PandoraPartyProject

SS詳細

心の乾きを癒して

登場人物一覧

フィーネ・ルカーノ(p3n000079)
津久見・弥恵(p3p005208)
薔薇の舞踏

 秋の星が見え始めた頃、フィーネ・ルカーノは津久見・弥恵(p3p005208)を自宅に招いたのだ。
「ようこそ、津久見・弥恵さん。馬車の旅は快適だったかしら?」
 フィーネは笑い、暖かな玄関で弥恵特別なゲストと向かい合う。
「ええ、とても静かで眠ってしまいそうでしたしいただいた紅茶とチョコレートクッキーがとても美味しかったです!」
 弥恵は言った。
「それは良かった! 弥恵、ちょっと待ってね。ケーラ、貴女のお母様にこれを渡してくれる?」
 フィーネが御者の名を呼べば、ケーラはすぐに弥恵の真横に立ち、フィーネが近づくより先に弥恵に耳打ちをする。
「あら、内緒話?」
 わざとらしく、フィーネは御者をねめつけるが、ケーラは慣れているのだろう。気にもしない。
「津久見様、シトラスアップルティとクッキーはホーステイルの庭でフィーネ様が購入したものです」
 御者が心地よい声ではっきりと告げれば、今度は弥恵が反応を返す番だった。
「えっ!? ホーステイルの庭ってあの最近、出来たケーキ屋さんですよね!? ぎょ、行列が四時間という、あのケーキ屋さんですか!?」
「ええ。わざわざ、一人で並ばれたようです。
 その言葉に弥恵はぱっとフィーネを見た。
「フ、フィーネ!! よ、四時間も並んだのですか?」
 ぎょっとする。それに、護衛の者もつけず、あろうことか、たった一人で。それが伝わったのか、フィーネは眉根を寄せる。
「四時間? いいえ、あのときは二時間程度。リンクス・シームの新刊を読んでいたからあっという間だったわ」
「リンクス?」
 弥恵が目を丸くし、フィーネはああと笑う。
「ごめんなさいね。リンクスはミステリ作家よ。その日は彼の新刊、パレードの憂鬱の発売日だったの。本屋で購入したあと、並んだわけよ。だから、こんなことは気にする必要がないの」
 頷きながら、弥恵はぼんやりしている。行列に優雅に並びミステリ小説を読む、眼鏡姿のフィーネ。至極、絵になる。ああ、こっそり、眺めていたい。
「弥恵? また、妄想?」
「え? た、多分、違います!」
「多分? まぁ、いいわ。それとケーラ、このことをわざわざ言う必要はないのよ。あたくしもホーステイルの庭が気になっていたわけだしね」
「失礼致しました」
「ええ、それでいいわ。でも、ありがとう。さぁ、これを彼女に渡してあげて?」
 フィーネは御者に蛍石の首輪を手渡した。御者は無言で頷き、受け取った品物をブルーのリュックにしまい、フィーネを見つめる。
「ケーラ? まだ、何かあって?」
 フィーネは御者を見上げた。
「フィーネ様。私が着用している、イエローのトップハットとワイン・レッドのボックス・オーバーコートはとても目立ちます」
「そう。それはとてもよいことね」
「ですが、この服はとても重く、私は軽量化を望みます」
「あら、それは知らなかった。分かりました。明日、電話しておきましょう」
 フィーネは仕事の顔をする。
「ありがとうございます。では、津久見様、フィーネ様との時間を奪ってしまい、申し訳ありませんでした。ごゆっくり」
「え、はっ!? えっ!? ええと……ケーラ様! あ、ありがとうございます! 今日は送ってくださり、本当にありがとうございました」
 弥恵は慌てながら、出口へと向かうケーラに頭を下げた。その間、フィーネは楽しそうに笑っている。
「ようやく、二人」
 フィーネは言った。遠くで、扉が閉まる音が聞こえた。
「……お久しぶりですね」
 弥恵がフィーネの目を見つめ、言った。無論、意地悪で言ったわけではなかった。本当に久しぶりだったのだ。弥恵は星柄のフェミニンなワンピースとデニムジャケット、そして、グレイのトートバッグを左肩にかけている。トートバッグの中には、四日前に届いた一枚のポストカード。そう、そこには、『××月××日のPM20時に迎えに行くわ』とだけ。ただ、こんなことをするのはフィーネだけなのだ。弥恵はオシャレをし、馬車をじっと待っていた。
(ようやく、会えたのですからフィーネを独り占めしなくては!)
 そんなことを思いながら、弥恵は小首を傾げた。見覚えのない鳥のオブジェが一体、廊下の奥に置かれている。
(あ、あれは……)
 一目でそれがフィーネの趣味ではないと感じる。きっと、彼女を慕う芸術家のような者がプレゼントしたのだろう。
(本当に! 来る者は拒まず、なんですよね!)
 弥恵は無意識に目を細めた。
「……本当に久しぶり。でも、忘れてはいなかったのよ」
 フィーネは微笑んだ。弥恵は黙っていたが、その言葉の意味を弥恵だけが理解している。そう思った途端、反射的に顔が熱くなってしまう。
(ぐぅ、私はいつだってフィーネに甘いんですから!)
 ぷるぷると首を振る。
「あらあら」
 フィーネは弥恵を見つめ、「相変わらずね」と笑う。
「な、何がですか!」
「え~? 何でもないわよ」
「もぅ、言ってください!」
 弥恵は口を尖らせながら、フィーネの装いを見つめる。黒色のタートルニットとブラウンのキャミソールワンピースに、真っ赤なタイツ。それに──
「……ルージュ」
 聞こえるか聞こえないかの声だったが、フィーネはすぐに表情を柔らかくする。
「ええ、そうね。初めて塗ってみたの。どう、似合う?」
 フィーネは片目を瞑り、弥恵を引き寄せた。
「あ、ちょっと!? まだ、靴を脱いでませんってばっ!!」
 身体が傾き、転んでしまいそうになる。
「あら、失礼」
 引き寄せたまま、ぴたりと動きを止めるフィーネ。フィーネは弥恵を支えながら、「珍しく焦ってしまったの、ごめんなさいね」と言った。弥恵は黙ってしまった。本当にそうなのかもしれない。そこに偽りは浮かんでいない。
「あら、怒った?」
「いいえ。それに、謝らなくて大丈夫ですよ。驚いただけですから」
 弥恵はふぅと息を吐き、「お邪魔します」と言いながら、丁寧に靴を揃えた。ピンクブラウンのパンプスは今日のために購入したもの。
「ありがとう。この日をあたくし、待っていたわ」
 向けられる金色の瞳は、爬虫類のよう。背けることは出来なかった。
「フィーネ。とてもよく、似合っていますよ」
 弥恵は言った。嘘ではなかった。
「ありがとう、弥恵」
 両手で頬を挟み込まれ、弥恵は抵抗すらできずに──いや、こうなることを望んでいたのだろう。一歩も動くことなく、弥恵はフィーネの口づけを受け入れた。
「……ふふ、お揃いね」
 フィーネは弥恵の手に触れ、くるりと歩き出す。触れた手、指先が熱い。熱くて仕方なかった。
「弥恵、こっちよ」
「あ、はい」
 ぼんやりする。いつだって、フィーネは傲慢で自由だ。出会った時から、何も変わっていない。だから、安心するのかもしれない。
「螺旋階段ですか? 二階は初めてですね」
「あら。そういえば、そうね」
「フィーネ、二階には何があるんです?」
「内緒。あ、そこに明かりがあるけど、足元に気をつけてね」
「ええ……」
 見れば、階段の端にキャンドルが並び、道を作っている。至極、綺麗だ。だが、気を付けなければならない。
「長いですね」
「レディ、もうすぐよ。ほら?」
 階段を上がり終え、フィーネは怪しく笑う。
「さぁ、入って」
 フィーネはドアノブを掴み、押し開ける。

