PandoraPartyProject

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ある日、ローレットにて――ある兄妹の穏やかな日々を。

登場人物一覧

日向 葵(p3p000366)
紅眼のエースストライカー
日向 葵の関係者
→ イラスト


 なんてことの無い、平凡な一日。
 『紅眼のエースストライカー』日向 葵(p3p000366)はグラスに入ったジュースを飲みながら、雑踏をぼんやりと見ていた。
 ちょうど任務もない。多少暇に思えもするが、完全な休日を謳歌していた。
 昼前だからか、ローレットには人も少ないが、飲食スペースには相応の数の人々がいた。
 葵はそこで一人の少女と向かい合って座っている。
「あおにぃー、あおにぃー。聞いてるっすー?」
 ぼんやりとしていた葵はそんな声を聴いて我に返ると、視線を声のした方に向ける。
 右前髪の一部に入ったメッシュと、オレンジがかった金髪――そしてなによりも、傍から見たら不安になりそうなぐらいべっとりと目の下にこびりついた隈が特徴的な少女。
 少女――陽は見るからに体調不良のど真ん中といった様子だが、それでもこれが彼女のデフォルトであった。
 気を許した様子で机にだらけながら、陽は何を隠そう葵の実の妹である。
 そんな彼女が、面白そうに見ていた書類は、葵が少し前に出かけた依頼の報告書だ。
 元々座学やデスクワークの方が得意な陽は、普段は山ほどいるイレギュラーズや、彼らに依頼してくる人々を相手に資料を纏め、分別し、兄を含むフィールドワークな者達のサポートをしているのだ。
 そうやって働きながら、時折こうしてイレギュラーズの活躍を眺めて楽しんでいる。
 ある種、小説を読んでいるような物というべきか。
 なるほど確かに、ある時は大悪党と殴り合い、ある時はパンツな風邪に吹き荒れ、ある時は不倶戴天の化け物たちと渡り合う。
 そんなイレギュラーズの活躍は――イレギュラーズ個々の豊かな個性も含めて、あまりにも興味深い。
「どうした?」
「アタシもいちイレギュラーズとして戦ってみたい」
 聞いてみつつ、返ってきた言葉に、葵は思わず飲んでいたジュースを咽そうになった。
 葵は旅人(ウォーカー)だ。
 この混沌(せかい)が救世主(イレギュラー)として呼び寄せた異世界の住人。
 そして、葵がそうである以上、当たり前だが同じ世界、同じ場所で生まれ育った妹――陽もまた、イレギュラーズということになる。
「みんなが戦ってる場面を想像したら、アタシも戦ってみたくなったっすー」
 病弱、不眠症、低血圧と宜しくないバッドステータスを保有する陽は、戦闘にはあまり向かない。
 けれど、すぐそこに小説の世界があるのなら、ほんの少しぐらい興味が湧くのもおかしくない――のかもしれない。
 幸いというべきか、この世界に来た時点で、大なり小なり能力を再設定されている。
 ある意味では、さっくりがっつり即死ということにもならないだろう。
「あおにぃ、今日オフなんでしょー?」
 そんなことを言う陽も、若干だらけているように見えるのは、オフだからだろう。
「はぁ……仕方ねぇなぁ」
 寝不足からかややハイライト薄目な瞳を輝かせる妹のお願いに、お兄ちゃんは肩をすくめて立ち上がる。
「いいの!」
 ガタリと立ち上がった妹を連れて、葵はローレットの訓練場へ向けて足を向けた。
 兄妹は歩きながら雑談を交わしつつ、扉の外へ消えていく。


