PandoraPartyProject

SS詳細

勝つまで負けない

登場人物一覧

溝隠 瑠璃(p3p009137)
ラド・バウD級闘士
溝隠 瑠璃の関係者
→ イラスト

●いつものこと
「それで、この前の体育の授業で……」
 喫茶ローレット。
 学園の様子を語る瑠璃を、エミリアはほっとしたような、新鮮なような、そんな気持ちで眺めていた。
 瑠璃は《勝利》のためともなれば、ちょっとぶっ飛んだところがある。
 希望ヶ浜学園に通うと聞いたときには、果たして学園生活を送れるのかどうか心配していたのだが……オレンジジュースを飲みながら、a-Phoneを操作する瑠璃は、どこからどう見ても普通の女子生徒。希望ヶ浜の日常そのものだった。
「でっ、僕、ソフトボールで”出しゃばらないで”って言われたんだ! 先輩にグローブを投げつけられて、お返しに、バッドを折れるように細工して」
 思わず飲んでいた紅茶を吹き出しそうになる。
「あれ? どうかした?」
「そうではなく……いえ、相手も悪かったんでしょうけれど、やりすぎはよくありませんよ!」
「ちゃんとバレないようにやったよ!」
「はあ。それで、勝ちましたよね? 当然」
 そこじゃないと頭を抱えつつも、つい勝敗を聞いてしまうのは鉄帝人としての性か。
「勿論。あ、それ以来は仲直りというか、なんとかなったから大丈夫だよ。っと、エミリア、ほっぺにクリームついてる」
「え? あ、本当ですね」
「もうちょっと右」
 瑠璃の手が伸びてきて、エミリアの頬を撫でた。ごく自然な動作で。
 睫が長い、なんて感想を抱いて、エミリアははっとする。
「瑠璃っ……! い、いけませんよ」
 どうしてか、時折こうも色っぽい。エミリアは思わず目をつむった。エミリアはクリームを指ですくい取って、ぺろりと舐めた。
 肩すかしを食らったような気持ちで、エミリアはまじまじと瑠璃を見た。
「あれ、キスされると思った?」
「ば、馬鹿っ!」
 いや、クリームを舐めるのも大概じゃないか? だんだんと麻痺してきている気がする。
「まあ、エミリアとはキスしたことあるね」
「……あ、あああああああれは、ノーカン! ノーカンです!」
 エミリアは顔を真っ赤にして叫んだ。
 客が一斉にこちらに注目する。慌てて弁解をするエミリアだった。

●出会い
 甘酸っぱいキス(?)の思い出は、二人の過去へとさかのぼる。
 スカーレット家の12代当主ジェルド……つまり、エミリアの父は、身体が弱く、剣を握ることは不得手な鉄帝の貴族だった。
 戦いにおいて、秀でているわけではないこと。
 それはこの、ある意味で力こそ全ての鉄帝において、侮られることを意味した。
「エミリア様は見事な武術の腕をお持ちですな。早々に父君を超えられ、お父上も誉れ高いことでしょう」
(嫌味を……)
 褒めるようでいてちくりととげを刺すような貴族の応酬。
 言い返そうとするエミリアを父は止めた。
 親しい者が真価を分かってくれていればいいと。武力によらない、別の戦い方もあるのだと。
 ジェルドはエミリアが母の武芸の才を受け継いだことを心から喜び、どこか自嘲したように自分に似ずによかったと言った。
 だが、エミリアは納得できなかった。
 エミリアは父の期待を一身に背負い、また、強く成長していった。同年代ならば、いや、もう少し上でもかなうものはいない。
 そんな折であった。ジェルドは溝隠みぞかくし一家を連れてきた。表向きは諜報員の一家。そして、裏の顔は……。「別の戦い方」を体現するかのような者たち。
 父親は動くときに足音の一つも立てず、母親は、同じ女性でもドキリとするほどに美しかった。
 前に出るように促された小さな子供。
「今日から、よろしくお願いします」
 瑠璃を一目見て、エミリアは思った。
 可愛い。
 この世には、こんなにかわいらしい生き物がいて良いのだろうか。ほっぺがぷにぷにで、まだあどけなさを残している。
 守ってやりたい。「よろしくお願いします」と言って、きちんとした挨拶ができたことにほっとしたのか笑顔になる。場が場でなかったら抱きしめてしまいたかった。
「ぼく、いつかラド・バウのS級闘士になるんだ」
 ああ、なんてかわいらしい夢だろうか。
「なれると思う?」
「ふふ、もちろんです」
「ほんと? じゃあ、たくさん手合わせしてくれる?」
「ええ、私に出来ることならば」
 ねだられて3本の勝負をした。
 1度目は順当にエミリアが勝利した。
「今日はこのくらいにしておきましょうか」
「ううん、もう一回やろ? ね、お願い」
 悔しそうに言う瑠璃の勢いに押し負けて次の勝負を受けた。
 2度目は……ひやりとした。途中までは同じ展開と思われたが、瑠璃はフェイントをかけてきた。力でなんとか押し切ったが、あれは、もしも少しタイミングが違えば負かされていたかも知れない。
 3度目ともなると……負けるかとも思った。
 エミリアは大人げなく本気を出すと決めた。
 なんとか競り勝ち、年上の尊厳を見せられた。瑠璃は本当に悔しそうである。
 しかし、なんという吸収力だろうか。このたった2回の間に成長している。
「素晴らしいお手並みでした」
「……でも、負けちゃった」
「良い勝負でしたよ。私もいつか負かされる日も近いかもしれません。負けないように、私も鍛錬しなくてはなりませんね」
「エミリア、また闘ってくれる?」
「ええ、いつでもどうぞ」
「ほんと!? ありがとう」
 きらりと光る目の真意に、もしも気がついていれば。

