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冥夜と朝時の話~雨垂~

登場人物一覧

鵜来巣 冥夜(p3p008218)
無限ライダー2号
鵜来巣 冥夜の関係者
→ イラスト

 昔話をしよう。あるレガシーゼロが雨を厭うきっかけとなる話だ。

 それが最初に認識したのは古い天井と注連縄、そして周りを取り巻く古老たちの厳かな雰囲気だった。シャーマナイトの秘宝種のみで構成された陰陽師の一族『鵜来巣家』。世のため人のため平和を願い魑魅魍魎と戦い続けることを使命とする家である。
 縁起によれば始祖と呼ばれる陰陽師がある輝石の採れる山を命の炎すべてを燃やして祝福した。以降、その山は鵜来巣の聖地となり、そこで採れる輝石、すなわちシャーマナイトをコアとするレガシーゼロが機械の体を得て陰陽師として育成されるようになった。
 コアにはそれぞれ型番が振られ、それとは別にニンゲンとしての名が与えられる。その秘宝種には冥府のごとき夜をも平らげる存在と希望を込めて『冥夜』と名付けられた。鵜来巣冥夜はかくして目覚め、しばらく寝所での絶対安静を命じられた。冥夜のコアが試験用ボディに慣れるまでのしばしの辛抱である。その時になにくれとなく世話を焼いてくれたのが、朝時だった。
「なあ俺はいつまでこうしてなきゃいけないんだ。もう起き上がれるのに」
「しばらくしたら歩行訓練が始まるさ、冥夜。広い草原を自分の足で闊歩するのは気持ちがいいよ」
 そう言って朝時は微笑んでくれた。朝時は冥夜の憧れだった。ボディは『子ども』と呼ばれる冥夜と同じ試験用なのに、『大人』と呼ばれる専用ボディの者たちと共に第一線で戦い、勝利して帰ってくるのだ。その土産話が冥夜の最大の楽しみだった。そしてそんな時朝時は決まって、ぬくもりへひたるように冥夜を抱きしめた。外の風はそんなに冷たいのだろうか。冷めきった朝時のボディがほの温かくなるつど、自分も朝時に何かを返せたようでうれしかった。
 いつか朝時のように。それが冥夜の合言葉になった。やがて朝時の言う通り、すぐに訓練が始まった。歩く、走る、飛ぶ。箸を使う、きれいな字を書く。戦闘の身のこなしから日常生活の些細な行動まですべてが訓練だった。冥夜は消灯時まで夢中になって没頭した。しかし日常生活はすぐにマスターできたものの、戦いとなると勝手が違ってくる。さらに陰陽師としての座学がこれに加わった。学問は難しく、古語で書かれた教科書をまず読解するところから始めなくてはならなかった。そんな時も朝時は優しく手ほどきしてくれた。昔のノートを倉から持ち出し、同じ布団でごろ寝しながら灯りが消されるまで冥夜の質問に答えてくれた。
 秘宝種は食眠不要ではあるが、人々の合間に溶け込む妖を見破るにはまず自分がニンゲンでなくてはならないという理由で『子ども』の間は一般人と同じ生活サイクルを送らされる。朝起きて井戸の水で身を清め、木人相手に突きや蹴りの素振りをくりかえし、朝食をいただいたのち座学に入る。これがまた難しくて同じところを何度も読み返し、かみ砕く。まるで骨付き肉の骨の部分だけを相手にしているようだった。隣に座る朝時はとうに冥夜を越え『大人』用の秘技を学んでいるというのに。だがそんな時こそ冥夜は朝時をまぶしく感じ、いつか自分もと思いを新たにした。
 型番がひとつ違うだけの朝時は、共に鵜来巣を名乗る者であり、冥夜の自慢の兄だった。同じ家を支え、同じ使命を与えられ、同じ夢を分かち合っていると、信じていた。
 午後になると兄は大人たちと共に周囲の巡回に行く。冥夜は屋敷で独り修行に明け暮れる。目標は兄、朝時。道のりは遠い。ほぼ同じ時期に目覚めたというのにこの差は何だと、愕然とすることばかり。そのたびにしゃかりきになって修行へ打ち込む。時に無茶が過ぎて大人たちからボディの点検を受けることもままあった。そういう話をすると兄はいつも少し困った顔で冥夜を抱きしめてくれた。そうされると意地になって強張っていた魂がゆるゆると溶けていく。まるで渇いた土に染みこむ慈雨のように、冥夜には感じられた。だからだろうか。冥夜は雨の日が好きだった。雨が降ると巡回が取りやめになり、朝時が一日中屋敷に居てくれるという点も大きかった。そういう時は道場で手合わせをしてもらったり、雨音を聞きながら兄が朗読してくれる古書の響きに酔いしれるのだった。
「毎日雨だったらいいのに。そしたら毎日兄上と一緒なのに」
 偽らざる本心を口にすると、朝時もくすぐったげに笑った。
「そうだな。毎日雨だったら、俺もオマエといつまでも遊べるのに」
 そして朝時は苦々しげにうそぶいた。
「時々な、考えるんだ。俺は何のために戦っているのだろうと」
「兄上?」
「いいや、なんでもないよ冥夜」
 雨に降りこめられた子ども部屋で、お互いにだけ聞こえるように囁いた。そして朝時はいつものように冥夜を抱きしめた。薄暗い部屋で障子だけが白かった。双六の賽子を振ると、六が出たのを何故か鮮明に覚えている。

