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あの雨の日のように
登場人物一覧
曇華(たんか)という男と二が初めてであったのはある雨のふる高天京だった。
……などというとドラマチックだが、実際は酒屋と焼鳥屋の間にできたスペースに酒瓶抱えて丸くなっていた所を、ついうっかり発見してしまったというだけである。
「お、なんだ嬢ちゃん。おもしれー腕はえてるな」
寝ぼけた顔で片目をあけてそう語りかける男。
頬にはいった刺青や第三の目からのぞく宝石のような瞳。絵画の中に描かれた流水のような髪。どれをとっても美しいパーツが、なぜにこうまで落ちぶれるものだろうか。
副椀でもって和傘を差していた二は雨の日の捨て子犬を見つけたかのような憐憫からついつい傘を差しだしてしまったが、今に思えば方っておいてもよかったのかもしれない。
いや、あるいはあれで良かったのかも。
「よおニイ、この前の事件は大変だったよな」
茶屋に立ち寄っていた二を見つけ、隣の椅子に座る曇華。
二は彼の横顔をちらりとみてから、再び湯飲みにうつる自分の顔を見下ろした。
「あの、魔種。にい、に、にてた」
目を殺意に見開き、誰彼構わず殺して回る怪物の、顔。
その顔と自分の顔が、いまはどこか重なって見えるようだ。
対して曇華は小首をかしげ、ぱちぱちと瞬きをするばかり。
「そうかあ? まあ、骨っぽいパーツは確かにあったが……嬢ちゃんとはだいぶ違うぜ? まるっきりバケモンだったろう」
「うん」
うつむく二。
曇華はくしゃりと顔をしかめてから、自分の手元にあるみたらし団子セットのうち一本を二へと突き出してやった。
「よくきけニイ。たとえばお前さんが世界を百回滅ぼした大魔王だったとしよう。
それでも俺はこうして団子をくれてやるし、茶も一緒に飲む。それはお前さんに腕がもう一本生えてるからじゃあない。
あの日俺に傘を貸したからだ」
「……どういう、こと?」
いわんとする意味をはかりかねて小首をかしげる二に、曇華は左右非対称に微笑んで見せた。
「ニンゲン、顔じゃないってことだ。お前さんがどういう奴かはよく分かってるつもりだぜ、ニイ」
「うん、ありがと。けど……」
二はすっかりさめたお茶を置いて、そして団子を突き返すように手をかざした。
「にい、もの、たべない」
「あれ、そうだっけ?」
曇華は『忘れてたぁ』といってげらげらと笑った。
それから夜まで、二は曇華と遊んで過ごした。というより、暇そうな曇華が勝手に二のいくところについて行っては余計なことをいったり遊んだりしたというのが正しいか。
夜が更けて街が外の赤提灯を灯すころになれば、曇華は『ちょいと小銭を稼ぎたいんだ。付き合えよ』といって酒場へ二を誘った。
酒も飲まなければ魚も食わぬ二にとって酒場はさしたる魅力の無い場所、におもえたが……。
「わあ」
曇華がダイヤモンドダストのようにきらめく粒子を纏いながら美しく流麗に踊るさまを、二は目に見開いていた。まるでキラキラが瞳の中へ流れ込むように、二の目がきらきらと光っている。
それは二に限ったことではないようで、酒場に集まった男達は曇華が舞い踊るたびに『ほああ』と感嘆の声をもらし女性たちに至ってはきゃいきゃいと黄色い声をあげていた。
黙っていればこんなにも美しいのに。
美しいのに。
のに?
「それで俺が言ってやったんだよ、それは小籠包だろって。だぁっはっはっは! ひー! ほんとウケるよなー!」
面白みゼロの小話を勝手に語ってはテーブルを叩いて爆笑する曇華がいた。
踊りを終えてから一分の出来事である。
そのギャップを目の当たりにした男達は『なるほどいつもの曇華だな』と納得し、声をかけようと駆け寄ってきた女性たちは回れ右をして去った。
向かいのテーブルで食べ物しない焼き鳥のクシをもてあそんでいた二。
曇華はとっくりの中の酒を豪快に飲み干してから、ぐでんと机につっぶすようにして額をつけた。
「なあ、ニイ」
「ん」
「人が死ぬのは悲しいか」
「……そう、かも」
「どうして悲しい。今こうしてる間にも世界のどっかじゃ怪我だの病気だので人は死ぬ。虫や動物もそうだ。その死と何がちがう」
「……わからない」
「……だよな。俺もだ」
むくりと顔を上げる。
その目を、二は知っていた。
あの雨の日、二に向けた目とおなじだ。
「ニイ、お前さんは後悔したくないと思ってる。俺もそうだ。
だから、なあ。手伝ってくれ」
「…………」
沈黙する二。それをイエスの意味ととったのか、曇華はゆっくりと身体を起こす。
「イチと同じようなバケモンが都に集まってきてる。奴らは『羅刹十鬼衆』と名乗って、この国をぶっ壊す気だ。
俺たちなら止められるかもしれない。
いや。そうしたい。その日酒飲んで寝て過ごすなんてことは、できない」
彼の目に。
二は手元のコップを突き出すことで答えた。
「うん。にいも、やる」
あの雨の日のように。