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金色は牙を持たずとも

登場人物一覧

フラーゴラ・トラモント(p3p008825)
星月を掬うひと
フラーゴラ・トラモントの関係者
→ イラスト

 途端に、少女の姿が大きくブレた。フラーゴラ・トラモント(p3p008825)の剣技はその速力に依存する。いくら彼女が小柄で膂力に劣ろうとも、その疾風は欠点を容易く補い、なお余る。単純な威力だけならば、純粋な実力以上のものを引き出せるだろう。
 しかし目前の豹獣人、黄金の牙を持つ男は小揺るぎもしなかった。固く握られた黒剣は衝撃を十分に吸収し切ったようで、鍔迫り合うような形で抑え込まれている。


「悪くはない。……が、まだまだだ。芯を捉えているとは言えないな」


 【金色の牙】グラーノ・トラモント。フラーゴラの養父である彼には、彼女の剣を正面から受け止めるだけの余裕があったようだ。単に、膂力や体格の差というだけでは無い。グラーノは技量、経験ともに彼女を上回っていた。
 それも当然の話で。グラーノは若手とはいえ異名を持つほど熟練した剣士だ。剣を習い始めて幾年か程度の少女ではそう簡単には追いつけないだろう。
 加えてそもそもの話、フラーゴラに最初に剣を教えた人物はグラーノだ。体格、性別、持って生まれた身体能力、センス……それらの違いから戦い方に違いはあっても、癖の一つや二つは把握していてもおかしくはない。
 速さだけで突破するのは、難しいだろう。


「一度の大技で動きを止めるな、フラーゴラ。それと、剣ばかりに意識を向けすぎていると……」
「えっ……きゃあっ!?」
「こうなる」


 グラーノは剣を手放すと、素早くフラーゴラの襟首を掴み、抵抗する間も与えず懐に入り、投げ飛ばしてしまった。
 とはいえ、手加減する余裕はあったようで、背中から綺麗に落とされた割りには痛みも窒息も少なくて済んだ。


「背負い投げ……だったかな。旅人に伝え聞いた」
「うぐっ……何も本当に投げなくても……」
「本当なら、その程度では済まないよ。初めに言っただろう、気安いものではないとね」


 自ら投げたフラーゴラに手を貸して起き上がらせると、グラーノは悪戯っぽく笑みを浮かべた。


「こんなの、パパだからーー」
「俺だから出来た、なんてことは思わないように。第一俺なんかより強い人は大勢居る」
「大勢……!?」
「ああ、ごめんよ。そんなびっくりした顔するな、大勢は言い過ぎたかもしれない。それでも、これくらい出来る人は幾らだって居る」
「でも……」
「でも?」
「パパみたいに、剣で戦いたい」
「……ああ。ははっ。なんだ、そんなことか。だったら問題はないよ」


 グラーノはフラーゴラの頭をくしゃくしゃにしながら、仕方のない子を見るように苦笑していた。


「確かに俺は剣を使うし、愛着だってある。でも、命を張るほどの拘りはないさ。捨てる判断も、時には必要だと考えている」


 それに……と、二の腕を叩き。


「俺は、素手でだって十分戦える」




*****




 鉄帝南部、あるいは幻想北部の国境線。衰勢著しい幻想王国と、肥沃な大地を求めて南下するゼシュテル鉄帝国がぶつかる最前線地帯だ。
 繰り返される大小様々な衝突……平時ならば幻想貴族きっての武闘派であり、北部防衛の要所たるアーベントロート家が対応するのが常だが、事は国防。当然ながら派閥を問わず、他の地域の貴族が馳せ参じる状況も珍しくはない。


「幻想軍恐れるに足らず! 所詮はアーベントロートのおこぼれに預かるだけの腰抜けどもよ! どうした、『蒼薔薇』とその傘下が出張らねば何も出来ぬか、はははははっ!」


 鉄騎種で構成された隊を率いる巨漢の部隊長が威勢良く叫びながら、幻想騎士を一人叩き潰した。文字通り、力任せに右腕一本で振り下ろされた鉄槌による圧殺だ。
 部隊長の一撃は大口を叩くに足る代物。実際それを見た騎士と兵士達の多くは及び腰で後退りしている。


「さ、下がるなぁ、貴様ら! 見掛け倒しのでくのぼうなど我等の敵では無いっ!」


 豪奢に飾った騎馬。恐らくは貴族と思われる男が兵達の後ろから吠え、叱咤するが、大きな効果は見られない。
 それも仕方のないことだろう。当の貴族が怯えているのを、その顔色が、声音が語っているのだから。一兵卒は賢くは無いが、勢いには敏感だ。その貴族は、部隊長を退ける程の武力も、衰えた気勢を立て直すほどのカリスマも持っては居なかったのだ。


「キャンキャンと煩いヤツだ。このような駄犬ばかりか、幻想の貴族とやらは!」
「ーーそういう鉄帝には、お前のような山猿しか居ないのか?」


 部隊長の背後を守っていた鉄帝軍人がその鎧ごと二つに断ち切られた。斬り口は滑らかで、抵抗なく両断された事が見て取れる。


「おお、トラモント卿! トラモント卿では無いか! 皆の者、かの【金色の牙】が来てくれたぞ!」


 少数の手勢を率いて敵勢の背後から現れたのは、グラーノ・トラモントその人。鉄帝軍の変えられない特性、突撃陣形という基本を突いた形だ。味方が交戦している最中、大きく迂回して回り込んだグラーノ達は電撃的に攻め立て、既に部隊長の目前にまで迫っている。
 その大攻勢を支えたのは、ひとえにグラーノの剣力であった。


