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ラグラ=V=ブルーデン。或いは、路地裏に煌めく星の欠片…。
登場人物一覧
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煌びやかな街の明かりも、路地の奥までは届かない。
吐しゃ物、煙草、アルコール、そして何かわからない液体。それらが混然一体と混ざり合った饐えた匂いが鼻を突く。
「まぁ慣れたものですよ。実家の匂いぐらいに嗅ぎ慣れた匂いってやつです」
なんて、ラグラ=V=ブルーデン (p3p008604)は虚空へ向けてそう呟いた。
すん、と鼻を鳴らしたラグラの鼻腔を擽るは、つい先ほどまで“仲良く”していた男の汗の匂いであった。他人の体臭が自分の身体から香るのはあまり良い気持ちではないが、お小遣いをくれたので“良し”とすることにする。
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明日発売の新作コスメには、なかなかに良いお値段が付いていた。
家賃に食費に、武器や装備のメンテ代。そこに趣味や嗜好品を加えれば、ちょっとした稼ぎなんてあっという間に溶けていきます。
日々の生活をもうちょっとだけ充実させて、面白おかしく過ごすためには、とにもかくにもお金がたくさん必要なのです。
何をするにも金、金、金。守銭奴というわけではないが、それにつけても生きるにはとかく金が大事。
金は天下の回りもの、というのなら、積極的に金を使っている私はかなり天下に貢献していると言えるだろう。誰か私ちゃんを褒めてくれてもいーんですよ? ダメ? あっそ。
なんて、益体もなくそんなことを考えている私の足音。コツコツコツコツ。多くない?
それは当然。当たり前よね。多いさ、それは。
何しろ、ほら……。
「よぉ、随分と時間がかかったじゃねぇか?」
「待ちくたびれたぜ。お疲れのところわりぃんだけど、今度は俺らの相手をしてくれよ」
私の背後を塞ぐように、物陰から姿を現す男が2人。
汗と垢と酒と煙草と、それから何かの“クスリ”の匂い。
見たところ、大してお金を持っているようにも見えない男たちが、1歩1歩、にやにや笑いを顔に張り付けながら、私の方へと迫って来る。
「嫌ですが?」
ふっ、と前から迫る男の顔面に、口に含んだ蒼い宝石……ジルコンを噴き出し、命中させる。
うら若き乙女が1人、路地裏を歩いているのだ。
自己防衛の方法ぐらい、1つか2つは備えているのが常識でしょう。
男の顔面に命中したジルコンが、一瞬蒼い閃光を放つ。
そんじょそこらの宝石と、一緒にされては困る1品。なにしろそれは、星幽魔術の媒介として用意されたものなのだから。
増幅された魔力光を至近距離で浴びたなら、その目は焼かれ暫くの間、白い世界に迷うことになる。きらきら、きらきら、きれいだね?
そうです、それが宇宙の煌めき。星の輝き。
人が宙を顕し、宙が人を顕す。ブルーデンが魔法の序章をとくと味わってくだせぇな。
もっとも、とくと味わうほどに彼らが“保てば”の話だけれど。
「ぐっ……てめぇ」
「てめぇではなくラグラちゃんです。ブルーデン様でもいいですよ? ちなみに、これやると大体みんな“てめぇ!”って言いますなんでだろーね?」
つい、と眼前の男から視線を外し真横へ向けた。
そこに誰かいるわけではないけど、何となくそっちに誰かが立っていて、私を見ている気がするのだ。声もかけられたよーな? カメラかな? よくわからないけど、ピースピース。
「おい、ふざけてんのかよ!」
背後の男が手を伸ばす。
ふざけてないです。視聴者サービスの一環なので。だってほら……。
「ぶっ……」
指で弾いた赤い宝石。“心臓たる獅子”とも称される赤い宝石ジャスパーが、男の鼻と口の間に強くぶつかる。
めきゃ、とか、ごしゃ、とかそんな耳障りな音がした。骨が砕けたのかもしれない。少なくとも前歯は数本、へし折れとんだ。
唾液と血液が夜闇に舞う。赤い流星、きれいだね。
血と鼻水と涙と唾液に塗れた男の顔面は、大きくへこんでいるようで。
そんなもの視るぐらいなら、誰だって私のかわいい顔を見ていた方が楽しいでしょう。というわけで、再度ピース。いぇー。
とはいえ、前の男も後ろの男も、まだまだお元気な様子。
股間のテントは畳んでしまったようだけど、代わりに怒髪が天を突く。
一体何をそんなに怒ってるんでしょーね?