 やがてその日はやってきた。
 朝時の成人の儀だ。これまでの子ども用ボディから『大人』と呼ばれる専用機に換装する記念すべき日。だが十分に魔力をたくわえたシャーマナイトをコアに持つレガシーゼロほどこの作業は難航する。心得のない者が触れると発狂してしまうほどにコアは魔力の塊と化している。新しいボディはあくまでこれまでのデータをもとに作成することしかできず、博打な部分があった。『大人』になれば子どもとは比較にならない力を振るうことができる。しかし中には換装に失敗し、砕けてしまう秘宝種もいるのだ。その可能性は万が一、いや億が一ではあったが、冥夜を心配させるには充分すぎた。ただでさえ兄は希代の天才として大人顔負けの働きをしているのだ。それでいてそれを鼻にかけず、手柄を誇ることもない。仁義にあふれた英雄になると誰もが期待する中で、冥夜だけが兄の無事を願った。
「オマエとこうして同じ部屋で寝るのは、今夜で最後になるな」
 儀式が明日に迫った晩、朝時は子ども部屋を見回しつぶやいた。さみしげな響きだった。
「兄上、これを」
 冥夜は自分のおもちゃ箱から白い小箱を取り出した。
「これは?」
「お守りだ。兄上の儀式がうまくいくように」
 朝時が箱を開けると、クチナシの花を模ったブローチが現れた。少ない小遣いをためて自分のために用意してくれたのだと気づくと朝時は胸が熱くなった。
「なぜこの花を?」
「……それが一番きれいだったから」
 拗ねたような言い草は物知らずな自分を恥じているのか。それとも照れているのか。冥夜は赤く染まった頬をぐいとぬぐうと明るく笑った。
「兄上ならきっと大丈夫だ」
「ありがとう、冥夜。大事にするよ」
 それが兄としての最後の思い出になるなどと、朝時自身ですら知りはしなかったのだ。
 翌朝、朝時は古老たちに連れていかれた。まるで捌かれる子羊のようにおとなしく。折悪しく天気は下り坂で、昼過ぎには干していた洗濯物を取り込む羽目になった。こうしている間にも儀式は続いているのだ。今頃朝時のコアは一時的に休眠に入り、まどろんでいることだろう。
(心配いらない。必ず兄上は帰ってくる)
 冥夜は初めて兄のいない一日を過ごした。つまらなく、退屈だった。一時も早く朝時に帰ってきてほしいと冥夜は祈り続けた。
 雑事に精を出し、修行に打ち込んでいると、いつしかあたりは土砂降りになっていた。日はとうに落ちている。いくら儀式に時間がかかると言っても遅すぎる。冥夜のあせりが頂点に達したとき、運命は扉を開いた。
 すさまじい妖気が屋敷に満ちた。奥の小部屋から転がるように大人たちが逃げてくる。
「兄上!?」
 人の流れに逆らい、冥夜は奥へ向かった。儀式の間は血に濡れ、見るも無残な古老たちの死骸が打ち捨てられている。一瞬吐きそうになった冥夜は気力だけで持ちこたえると、床の痕に気づいた。何かを引きずったかのような赤い痕は裏庭へ続いていた。裸足のまま裏庭へ飛び出した冥夜は、そこに見知らぬ人影が立っているのを目の当たりにした。長い黒髪を流れるがままに任せ、雨を受けるようにしなやかな両腕を広げている。滝のような雨がそれの全身の返り血を洗い落としていた。
「あ……」
 冥夜は信じたくなかった。それが兄だなどと。朝時だなどと。長いマフラーに付けられたクチナシのブローチは雨にぬれても白く美しかった。
「あに、うえ……?」
「冥夜」
 低くなってこそいるものの、その声音は兄のものだった。
「気づいたんだよ、俺は。真実に。『陰陽道の力だけでは世の平和に至らない』」
「何があったんだ兄上!」
「かわいい冥夜、俺はね、ずっと真実から目をそらしていたのさ。考えてもみろ、俺たちに宿命づけられたのは無限の闘争だ。ただの命の取り合いだ。そんなことでどうして世界平和がなせる?」
 冥夜は言いよどんだ。頭痛がひどい。原罪の呼び声だと気づいたのは後の話だ。朝時の言葉は麻痺毒のように冥夜の意識へしみとおってくる。まるで体温を奪うこの雨のように。
「そうだ冥夜。ひとつ教えてあげよう。クチナシの花言葉は『喜びを運ぶ』。俺はこれから魔種として俺の持つ力すべてでこの世を理想郷へと変えていこう」
 今なんと言った? 兄が、魔種だと……。打ちのめされた冥夜の腹の底からふつふつと怒りがこみあげてきた。濡れネズミになりながらも、冥夜は逃げずにいた。止められるのは自分だけだと、ちっぽけな勇気を抱いて。
「目を覚ませクソ兄貴!」
 泥を蹴り、みぞおちを狙う。
(冥夜、どんな相手でも弱点は同じだ。体格差は時に有利になるよ)
 そう教えてくれた兄の言葉そのままに。
 だが舞うような動きに翻弄され、冥夜はしたたかに盆の窪を打たれた。
「冥夜、オマエだけは俺の味方だった。見逃してあげよう」
 気配が去っていく。泥まみれになりながら、薄れゆく意識の中、冥夜は懸命にもがいた。

 何もつかめなかったあの日の思い出は、今も冥夜のコア深くに刻まれている。

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