「鎧断ち……手練れだな、これは良い。いいか、誰も手を出すなよ、コイツは俺が殺る! つまらない戦士ばかりで、飽き飽きしていたところだ、楽しませてもらおう!」
「ペラペラと。よく喋る男だな」
「そういう貴様は、貴様は口の減らん男のようだなぁ!」


 部隊長自ら火蓋を切る。実に鉄帝軍人らしい判断と言えた。
 戦略としても悪くはない。勇ましい武人としての相は鉄帝民にとってみれば、これぞ軍人と讃えられるもの。もしここでグラーノが倒されようものなら、この場での戦況は立て直せないだろう。
 風を強引に引き裂きながら横薙ぎで迫る鉄槌。牛の頭ほどもある大質量の金属塊。いくらグラーノが膂力に優れているとはいえ、片手剣で受け止めるのは無理があった。
 グラーノは鉄槌をバックステップでやり過ごすと、間合いを一気に潰すように踏み込み、鋭い刺突を放つが。


「はっ、痒いわ!」


 鉄騎種特有の金属椀によってグラーノの剣は弾かれる。部隊長の両椀は見たままの鋼鉄。刃とはいえ、払う程度は造作もないだろう。
 次いで。振り切ったはずの鉄槌は、気づけばグラーノの頭上にある。勢い良く振り切られたそれは部隊長の巨体で出所を隠され、不意を打たれる形となっていた。自らの身体的特徴すら利用した、明らかに狙った動きだ。
 言動の割りに小技が冴える部隊長に、グラーノは舌を打つ。


「潰れてしまえッ!!」


 グラーノの判断は早かった。前傾姿勢、加えて剣を払われた反動。綺麗に躱すには体勢が不確かだ。ならばとばかりに、グラーノは部隊長の懐へ肩から思い切り飛び込んだ。
 ぶちかまし、あるいはショルダータックル。本職ではないにわか仕込みでは、巨漢の部隊長を吹き飛ばすには至らないだろう。せいぜいがよろけさせる程度。しかし危険地帯からの脱出、そして崩しには最適。
 部隊長が振り切った鉄槌の柄がグラーノの背中を打ち据えるが、頭部が当たるのに比べたら蚊に刺されたようなものだ。崩しを入れたお陰で威力が弱まっていたことも功を奏した。
 間合いは近いが、グラーノもここで斬りかかるような真似はしない。狙いは脚元。であれば、肉薄する程の至近距離であっても剣は働く。
 機動力を削ぎ、足を使って追い落とすのがグラーノのプランだ。


「ッハ!?」


 違和感。直後にグラーノの身体が強かに弾かれる。腹部、鳩尾へと強い衝撃が突き刺さった。鈍い痛みと呼吸困難から、打撃であることは把握できた。しかし鉄槌のそれとは違うもの。
 答えは、蹴り。不意だったとはいえ、武器を手放してしまうほどの鋭さを備えていた。
 部隊長はこのクロスレンジ(超近接戦)で流暢な、テクニカルな蹴りを放ってみせたのだ。足元には十分注意を払っていたにも関わらず、ほとんど予備動作も無く膝は放たれていた。
 それだけならばグラーノも直撃を避け、ダメージを抑える程度のことは出来ただろう。しかし部隊長の特筆すべきところは咄嗟に武器を手放し、グラーノの背を掴んだところにある。これで動きを制された。
 圧倒的な破壊力を躊躇なく手放すのは、自らの武力に自信があっての事か。戦場の技というよりは喧嘩殺法とでも呼ぶべきか。


「行儀が良い騎士殿には刺激が強かったかな?」
「いやーーむしろ、俺向きだ」


 蹲った姿勢から跳ね上がるように顔を上げたグラーノ。今度はお前の番だと言わんばかりの猿臂が部隊長の顎を捉えた。コンパクトなフックパンチのようなそれは背を掴む手が緩むには十分な威力。
 部隊長のフリーになった右腕を掴んだグラーノは、一本背負いに近い形で全力で投げーー同時に腕を取ったまま自身もまた倒れ込む。必然、部隊長は本来落ちるべき背中ではなく頭頂、頭から直に地面へと激突した。
 グラーノは戦闘を好む。強敵を前に興が乗りかけていたのも事実だ。しかし、彼はその裏で勝利を優先する。本来、二人の実力に大きな差は無かったが、楽しみの為に動き始めた部隊長とはその点で異なった。故に放った、勝負を決する必殺の投げ。
 投げの威力に加え、部隊長自身の体重が彼の首へと集中する。考えるまでもなく、頸椎へのダメージは甚大だ。


「あっ……ぐぅぁ……!?」


 それでも即死しなかったのは流石と言うべきか。だが、もはや戦うどころか立つ事すらままならないのは明白で。
 グラーノは、躊躇なく部隊長の首を踏み抜いた。


「兵士達よ、勝利は我らの手にある!! 卑劣な侵略者どもを討ち取れッ!!!」


 手練れの部隊長がもたらした鉄帝軍の勢いを、グラーノは勝利とともに奪い取った。彼の声に応える兵士達の姿を見れば、その熱量は想像に難くない。
 防衛戦は、グラーノの勝利が波及するかのように幻想優位のまま終わりを迎えた。

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