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またね。

登場人物一覧

マリア・レイシス(p3p006685)
雷光殲姫
マリア・レイシスの関係者
→ イラスト
マリア・レイシスの関係者
→ イラスト

 なぜ、とか。どうして、とか。
 そんな言葉を喉の奥から吐けたのなら楽だったのだろうか?



 剛閃。
 音の壁を突き抜けて、超速の域に到達する影は二つ。
 一つはマリア・レイシス。紅き髪を靡かせて、繰り出す蹴撃三閃。
 只人には最早その動きを目で追う事は叶わぬ。
 が、紅き雷閃の先にいる人物もまた『只人』でなければ――その限りでなし。
「はは――流石だな、マリア」
 三閃いずれもその身穿たず。『其の者』は直撃前に腕を差し込ませて防いだのだ。
 成した者の名はクゥエル・ドラグーン。

 マリアの友であり魔族の中でも『王』級の魔族、リンドヴルムの血族が一角。

 ……これはマリアが混沌へと至る前の記憶。異なる世界で紡がれた一幕の想起。
 彼女はかつて専守防衛国家ガイアズユニオンを守護せし最強の特殊部隊『十二の神盾』(イージス)の一人であった。この日紡がれた物語は『十二の神盾』と魔族の間で行われし決闘。
 それを送闘試合と呼んだ。
 ……両名の間に怒りや恨みがある故の戦いではない。
 やむなきが故の戦いと言えよう――事の発端はクゥエルにあるのだから。
「勝てよ、負けたら承知しねぇぞ」
 遠く。マリア達の死闘を眺める一人は『十二の神盾』が同僚、ヴォルフガングだ。
 マリアの幼馴染でもある彼は決闘の立会人でもある。そう……
 クゥエルの『殺戮衝動』の限界点が近いが故に行われた、この送闘試合の。
 腕を組み戦いを眺めるヴォルフガングの指先に、自身も気付かぬ内に力が込められていた。平時であればマリアの事など――しかし。送り出す直前に視たあの『顔』の色は、見ていられなかった。

 ――ありがとうヴォルフ。行ってくる。

 激励代わりに背を叩いた時、何かが崩れそうな――あれは。
「ふッ……!」
 短い呼吸。マリアの撃は終わらない。
 蹴撃、殴打、連撃、掌底、膝打ち、肘撃、乱れ打ち――
 矢継ぎ早に繰り出されるは己が全て、己が全力。クゥエルはこの程度では終わるまい。
「どうした――まだだ。それでは私には届かんぞッ!」
 クゥエルの周囲にて闘志が収束している――渦を巻くように。世界を捻じ曲げる様に。
 ……魔族には、知性を有する者に対する殺戮衝動がある。一定期間衝動を満たさなければ『修羅堕ち』と呼ばれる不可逆な状態になってしまう――只の化物に成り下がってしまう、魔族にとって最も忌避するべきモノ。
 クゥエルは正にその途上にあった。
 元々クゥエルは千年近くは殺戮を繰り広げていた。魔族として蹂躙し、他を捻じ伏せ、強大な存在が強大であるままに振舞っていた。
 ――しかしやがて彼女の魂は疲弊した。
 奪う度に何かが零れたのだ。壊す度に何かが欠けていったのだ。
 ……人生に疲れ果てた魔族であり、人の命を奪うことが出来なくなった魔族でもある。しかし、悲しいかな。だからこそ彼女は発散できぬ衝動が積もり積もって修羅に堕つる何歩か前。故の送闘試合なのだ――
「――クゥエル。よく、長い間仕えてくれた」
 同時、別地点。
 人の側に立会人がいれば魔族の側にもいる――それがヴェルフェリア・リンドヴルム。
 魔族を率いる血主の一人でもある。つまりクゥエルにとっての『上』だ。
 彼女すら遂に願ってしまった、終わりの時を。

 ――ありがとうございますヴェルフェリア様。貴女に仕えられたこと、幸運でした……

「貴公に、感謝を」
 主として思うは――ただただあの者に穏やかなる終わりを、と。
 大気が鳴き、動物が怯え、天地が慄く一戦。
「死ぬなよ、マリア。お前が死んだら私は悲しい」
 クゥエルの慈愛に満ちた一声と表情。
 ――直後に紡がれしは膨大なる殺意。
 クゥエルが拳に圧を込める――何もかもを呑み込まんとする様な、その圧を。
 落とせば破裂した。
 飛翔する衝撃波は地を砕き、周囲一帯を粉砕して――まるで隕石が落ちたかの如く。
「くッ……」
「逃さん!」
 同時、マリアは空を駆けていた。あまりの撃に空へと巻き上げられた岩を足場に飛び跳ねて。
 しかしクゥエルは見逃さない。
 邪魔な大岩を只の一踏みで蹴り砕けば、超速度の果てにマリアの胸倉をつかみ上げる。逆の手に込められている膂力は、全開となれば万物を灰燼にすら帰する剛打。
「そうはいかない、ね!」
 だからマリアは掴み上げられている所を起点に全身を回した。狙いはクゥエルの肘。足を跳ね上げ、回し蹴りをするような形で――肘に外側から直撃させる。
 さればあり得べからざる方向へとねじ曲がるものだ。五指の拘束が解かれ、直後――放たれたクゥエルの拳は先程までマリアがいた所を穿つ。僅かでも遅れればマリアの胸部は吹き飛び、心の臓を彼方へと抉り飛ばしていただろう。
 紙一重――いやはやこれぞ正に神の一重。
 他では成せぬ。塵芥程度では到達しえぬ至高の一戦。
「ふ、は。ははは。そうだ、やはり、マリア。お前でなければ」
 いけないのだと。クゥエルは肘を、鈍い音を響かせながら――強引に嵌め直して。
 ……ああ駄目なのかやはり、どうしても。
 その顔に張り付いている笑みは楽しんでいる。殺戮の欲を、闘争を。やはりやはり。

 ――本当にもう、駄目かい?