●家出少女
「どうしたんです?」
「……」
 ある日の夜更けごろ、不意に、スカーレット邸のもとに瑠璃がやってきた。どうやら単独で忍び込んだようで、使用人はなぜかぐったりと伸びていた。が、それが瑠璃の仕業だとは夢にも思うまい。
「ご両親は……。もしかして、家出ですか!?」
 瑠璃はこくりと頷く。目は真っ赤だ。
「あのね、ぼくはゆうめいになっちゃいけないんだって。S級闘士になれないっていうの」
「そんな……そんなことないです。きっとなれますよ」
 エミリアは瑠璃をぎゅうと抱きしめた。
(たとえ、スカーレット家に仕えるからといって、ラド・バウで戦っていけないということはありません。頭ごなしに否定するなんて……)
 実際のところのお叱り内容は暗殺者が有名になってどうする、というものであった。
「お母さんも、嫌いな勉強しろって言ってくる」
「誰にでも苦手教科はありますよね」
 夢魔である母親の言う勉強が房中術だと知ったら卒倒しそうだ。
「だから、薬を盛って逃げてきた」
「え?」
「強力な痺れ薬だよ。味でバレなくって、ちゃんと効く量になるように、一生懸命計算したの」
 なんか不穏な単語が聞こえたけれど、気のせいに違いない。うん。だって瑠璃はこんなに可愛いのだし……。
「お父様には内緒ですよ」
「ありがとう」
 にっこり笑う瑠璃。
「とりあえず、晩ご飯は食べたんですね? 一緒に、お風呂にでも入りましょうか」

 それにしても、滞在の間に「何か必要なものはあるか」と聞いたら、即答で「手合わせ!」と、きたものである。戦闘狂は筋金入りだ。なんとか勝てはしたが、次はどうだろうか。
 身体を流し合って、湯船につかる。いろいろな話をした。好きな教科とか、嫌いな教科とか。エミリアも父のことを尊敬していることを話した。瑠璃も両親が嫌いではない。
「仲直りしなくてはなりませんね」
「できるかな」
「できますよ」
 背中を向ける、そのときだった。
 ざばん。
「っ……!?」
 エミリアの視界が反転し、ごぼごぼと口から泡が溢れた。
 一瞬遅れて気がついた。思い切り湯に沈められているのだ!
(そんな、馬鹿な……)
 ここは浴場だ。武器はない。体格ならばエミリアの方が勝るはずだが、姿勢が悪い。
 呼吸をしようと息を吸い込んでも、喉の奥から気泡が漏れるだけだ。
「……っ」
 ここで、死ぬのか。
(どう、して……?)
 仲良くなれたのではなかったのか。
 そう思っていたのはエミリアだけだったのか。
 エミリアは瑠璃を見た。瑠璃は……怒っている風ではない。
 憎しみがあるようにも見えない。
 そして、楽しそうでもなかった。
 深い深い水の底のような、暗い目をしていた。

「かはっ」
 気がつけば、エミリアは胸を圧迫されて水を吐いていた。
 先ほど手をかけてきた、瑠璃その人に。
「げ、げほっ、げほっ」
「大丈夫?」
「こ、殺すつもりだったのでは・・・・・・」
「え? なんで? エミリアは好きだよ」
「は!?」
「勝ったから、それでいい。殺そうなんて思ってないよ?」
 理解しがたい生き物だった。抵抗するにはどうにも身体に力が入らない。
 瑠璃はエミリアの鼻をつまみ、ためらいもなく顔が近づいてくる。
 ぼんやりしていた頭が、人工呼吸されていたのだ、と気がついた。
(私の、ファーストキス!?)
 それがファーストキスだったとは、カウントはしたくはないものだが。

 そのときに気がついてしまった。
 その少女は残酷で、勝つためには手段を選ばなくって……。
 それと同時に、とても純粋で、エミリアのことを大切に思っているのだ。

●ノーカウント
「あれは人工呼吸ですし。その、あの頃は子どもだったじゃないですか。ですから、あれはキスのうちには入りません!」
 あわあわと弁解するエミリア。瑠璃は平然と「そう?」と蠱惑的に微笑んだ。こういうときだけ、まるで年上みたいだ。
「でもね、今でもやるよ。エミリアは特別だから。どんな手を使っても勝つし、助けるけど?」
「そういうと思ってましたけど! 思ってましたけどね?」
 手段。そう、キスも手段のうちか。
 他意は無いんだろう。だとすると、ちょっと意識している自分が馬鹿みたいではないか。
「はあ……もう、仕方ないですね?」
 この暴走少女を止めるためには、強くあらねばならないとエミリアは思った。この複雑な幼馴染みのことを理解できる人間は少ないのだ。

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