PandoraPartyProject

SS詳細

Gift ~叶えられた願い~

登場人物一覧

社守 虚之香(p3p005203)
たらい屋休業中

●第一のたらい
 社守 虚之香(p3p005203)は洗濯物を詰め込んだたらいを抱えて外に出た。星たちは既に空の向こうへ追いやられ、ひやりと漂う闇の残滓を置き去りに白々夜が明けていく。
「ああ、今日も良く晴れたなぁ」
 刹那。朝陽が東の地平線の向こうから世界を照らした。夜の名残を払拭する眩い光の波。一日の始まりを告げる鐘が辺り一面に鳴り響く。
 鐘の音を追うように風が駆けた。民家の鎧戸を鳴らし、店先の看板を揺らし、草木の朝露を散らし。背中の三つ編みを風に躍らせ、さくり、さくりと草の上を歩きだす。
 敷地の隅にある井戸の傍にたらいを置き、洗濯に必要な道具が揃っていることを確認。手押しポンプに手をかけ――
「――あ」
 たらいがひとつ足りない事に気付いた。首を捻り辺りを見回す。
「えーと、どこに置いたっけ……」
 薪小屋、物干し、裏口。心当たりをぐるりと一周しても探すものはなく。ここら辺にあったらいいのになぁこのくらいの、と理想のたらいを思い描いて井戸の死角を覗き込む。
「――あった」
 そこには脳裏そのままの光景。なんとも言えない違和感を覚えながら、虚之香は洗濯を始めた。

「洗濯干し終了!」
 風に煽られ好き勝手に翻る洗濯物を見渡し、朝一の仕事の完了を声高に宣言した。建物を振り返れば煙突から煙が吐き出されている。同居人が朝食の準備を始めたようだ。出来上がるまでにもうひと仕事、の前に片付けだ。
「あれ?」
 先ほどまで洗濯物を入れていたたらいの姿がなく、台にしていた椅子だけがそこにあった。

●第二のたらい
 次の仕事は入り口周辺の掃き掃除と不審物等のチェック。野生動物の足跡がいくつかある以外に、今朝は特に異常は見られない。
 時々色々なものが落ちている事があり、それらを片付けるのも仕事のうちだ。そうこうしていると、出勤していくおばさま達が通りがかる。
「虚之香ちゃん、おはよう! 今日も早いわね!」
「おはようございます! 今日も一段とお美しいですね」
「やだよ、この子ったら!」
 ご近所さんは大事な常連さん。機嫌を取るのも大事な仕事。そして。
「これね、今夜の分!」
 仕事道具が入っているはずの籠から出てきたのは、採れたて新鮮な野菜。入浴料としてお金以外にもこうして物納が出来る事は、この湯処【たらい屋】の特徴だ。
「ウチのはこれよ」
「ちょ、ちょっと、持ちきれないよ! えっと――」
 次々に差し出され、あっという間に両手がいっぱいになる。何か容れる物、と振り返る。数歩奥、入り口の戸を開ければその向こうに色々あるが、ここらにたらいがあれば――
「おや、ここにあるじゃないか」
 敷地をぐるりと囲む高い塀の終端、門柱の陰にたらいが立て掛けてあった。そこへ置いた覚えはないし、何より手ぶらで出てきたはずだ。
「え、なんでそんなところに?」
 虚之香は訳が分からないといった風情で眉を寄せる。
「昨夜片付け忘れたとかかねぇ」
 おばさまの一人が頬に手を当てて小首を傾けた。カラカラと遠慮がちな戸の開く音に衆目が集まる。
「姐さん、朝食出来たッスが……」
 顔を出したのは春先から住み込みで働いている男性。強面の気難し気な顔と筋骨隆々な巨躯。見た目も腕っぷしもボディガードに相応しい。
「ね、透はあそこのたらい、知ってる?」
「いえ、全部片づけたハズッス」
 何か不審な罠などが仕掛けられていないか確認してから差し出してくれる。抱えていた野菜をたらいに入れ、腑に落ちないと悩む。
「だよねぇ……」
「まあいいじゃないか」
「そうだよ、そろそろ行かないと間に合わなくなるよ」
 おばさま達は口々に言うと街に向かって歩き始めた。ざっと全員を見回し、いつもの顔ぶれに間違いがないと確認する。いつもなら領収のサインをもらうところだが、遅刻しそうなのをこれ以上引き留めるわけにもいかない。
「じゃあ確かにお預かりしたから、後でサインをお願いね! 行ってらっしゃい!」
 遠ざかる後ろ姿に大きく手を振り見送った。

●Gift
「そういえば……」
 朝食を摂りながら、洗濯の際のたらいの話をする。透はなるほど、と首肯する。
「イレギュラーズの方は、何かしら特徴的な不思議な力を持ってると聞いた事があるッス」
「ああ、ギフトねぇ……」
 唸りを上げながら顔をしかめる。やだなぁ、、、、、というオーラ全開で。
「それでその時に『欲しい』とか『出ろ』とか、何かしら思ったとか念じたとかないッスか?」
「うぐっ」
 そういえば願ったかもしれない。意識の片隅で。心当たりを思い出し、言葉に詰まる。先に食べ終えた透が食器を片付け、一人悩む虚之香を背に野菜を収納していく。
「うひぇあっ!?」
 なんとも情けない悲鳴を上げながら尻もちをつく。
「た、たらいが……目の前で消えたッス……」
 これが、虚之香のギフトが発現した日の出来事であり、その日女性の悲鳴が街の外まで響き渡った事は、極一部の界隈で有名な事件である。

  • Gift ~叶えられた願い~完了
  • NM名宮松 標
  • 種別SS
  • 納品日2020年10月28日
  • ・社守 虚之香(p3p005203

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