 戦いの前に問いかけた一言。『分かり』ながら、それでも問うた事。

 ――あぁ……駄目だ。長くとも10日はもたないだろうね

 やはり真実なのか。人を殺したくないと言っていた君が、どんどん失われていく。
 友よ。
 長く……永くこの世に在り続けたリンドヴルムの誇り高き友よ。
「……うん」
 ――終わらせよう。
 君が私の知る君である内に。君が私を『指名』してくれたのだから。

 君を終わらせるのは、私だけなんだ。

「――」
 五指に含んだ力がかつてないほどに力強くマリアに宿っている。
 強く、強く拳を握りしめ。その瞳には炎の意思を宿し――駆けた。
「ぉ、ぉ、おッ!」
 クゥエルが腕を振るうだけで大気を薙ぐ。それでも止まる理由には程遠い。
 足を止めるな前へ往け。死線を潜って勝利を掴め。

『――強くなれ』
「……ッ!!」

 耳元で囁かれた様な幻聴を振り切って、マリアは唯々足に力を。
 後ろを振り向いて放行けない。後ろを向いても何もないのだから。
「――ぁぁああああッ!!」
 吠える。身を風の様に。身を神速へ至る様に。
 誰が彼女らの戦いについていけようか。音の壁如きに愛される程、腑抜けてはいない。
 私はもっと『強く』なくてはならないのだから……
 一歩、二歩。クゥエルの脅威たる防衛圏の中を突き進んで往く。
 迂闊を見せれば首が飛ぶ。クゥエル・ドラグーン――強い。
 だけど。
「クゥエル――ゥッ!!」
 負けられないんだ。友の、前では!
 大きく踏み込んだ。待ち構えていたかのようにクゥエルの拳が真正面より飛来。
 ナックルパートだ。ヴェルフェリア仕込みの大振り――直撃すれば顎から先が消し飛ぼう。
 それでも、往く。
 往くんだ。怖れば勝てない。怖じけば死ぬ。
 ……時が止まる様な感覚を得た。全てが停滞し、スローモーションの様に。
 クゥエルの拳を躱せるか否か。死線を超えるか超えないか。
 そんな狭間で――しかし思ったのは唯々過去。
 かつての日々に想いを馳せて、後ろを振り返る事が出来たのならば。
 クゥエルと過ごした日々を。友と呼び合ったあの日々を。
 もしもの夢の先に行けたのならば――
「でも、仕方ないね……」
 クゥエルの一閃が頬を掠める。抉り飛ばされるような圧を、しかし。
 無視して進む――拳に対するは拳によって。
 捻じ込んだ。
 地を踏み砕かんばかりの一撃はクゥエル胸元に一直線。
 肋骨を砕き、その下にある心の臓を狙い穿ちて。
「――か、はッ」
 その鼓動を、剥奪した。
 血飛沫が舞う。地を染め――それでも。
「嫌な、役を押し付けてすまないな……」
 クゥエルに無念や後悔の感情などさらさらありはしない。
 むしろようやく終われると……解放感に満ちていて。
「私を指名していなかったら…ここに猛抗議に来ていたところさ。この役目は誰にも譲らない。君を終わらせるのは、私だけだ」
「そうか……でも、きっと私は地獄へ行く……そうしたらもう会えないな……」
 喉に絡む血糊がクゥエルの言を妨げて、力なく倒れる身は――マリアに覆いかぶさる様に。
 遥か過去に多くを殺した。多くを屠った。その過去を付いて回る……だから。
「ふふ。私が何人殺したと……何人の友を送ったと思っているんだい? 君が地獄に行くなら、きっと私も同じところへ行くさ……だからね……さよならは言わない」
 マリアはそんなクゥエルを抱きしめる様に受け止めて。

「またね……クゥエル……おやすみなさい……」


 その腕の中で、彼女を送った。
 腕の中から何かが失われていくのが分かる。幾度も味わった別離の感覚が、またここでも。
 ――友は満足そうな表情であった。全霊を尽くした果てだ。きっと、清々しく逝っただろう。
「……でも、だめだなぁ」
 それでもダメだった。
 目の奥に籠った熱が、止まらないや。

「姉さん……お姉ちゃん……私、やっぱりお姉ちゃんみたいにはなれないよ……」

 なぜ、とか。どうして、とか。
 そんな言葉を喉の奥から吐けたのなら楽だったのだろうか?
 後ろを振り向いたら楽に成れるだろうか。
 お姉ちゃん――お姉ちゃん――

『――強くなれ』

 耳元で囁かれたあの言葉が鼓膜にこびり付いて離れない。
 きっと明日もそうだ。
 ――どうか雨よ降ってくれ。

 今だけはどうか、どうか――全てを流させて。



 ……マリアとクゥエルの送闘試合は此処に終わった。
 互いの総てを正しく使い果たした試合だったと立会人は見届けて。
 ――この丁度一年後、マリアは混沌の世へと導かれる事と成る。

 そこで、会ったのだ。やることなすことめちゃくちゃで、しかし翡翠のような美しい瞳をした――底抜けに明るい、太陽のような司祭に。
 しかしそれはまた別の話。
 彼女の心が救われた話は――また、いつか。

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