 目の前に広がったのは──
「自宅バーですか!」
 漆黒のカウンターに、ペンダントライトとブラウンのバーチェア。バックバーにはボトルが並んでいる。
「ええ、そう」
「す、凄すぎませんか?」
 バーチェアに促され、きょとん顔で座る。
「どうでしょう? ちょっと待って着替えるわ」
 フィーネは目の前で服を脱ぎ、Yシャツ、黒ベストと金色の蝶ネクタイを付け、髪を一本に結び、それからキャラメル色のブーツを履く。
「さぁ、貴女にもこれを」
 フィーネは屈み、バレエシューズをモチーフにしたブルーのパンプスを弥恵の両足に──
「ぴ、ぴったりです! それに可愛い……」
 今日は何だろう。夢のようにふわふわする。まだ、アルコールを口にしていないはずなのに。
「そうね、貴女らしいわ」
「フィーネ」
「なぁに?」
「あ、あの……今日はお酒をご馳走していただけるのですか?」
「ええ、そうよ。貴女、成人したのでしょう。ならね?」
 手を洗い、フィーネはロンググラスにライムとブラウンシュガーを入れ、ライムを潰し始める。そわそわする弥恵。
「いったい、どんなお酒が出来るのでしょうか」
「ふふ、見惚れてもいいのよ?」
 フィーネの言葉に弥恵が真っ赤になる。
「へぇ? あたくしに隠れてお酒を飲んだわけね?」
「うっ……の、飲んでませんよ。あ、今度はミントですか? 美味しそう……」
 話題をどうにか逸らした、つもりである。
「ええ。これをまた、潰してあげるの。爽やかよね」
 ミントを潰す。フィーネはすぐに氷を入れ、ホワイトラムを注ぎ、バー・スプーンでステアし──炭酸水をゆっくりと入れ、かき混ぜる。
「最後に──」
 バー・スプーンでカクテルを手の甲に数滴落とし、真剣な顔で味を確かめ、頷く。赤いストローをグラスに二本入れ、わくわくしている弥恵に声をかけた。
「はい、モヒートを貴女へ。さっぱりしててきっと、美味しいと思うわ。あたくしも大好きだし」
 フィーネはリンゴ型のコースターにグラスを置き、一瞬、屈んだと思えば、弥恵の前にガラスの靴を模した皿を一つ。
「これも一緒にどうぞ」
「チョコレート?」
「ええ、ホワイトラム入りの生チョコレート」
 勿論、生チョコレートはフィーネが作ったのだ。
「わ、美味しそうですね!」
「勿論よ。弥恵、今日は存分に酔ってちょうだい? ただし、ゆっくりとね?」
「ええ、いただきます」


 恐る恐るカクテルを飲み、弥恵は目を輝かせる。
「お、美味しいです……! それにとても、飲みやすいです!」
「ふふ、弥恵、誕生日おめでとう」
 フィーネは微笑み、今度は生チョコレートの美味しさに驚く弥恵に笑う。

  • 心の乾きを癒して完了
  • GM名青砥文佳
  • 種別SS
  • 納品日2020年10月27日
  • ・津久見・弥恵(p3p005208
    ・フィーネ・ルカーノ(p3n000079

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