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愛ゆえに司書は銃をとる

登場人物一覧

ンクルス・クー(p3p007660)
山吹の孫娘
ンクルス・クーの関係者
→ イラスト


 司書とひと口に言っても、その仕事は多岐に渡る。

「本当にすみませんでしたぁッ!」

 この日の朝、境界図書館の司書であるトラクス・シーが最初にやった仕事といえば、土下座をかます境界案内人を起こしてやる事だった。

「貸出期限の過ぎた本はちゃんと手続きをしろと、あれほど言っただろう」
「いやぁ……すっかり返した気で居て、自分の部屋に置きっぱなしにしちゃってて」
「どこかの世界には『仏の顔は三度まで』という言葉があるらしいが、『AIM』の顔はどうだと思う?」

 キュイイ、とトラクスの上を浮遊していた『AIM』がレンズを絞ると、叱られていた神郷蒼矢が青ざめる。

「悪かったって! お詫びに何でもするから!」
「……何でも?」

 何か考えるような素振りで視線を逸らすトラクス。脳裏に浮かんだのは、ほわほわと笑うンクルスの姿だ。
 彼女が特異運命座標となって随分と日が経った。受けている定期報告の中では成長の兆しが見えるが、実際にどの程度の実力をつけたか、未だ不明な部分も多い。

「少し、試したい事がある。そのためには貴様の力が必要だ」


「それで……お話って何かな?」
『鋼のシスター』ンクルス・クー(p3p007660)は祈るように手を組んで、ほわと柔らかい笑みを浮かべた。
 トラクスの呼び出しは珍しくないが、いつもであれば「メンテナンスをしたい」とか「報告書で把握しづらい点がある」なんて、何かと理由を話してくれるものだ。それが無かったものだから、特別な事情でもあるのかと笑顔の裏に不安が滲む。

「心細いか、ンクルス」
「? 私はいつも通りだよ、トラクス」
「”いつも通り”……そのままでは困る」

 ざわ、と仄かな殺気を感じ取り、ンクルスはその場から大きく跳躍した。間髪入れず、彼女が元居た場所に撃ち込まれるミサイル。着弾と共に爆音を上げ、煙が盛大に巻き上がる。

(どうして?! トラクスがこんな事――)

 ふとンクルスが着弾した場所へ目をやると、そこに破壊された形跡はなく、傷ひとつ付いていない。よく見れば床や天井、本棚に至るまで――あらゆる図書館の物が薄緑の膜のような物に覆われていた。

「あっぶなぁ! 始めるならそう言ってよ。展開が遅かったら本棚がいくつかフッ飛んでたぞ!」
「それでも守り切れただろう? 実害が出なければ何ら問題はない」

 両手で結界を外から維持する蒼矢の愚痴に、トラクスは淡々と答えた。神郷蒼矢――事務処理もまともに出来ない彼が境界案内人をクビにならない理由は魔術の才にある。戦闘ご法度の境界図書館で争いが起こった時のため、マニュアルとして叩き込まれる防御結界。その展開力の高さと範囲の広さは、案内人の中でも指折りの実力なのだ。

「蒼矢さんまで、どうして!?」
「人払いは済ませておいた。戦うんだンクルス! 君は、彼女に証明しなきゃいけない――特異運命座標として歩んだ道での、成長を!」

 ピピピ、と電子音が辺りに響く。トラクスの眼鏡のレンズに光が走り、展開されたレーダーは弾幕に隠れたンクルスの姿を鮮明に捉えた。間髪入れず射出される追撃。逃れようと駆け出しても、反応が一歩遅かった。

「きゃああぁっ!!」

 爆風の衝撃を受け、床を転がるンクルス。膝を震わせゆっくりと立ち上がる彼女へ、再びランチャーの銃口が向けられる。

「どうした。これがンクルスの実力か?」
「トラクス、もしかして……私、試されてるの?」

 特異運命座標としてンクルスが選ばれたあの日、空中庭園から境界図書館に戻って来た彼女を、トラクスはをして迎えた。

「選ばれたのなら、良い機会だ。更なる成長のために、新たな勤めに励むといい」

(――そうだ。私、あの時……)

 せっかく一緒に境界図書館を守る存在が出来たのに。
 残念に思う気持ちを振り切って、トラクスはンクルスを送り出してくれた。だから心に誓ったのだ。いろんな経験をして、いろんな力を得て――トラクスが安心できるように、もっともっと強くなろうって!

「そうだ。"いつも通り"のその先へ……踏み越えなきゃ!!」
「いい目をするようになったな。だが、それだけでは――!」

 放たれる凶悪な一打。トラクスの射撃は精確だ。レーダーが的を捉える限り、視界がどれほど煙にのまれようと寸分たがわず標的を捉える。
 無慈悲に放たれた一撃は――しかし。

「結界が張られたと理解した瞬間、本棚を盾にするとは。……いい判断だが、いつまでも隠れていては終わらないぞ」

 威嚇するように、一発、二発。本棚の周囲に着弾させ、トラクスは炙り出しを試みる。
 ンクルスとトラクスの戦闘力は、今まで天と地の差があった。模擬戦をすればンクルスは慌てるばかりで、トラクスに触れる事すら叶わず気絶するのだ。トラクスが高機動と高火力を生かして魔砲で引き打ちする高機動砲撃戦闘機であるのに対し、ンクルスはまず相手を掴んでコンボを入れる近接特化。戦うには、あまりにも相性が悪すぎる。

