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お手をどうぞ、プリンセス
登場人物一覧
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秋も深まる寒空の下。時刻は午前十一時、少し前。
場所は
諸島が連なる中でも一番大きな中央島、温暖で過ごし易い『観光地』としても知られる場所である。
リッツパークと言う街は和洋折衷、様々な文化の入り乱れた非常に風光明媚な街並み。王立軍港ライオ・デ・ソルを有している事でも有名な首都なのである。
そんな一大観光地で一組の男女が待ち合わせの約束をしている。
事の発端は『精霊の旅人』伏見 行人(p3p000858)によるいつもの揶揄いだった。
「なぁ、揶揄い過ぎて悪かったよ。機嫌治してくれないか?」
ただ、少し違うのはその揶揄い相手である『貴方の為の王子様』ラクロス・サン・アントワーヌ(p3p009067)の機嫌が一向に良くならないと言う事。
いつもならば軽やかに躱すアントワーヌが、今は布団に潜り込み一向に出てくる様子はない……まるで布団籠城だ。
その様子を見た行人は深くため息をついて
「……何か、望みでもあるのかい?」
仕方ないなと言った調子でそう言ってみれば、アントワーヌは布団から少し顔を出してチラリと行人をジッと見てきた。
「……じゃあ、次のデートでエスコートさせてくれたら許すよ」
「エスコート……?」
急な提案に行人は首を傾げて、アントワーヌは不機嫌なまま強気で言葉を続ける。
「そうだよ! エスコート! お、
彼女の言う『お姫様』と言うには、最近自身の様子がおかしい自覚はまるで無いが、彼女はそういう事にしておきたいらしい。
「はぁ……よくわからないけど、それで機嫌が直るなら付き合ってあげようか」
「本当かい!? 絶対私がエスコートするんだからね!?」
まぁ、このぐらいで機嫌が直るなら安いものだ……行人はそう考えながら返事をし、それから二人は意見を出し合いデートプランを完成させた。
──そのデート当日が今日だったのだ。
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「少し早く着いたな……まぁそのうち時間になるだろう」
最初に着いていたのはいつもの旅装束を身に纏う行人の方で、加えて約束の時間二十分前と言う紳士さ。更には今日の予定を確認する余裕すら見受けられた。
この服装も気取らないように、そしてアントワーヌが変に緊張せず安心出来るようにと、敢えて見慣れた物を選んだと言う気遣いまであるらしい。
「……は、早くないかい!!」
その十分後にアントワーヌは到着して。彼女自身も約束の十分前に到着し充分早く着いている言うのに、その表情には悔しさが滲み出ていた。
「そんな事ないさ、それに君も早いじゃないか」
「それは……だって、プリンセスを待たせてはいけない……王子様はいつだって早く来てお姫様を待つべきだろう?」
「ははは、そうなのかい? まぁ、そういう事にしておくよ」
「くっ……余裕だね……っ! けれど今日は私がエスコートする日なんだから、そろそろリードを譲ってもらうよ! ……さ、お手をどうぞ、プリンセス?」
「はいはい、王子様」
このガタイのいい男をお姫様と呼ぶ基準はよくわからないけれど、約束は約束……行人は大人しくアントワーヌにリードを譲り二人のデートは始まった。
──まぁ最も、彼は
「じゃあ、まずは腹ごなしをしようか」
「そうだね、あ! 丁度来る途中でカフェを見つけていたんだ、そこへ行こう! すぐそこなんだ!」
「ああ、いいね、そこにしよう」
合流した二人は早速昼食を取るべくアントワーヌが見つけたと言う近くのカフェへと向かう事にした。
カフェへ着くと行人がさり気なく先んじて入ってそのドアを開けたまま、アントワーヌはそれに気付かぬまま店内へ足を踏み入れると……そこは海洋らしい和洋折衷とした店内は趣を感じつつ、期間限定メニューも取り揃えてあるような流行りそうなカフェだった。
「わりと洒落たカフェだね……いい雰囲気だ」
「そうだね、あ、どうぞ王子様」
「ありがとう……って、それは今日は私の役目だろう!」
「ああ、そうだった、癖でね」
「全く……次は私がリードするんだからね!」
行人に自然とエスコートされそれには気づいたアントワーヌは不機嫌になりつつも座ってしまい、いやいやこれからだ! 切り替えよう! とメニューを開く。
「軽食からデザートまで揃っているね」
「だね……なかなか迷う豊富さだ。まぁデートはこれからだし、これとこれと……この辺りはどうだい?」
「ふむ……それならそれでいこう」
二人はうんうん悩みながらも最終的には行人の提案で軽く注文を決めて、待ってる間に今日のスケジュールを確認する。
「今日は私がエスコートするからね、ちゃんと計画を練ってきたんだ! 大丈夫、君に退屈はさせないさ!」