 昼時だからか、訓練場には人が少なかった。
 来るついでに、終わった後のためのタオルやら飲み物やらを用意して、訓練場の日陰になる場所へ置いた後、二人は中央付近へと出てきていた。
「手加減はいらない。どこからでも掛かってきな」
 武器を使うことなく、葵は軽く腕を広げるようにして妹に向かい合う。
「じゃあ、行くよ」
 訓練用にとりあえず持ってきたメイスを若干重たそうに持つ陽は宣言すると兄に向かって行く。
 神秘系の魔術や呪術式を飛ばす陽の技に、葵はひたすら躱すか真っ向から防ぐのみ。
 そこには戦闘特有の猛々しさも荒々しさもなく――どちらかというとじゃれあいの陽でさえあった。
 吹っ飛んできた魔力の術式を蹴り飛ばしてどこかへと吹っ飛ばし、浮かび上がった術式を敢えて受ける。
 葵はこれでもイレギュラーズとしては実力者の方だ。
 妹との他愛ない遊戯で受ける攻めは、さほどのことではない。
 ただ、こちらからは手を出さない。
 妹に手を出すお兄ちゃんなんて、そんなのはあまりにもよろしくない。
 それに、陽はなんというか、自前の武器――魔力で出来上がったいつものボールで反撃しようものなら、一撃でスッとんで行ってしまいそうで怖い。
 遠距離からの砲撃を止めた陽は、今度は近づいてきて、重そうなメイスを振り上げて、葵にぶつけてくる。
 ひどくゆっくりとしたメイスの振り下ろし。それを受けても、正直あまりいたくない。
 葵はタックルを仕掛けてきた子供を軽く押し返す父親のように、そっと陽と間合いを取った。

 さて、どれくらい経っただろうか。
 ずっと向かってきた陽は、いつのまにかぶっ倒れそうになっていた。
 ――いや、少しばかり訂正しよう。たった今、ぶっ倒れた。
 近づいてみれば、呼吸こそ荒いものの、それは疲労によるもの。やがて落ち着いて、すやすやと寝息を立てはじめた。
 葵は事前にお願いしておいた濡れタオルで首と額を冷やしてやりつつ、そっと寝ころばせてやった。
 眠りこける妹の頭を優しくなでながら、時折他のイレギュラーズが始めた訓練を見つめながら暇をつぶしていく。

「んん――ハッ! アタシ寝てた!」
 それからややあって、陽が目を覚ます。
「おはよう」
「やっぱダメだったかー」
 疲労の影を見せぬ兄の様子を見て、陽はそう言葉に出した。
「まぁ、今回は攻撃しなかったけど、実際の戦闘は相手も容赦なく襲ってくるぞ」
 向こうの世界に居た頃に比べれば、多少はマシになったように想えるが、陽は今日も今日とて足をふらつかせていた。
 実際の戦場に立ってバランスを崩してしまえば致命的だ。
 きっと、誰もかもが陽の事を一番に落としに来る。
 弱いやつ――弱そうなやつから倒すのは、戦闘での鉄則の一つだ。
「やっぱ陽はローレットでゆっくり過ごしてる方が合ってるって。
 まぁ、気が向いたらまた相手になるさ」
「うん……アタシも、やっぱそっちの方が合ってると思う。
 みんな、凄いんだね 勿論にぃにもだよ」 
 差し出された飲み物に口を付けながら陽がそう言った。
「気が向いたらまたあそんでね」
「おう」
「あおにぃ、そういえば最近、近くで美味しいパン屋ができたって知ってる?」
「そうなのか?」
「この前依頼でそのお店の一日アルバイトが募集されてたよ」
 飲み物を飲んで一息を入れたところで、陽が笑う。
 丁度そこで、ぎゅるると腹が鳴る音がした。
 そういえば、昼ご飯を食べてない。
 ちょっとした運動もして、腹の減り具合は上々だ。
「じゃあ、昼はそのパン屋に行くか」
 なんてこともない、平凡極まる平和な一日。
 ともすれば退屈になりかねぬ一日。
 けれど、退屈な日常なのであれば、もういっそのこと退屈じゃ無くせばいい。
 妹とののんびりとした平和な日は、そう思わせてくれるだろう。


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