「特異運命座標として過ごした日々が無駄だったのなら、境界図書館に戻って来てもらおう!」

 グォン! と高機動ブースターが火を噴いて、トラクスが素早く本棚の側面へ回り込む。これでトドメだとばかりに、再び長砲身ハイブリットランチャー『ダブルバレル・セラフ』を構えて吼えた彼女は――はっ、と目の前に浮遊する、ンクルスの服を纏った熱源に目を見開いた。それは囮人形デコイに他ならず――。

「無駄じゃないよ、トラクス」

 硝煙の中からンクルスが勢いよく飛び上がる。ランチャーを持つ手とは別の方、死角となる背面から襲い掛かり、伸ばされる掌。

「私の……私達の歩みを、無駄だなんて……言わせないっ!!」


「――で、その先輩秘宝種に勝った事がないと」

 練達の狂ったエンジニアが集うスクラップ街。そこに店を構える酔いどれ女店主は、くわえ煙草を上下に揺らしつつ器用に言葉を返した。

「うん。いつも加減しないで本気で戦ってくれるのは嬉しいんだけど、期待してもらってるのに、ずっとやられっぱなしじゃ嫌だなって……」
「つまり、そいつのためにも強くなりたいって事だな。因みにンクルス、敵が真正面から撃ってきたらどう対応する?」
「正々堂々、真っすぐに迎え撃つ! かなぁ……はうっ!?」

 不意打ちのデコピンをくらい、額を押さえるンクルス。気だるげな溜息と共に店主はカウンターから立ち上がり、奥から何やら見た事のない装置を持ち出してきた。

「お前さんの素直なところは評価してるが……ンクルス、戦いの中じゃ、それ以上に優先されるべき事が幾つもある」

 ひとつ、仲間や自分の命。ふたつ、期待を越える成長。みっつ――。

「拳を交える相手への――"愛"ッ!!」

 この手が届くまであと一歩。掴みきれば、そのままンクルスの強烈なプロレス技が炸裂する。捉えた! と思った瞬間――。

 バチィッ!!

「ふぁっ!?」

 勢いよく手を弾かれ、ンクルスは尻もちをついた。見上げれば目の前にはトラクスの相棒、遠隔操作機体『AIM』が障壁を広げて守りの態勢をとっている。

「あ~っ、そっか……『AIM』がいたよね。やっぱり私、ツメが甘いのかも」
「……いや」

 トラクスはンクルスの方へ、囮人形から服を引っぺがして投げてやる。予想外の技に未だ驚きの余韻に浸りつつ、彼女は僅かに口角を上げた。

「私よりもコストダウンして、汎用性・拡張性を高めたンクルスが、ここまで私を追いつけるに至ったというのは驚くべき事実だ」

 少なくとも、境界図書館の中でマニュアル通りの修行をしていては未だ成し得なかっただろう成果。悔しいが認めざるを得ない。ンクルスは外の世界を通して、確実に成長している。

「服を着たら、連れて行きたい所がある。ンクルスが実力をつけたら、渡したいと思っていた物があるんだ」
「本当? 待ってて、すぐ着直して……あれ?」
「タグが見えているぞ。うらっ返しで着てるだろう」

 仕方ないとンクルスの着替えを手伝ってやるトラクス。姉妹のような微笑ましい光景に、蒼矢はそっと結界を解いてその場を後にしたのだった。


「わぁっ、ちっちゃな『AIM』が飛んでるよ!」
「遠隔操作機体『AIM-N』だ。小型で機能は限られるが、小回りの良さを上手く使えば様々な活躍をするだろう」

 プレゼントされた機械服を着て、ンクルスがくるりと回ってみせる。その動きに合わせる様に『AIM-N』もちょこちょこと周囲を回って、新たな主人を喜んだ。

「この上から新しい修道服を着ればいいのかな? ひゃっ、なんか重い……!」
「代わりに防御能力は折り紙付きだ。昔より体力も付いただろうから、これくらいは着こなせるだろう?」

 確かに、とンクルスは修道服を着たまま飛び跳ねてみる。特異運命座標になる前なら、着た途端に身動きできなくなっていたかもしれない。成長を身近に感じて、ンクルスは嬉しそうにぱあぁと目を輝かせた。

「あっ! それじゃあこっちの棒みたいなのは?」

 新たに手にした戦旗型3Dプロジェクターが軌道音を立て、光の文字が羅列される。
『トラクス、バーンして♡』と表示されたそれを、ンクルスは期待を込めてふりふり振ってみせた。

「……。……ばぁーん☆」
「わぁっ、トラクス神対応だよっ!」
「今回だけだからな。もう二度としないからな?」

 指で作ったピストルをすぐに解き、頬を赤らめるトラクス。

「さぁ、いちいち感動している暇はないぞ。まだ渡す物は沢山あるんだから」

 どの道具も古き秘宝種のテクノロジーが詰め込まれた年代物だが、譲るためにトラクスが手入れし続けたのだろう、新品のように綺麗なままで、ンクルスは新たな物を渡される度に幸せな気持ちになるのだった。

「――ここからは容姿変更用のパーツだ。まずはこの《おとこのこ》パーツと……」
「おっ……《おとこのこ》パーツだってーーッ!?」
「鼻息荒いぞ蒼矢、というか帰ったのではなかったのか?」

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