお姉ちゃんとお仕事だったんだった!!」
大切な大切な姉との仕事を思い出し、カナメは急いでベッドから飛び起きる。
アイドルのように推す大好きな大好きなお姉ちゃん……カナはそんなお姉ちゃんの隣にいても自信を持って立っていたいから。
「今日も張り切っていこー☆」
カナメはいつもの調子で仕事を始める。どんな仕事だってお姉ちゃんが居れば百人力……いや、千人力だっていけちゃう!
「やーっといつもの調子に戻ってきたッスねー?」
「お姉ちゃんのおかげ! カナはお姉ちゃんが居ればいつだって元気だよ☆」
「この前までくらーい顔してたのに調子いーッスねぇ……ま、今日も頼りにしてるッスよ!」
「もっちろん☆」
さぁ、今日もお姉ちゃんと一緒に駆け抜けるよ! カナメは片手に百華【大水青】、もう片手に緋桜……改め、緋桜【紅雀】を振るっていた。
●
──
────。
夢のお話。
真っ白い背景に緋桜が咲き誇る空間。その木に一話の紅雀がそっと止まる。風に揺れる緋桜に紅雀は
緋桜に本来込められた呪い「誰かと共にある為の刀」に基づき、緋桜はカナメをその呪いで強く強く縛った。
それは──浄化された女の声だったのか、
……或いは──
もう誰も知り得もしないが。
様々な思いが入り交じった夢のお話。
だが、そうしてカナメは本当の意味で緋桜に呪われた。
……しかし、妖刀と亡霊と少女の話はこれでオシマイ。
──赤黒い刃は、果てに想ふ、絶たれた思ひ
そして、特異に動く運命の座標が変えた温かい呪いだった。