夜道で他人を害するつもり満々だったはずなのに。人を呪わば穴2つ。誰かに害を為すのなら、自分が逆に害される覚悟の1つや2つ必要でしょう。
追い詰められれば鼠だって猫を噛む。
殺られる前に殺るしかないのだ、人生は。これ常識ね。
そんな程度の覚悟もなしに、他人を襲おうだなんて、さては君たち人類初心者なのかな?
なんて、どうだっていいことなので。
他人のことだし、好きに生きて死んできゃいーよ。私には何も関係ないこと。
怒ったり、悲しんだり……他人のことを気にかけなければ、感情が揺れることもなく……。
「っと、少しおセンチになりすぎたかも」
そう言って私は、目をやられて藻掻く男の股間をズドンと蹴り上げた。
柔らかい何かが潰れる感触。
白目を剥いて、胃の中身を吐き散らしながら男はその場に倒れ伏す。わぁ、危ない。おゲゲがかかるところだったよ、危ないな。
自分の吐いた吐瀉物に顔を沈める男を一瞥。
吐いたアルコールとオクスリが、もったいないとでも思ってるんでしょうか。
では、少しだけお手伝いを、と男の後頭部を踏んで地面に熱いキスをさせてあげました。
「お、おま……そんなことしたら、死んじまうだろうが!」
顔面を潰されているせいで、ひどく聞き取り辛かったけど、たぶん彼はそんな風なことを言ったのだと思う。いやまぁ、潰したのは私なのですが。
「あ、今日の出来事は他言無用でお願いしますね。お礼に、いいもの見せてあげますから」
そう言って私は自身の周囲に13の宝石を展開させる。
暗がりの中、きらきら輝く星屑が恐怖に歪んだ男の顔を明るく照らした。
「まぁ、ギリギリ死にはしないでしょー」
ズドン、と。
一斉に解き放たれた宝石たちが、男の顔や腹部を穿つ。悲鳴を上げる暇もなく、倒れ伏したその男もまた、自身の吐いた吐瀉物に顔を埋めるように倒れた。
私には理解できないが、彼らはどうやらとっても“それ”が好きらしい。
世の中には色んな趣味の人がいるものだ。
とはいえ、そこは各人の自由。うちに秘めた想いや性癖なんてものは、余人には到底理解の及ばぬ物ばかり。
そして“それでいい”のだ。
チンピラたちの趣味が、吐瀉物や地面と熱烈なキスを交わすことだったとしても、私はそれを容認しよう。
っていうか、どうでもいいよね。
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倒れた男たちから財布を回収。遊んであげたお代の代わりだ。ただ働きはしない主義。資本主義の世の中で、ラグラちゃんはしっかり真面目に生きています。労働には対価を。それが常識。
有り金全部? 知らないですね。大したお金も持ってないのに私に絡んだ相手が悪い。
薄暗い路地裏から、煌びやかな表通りへと帰る。
「……けほっ」
咳込んだ拍子に喉の奥から血が零れた。口内に満ちる鉄錆の味。
手の甲でそれを拭って、僅かな間立ち止まる。呼吸が整うまでにかかった時間は、ほんの十数秒ほどだっただろうか。
「乙女のプライベートをいつまで見てやがるんですか?」
なんて、彼女は言った。
それは失礼。紳士らしからぬ真似をしてしまった。いやはや失敬。
ゆっくりと下げた視線に映るは、路地裏に伏す男が2人。
いつの間にか、ラグラの姿は消えていた。