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彷徨う乙女心と、子ロリババアと、カピブタと
登場人物一覧
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「かわいい」と言って欲しい。「素敵だ」でも、「可憐だ」でもない。「かわいい」と。
ただ、かわいいには種類がある。犬猫に向けて言われるようなかわいいでは駄目だ。その場限りの世辞でも駄目だ。女として、惹き付ける魅力をもってして、心の底からのかわいいのかわいいを言って欲しい。
否、言わせるのだ。
「けれど、一体……どうやって……」
沁入 礼拝 (p3p005251)は寝室に散らばった色とりどりの衣服や装身具の中心で、本日何度めかのため息をついた。
身動ぎする度に質の良い寝間着がさらりと音を立てる。艷やかな黒髪は櫛を通しただけの洗い髪。肌も最低限整えただけ。
そんなほとんどベッドから抜け出した時の状態のまま、礼拝は首を傾げ、時には頭を抱え、唸っていた。
「ノジャア」
主人の様子を眺めながら、子ロリババアがのじゃる。骨ばった――しかし手入れの行き届いた毛並みのよい――背中には淡いパステルカラーのワンピースが引っ掛かっている。つい先程、礼拝がああでもないこうでもないと放り投げた衣服のうちの一枚。普段の礼拝ならあまり買わないような、少女趣味の甘めのデザインだ。
呑気な鳴き声に、礼拝はハッと顔を上げて視線を壁掛け時計へと移した。もう正午に近い。窓から差し込む光の加減が変わったのは知覚していたが、もうそんなに時間が経っていたとは……。
細い指で眉間を軽く揉む。こんなに悩んでもなお、求めているものに繋がる手掛かりは得られなかった。けれどまだ、約束の時間までは余裕がある。そろそろ気分転換しても良いだろう。いや、するべきだ。
「ごめんね。お昼にしましょう」
礼拝が立ち上がると、子ロリババアは脚に纏わりついてまた「ノジャア」とのじゃる。その声を聴きつけたのか、半端に開いた扉の向こうから小さな足音も近づいてくる。
キュイーと鳴くカピブタの声ひとつ。すぐに扉を豚に似た鼻で押し開けて、礼拝の膝に飛び乗ってくるだろう。そうして耳の後ろを掻いてやると後ろ足をひくつかせて喜ぶのだ。
ため息がまたひとつ。時が経つのも忘れて、この子たちの世話も忘れて。あぁ、まったく、なんてざまだ。
礼拝をここまで悩ませている原因はたったひとつ。
つるりとした不気味なくろがねの仮面を被った、まるで子供のように無邪気で残酷な精狂者。
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あの人はこんな色が好きな筈。
あの人は手触りの良い生地を気に入るだろう。
あの人が褒めた瞳にはきっと、これが合う。
パズルのピースをつまみ上げては、納得いかずに脇に押し退ける。やっと収まるべき位置を見つけたと思っても、許容できないズレを見つけて崩してしまう。
いつまで経っても全体図が見えてこない。せっかく二人で出かけるのに。二人っきりの、好機なのに。
三日月が、嗤った気がした。
ただ場所を寝室からキッチンに変えただけで、礼拝のすることは何も変わらない。ぐるりくるりと思考を回転させながら、時折深くため息を吐く。昼食の後片付けは汚れものを水に浸けただけで済ませてしまった。そんな罪悪感も出口の見えない焦燥感で塗り潰される。
両手で包み込んだマグカップの、温もりを喪った滑らかな感触が時間の流れを突きつけてくる。壁掛け時計を確認する勇気は、今度はなかった。
礼拝は時計から目を逸らした代わりにマグカップを置き、テーブルの下で揃えた自分の脚を見た。計算し尽くされ完璧に創られた武器にして誇り。けれど、今回は役立ちそうにない。
子ロリババアとカピブタ、満腹になった二匹の獣はその礼拝の足元で寄り添って横たわっている。時折、蹄がフローリングを引っ掻くのは、きっと彼らが夢の中で駆け回っているせいなのだろう。
「あっ……」
そんな様子を見て微笑みかけたその時、憂鬱に曇った礼拝の瞳に光が戻った。
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パタパタと忙しなく遠ざかる足音。
おかっぱから突き出した長い耳をピンと立て、子ロリババアは薄目を開けた。そして、寝間着の裾を翻す主人の後ろ姿を認めると、鼻を鳴らして再び目を閉じた。
「――――」
主人が何やら言っている。しかし子ロリババアは子ロリババアであるので何も判らない。ただ、自分がコロナと呼ばれていることだけは辛うじて理解していた。
子ロリババアの四足の間で眠るカピブタも同じだろう。
「キュイー……」
寝ぼけた鳴き声を聞きながら、子ロリババアは再び眠りの中に意識を沈める。
そういえば。
この、自分より小さな毛むくの生き物は主人に何と呼ばれていただろうか。
……ああ、そうだ。確か――……。