「わかったわかった。まぁ随分と気合が入ってるようだからね、楽しみにしているよ」
「そうとも! プリンセスにはいつも揶揄われてばかりだからね! 今日こそはどちらが王子様に相応しいか見せつけてやるのさ!」
「……俺はどっちでもいいんだけどね」
ふふん! と自信ありげな様子が逆に可愛らしくなっている事に、アントワーヌはきっと気づいてはいないのだろう。行人はその様子を今日はリードを譲る日だしねと今のところは微笑ましく見るに留めておいた。
そうこうしているうちに二人の元へ注文していた軽食が届く。
「ふむ……どちらも美味しそうだね!」
「あれならシェアでもするかい?」
「それはいい提案だね! ……あ! 私が分けよう!」
アントワーヌは取り皿用の皿を追加で注文し、用意された皿へ各々注文した料理を分けそれぞれの前に置く。それが周りからはどう映っているかどうかは……まぁこの際伏せておこう。
「はい、プリンセス!」
「はいはい、ありがとうありがとう」
「なんだい、リードを取られて悔しいのかい? でもまぁ約束だからね! 今日一日は我慢してもらうよ!」
「ははは、そうだね」
もうそういう事でいいさと微笑ましそうにアントワーヌを見る行人。それから程なくして軽食を食べ終わった二人は店の外へ出た。
「ってあれ? か、会計は!?」
「俺が済ませておいたよ」
「な、何故?!」
「何故って……今回は俺の提案でメニュー決めたし? 俺の我儘に付き合って貰ったしね。あ、これはエスコートとかじゃないよ?」
「ぐ……そうなのかい? じゃ、じゃあ今度は私の我儘に付き合ってもらおう!」
「ふふ、はいはい、わかってるよ」
クスクスと笑う行人を横目にアントワーヌは先導して次の目的にへ向かった。
次の目的地は海洋の貿易商。人と人とが行き交い活気づいている市場だ。
「様々な国のものが揃っているね……!」
「人も活気づいているしね」
人の多さからさり気なく彼女より先導したり、馬車が行き交う道の内側を歩く行人には気づかない様子で、アントワーヌは賑やかに活気づく市場に心踊っているようだった。
「折角だし、土産物はここで買おうか!」
「かな? 色々揃っているみたいだしね」
大きな物は持って帰るのに不向きだし、小物や雑貨といった物が良いんじゃないかなあと二人で悩みつつ、行人はアントワーヌに好きに様々なお店を見て回らせながら、彼女が思い悩む様子を微笑ましく楽しんでいた。
「な、何を笑っているんだい? 揶揄いたくてうずうずでもしているのか?」
「やだなぁ、楽しそうだったから見てただけだよ?」
「本当かい? お、このブレスレットならどうだい? いつでも身につけられそうだろう?」
「ふふ、そうだね、それにしようか」
「よし! じゃあ、会計を済ませてこよう! 待っていてくれ!」
今度こそ奢られまいと慌てて会計を済ませようとするアントワーヌを見て、行人は可笑しそうに微笑む。それはまるで小動物が慌てているのを微笑ましく眺めているようで。
「はい、プリンセス。手を出してくれ」
「ん? 付けてくれるのかい?」
「ふふん、折角だからね!」
ここでまたリードを奪いたいのだろうが、その目論見が手に取るように解ってしまう行人は敢えてそのリードを譲りつつ
「じゃあ俺は君に付けたらいいのかな?」
「なっ、私は……っ」
少しだけ強引に行人は彼女の手首にブレスレットを通した。
「うん、君のセンスはいいね、ありがとう」
「あ、ああ……」
行人が純粋にそう笑顔を見せれば、アントワーヌもそれ以上言える事は無いだろう。
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「最後は俺が行きたい所に付き合ってくれるかい?」
十六時を回ったところ、行人からの提案で二人はとある波止場へ辿り着く。秋のこの時間は人気がはけ始めてきた頃合で、ここには静かな波の音と二人の気配しかない。
「こんな所に来てどうするんだい?」
「こいつに乗って沖へ行くのさ」
アントワーヌに言われて行人が連れ出したのは水の精霊ワッカ。行人はワッカの力を借り、アントワーヌを連れてどんどん沖へと進んでいく。
「はぁ……精霊は凄いね……」
「だろう? さて、と……着いたよ」
「わ……」
そこには沖から見る事によって目いっぱいに飛び込んでくる夕陽だった。
「これが見せたくてね」
「……最後にこれを持ってくるなんて……君は、狡いぞ」
「気に入らなかったかい?」
「……気に入ったがっ!」
それでも複雑で素直になれないのは、彼女の性格故だろうけれど。
そんな彼女を見た行人も行人で、きっと
この後二人はローレット海洋支部で夕食を楽しむ事になるが、それもまた行人のアントワーヌの帰りやすさを垣間見てのチョイスという事で
アントワーヌがエスコートするデートはこれにて無事に閉幕する事になる。
「次こそは……次こそは私が完全にエスコートしてみせる……完璧なデートプランを考えてみせるからな、プリンセス!!」
「はは、楽しみにしているよ、王子様」
アントワーヌの複雑な乙女心を残して。