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仮面演奏会
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暗い地下の一室、ヨタカはある日この場所で目が覚めた。彼は手を壁に貼り付けられており、身動きが取れない状態だ。また目の前には扉があるが、その前には体格の大きな男が立っており、例え鎖を壊せたとしても簡単には脱出できないだろう。
最初はヨタカはなぜこの場所に自分がいるのかわからなくて困惑していたが、しばらくして少しずつこの状況になる前のことを思い出していった。
その日ヨタカはある街で行われていた演奏会に参加していた。その演奏会では、外見や地位の壁を取り払うという目的で出場者や観客には仮面をつけてもらうという決まりがあったが、常に仮面をつけて演奏をしているヨタカとしては気にせず、気軽に参加できた。
そして演奏会当日、すべての演奏が終わった後にヨタカはある人物に呼び出されて誰もいない楽屋に来ていた。この時点で彼は自分が何か危険な目に合うであろうことを予測していたほうがよかったかもしれない。なにせ、演奏会が終わってほとんどの演者が去った後では助けを呼んでも助けに来るものは少ないのだから……そして、案の定とでもいうべきか、背後から攻撃を受けて気絶したのであった……
時は戻って地下の一室。恐らく不意打ちを食らって気絶した状態でここまで運び込まれ、手錠をかけられたことをヨタカが予測していると、扉の前に立っていた男が話しかけてきた。
「おお、どうやら目覚めたみたいだな。最初に謝っておく。すまない、こんな強引な真似をしてしまって……とはいえ、すぐに済むから安心してほしい」
すぐに済むからと言って安心できる要素は無いが……ヨタカはそう思いながら男の話を聞く。
「なんでもうちの雇い主は仮面をしている男が好きみたいでな、その中でも気に入った男はこうやって強引な手段で地下室まで連れて行って『色々』するんだ。ちなみにオレもそうされたうちの一人だ」
「そうか……ところで、『色々』とはなんだ? それと、『色々』されたにもかかわらずその男に雇われ続けているのはなぜだ?」
話を聞いてヨタカは男に質問した。
「あー、それについては実際に感じてから理解してくれ。多分だが癖になるぞ、俺はなった」
男は答えをはぐらかして、別の話題に切り上げた。
「うちの雇い主のほうは来るのはまだのようだな。せっかくだし何か話でもするか。ところで、アンタは何で仮面をつけて演奏しているんだ? 見たところだと顔も悪いわけではなさそうだし、このまま人前に出ても大丈夫そうなんだがな……」
「ああ、実を言うと俺は極度のあがり症でな……巡業中は仮面をつけるようにしているんだ……それと、恐らくお前も仮面をつけて活動していたんだろ……? それはなんでなんだ……?」
「そうだな、俺の場合は自分の顔に対するコンプレックスだな。俺の顔はどちらかというと荒くれの顔立ちだからな。今の雇い主もそうだがお偉いさんと仕事する際には仮面をつけるようにしてんだ」
ヨタカは男の言っていることに何か自分と近しいものを感じた。というのも、ヨタカも自分の顔にはコンプレックスを抱えており、それ故に髪の毛を伸ばしてそのコンプレックスであるオッドアイの片目を隠しているのだ。ヨタカも顔に対するコンプレックスを男に言い、そうして二人でしゃべりながら時間をつぶしていった。
二人の会話が進んでしばらくしたころ、足音が聞こえてきた。
「おっと、どうやらうちの雇い主が来たみたいだな。それじゃあ、そろそろ俺は出るとするぜ」
こうして男は部屋を出て、入れ替わりに仮面をかぶった人物が入ってきた。仮面の人物は、顔の上半分を隠していて、またマントで体を隠しているため性別はわからなかった。
「やあ、君がかの有名なヨタカ君だね。噂には聞いていたけど、仮面をした状態でもいい顔だ。すぐにでも取ってあげたい」
声を聴いても中性的でよくわからない人物を相手に、ヨタカは恐怖を抱いていた。
「やめろ、離せ……!」
「いいや、離さないし、君にも離せない。何故ならさっきまで君を見張っていたあの男でも簡単には離れることができなかったからね……さて、こうして逃げられないわけだ。時間もあることだし、今度は私とも話をしようか」
そう言って仮面の人物は部屋においてある椅子に座って話を始めた。
「実は君以外の演奏会の参加者にも声をかけたりしてね、なんだかんだで他の参加者は私との時間を楽しんでくれたよ。それこそ、最初はみんな拒絶していたがね……」
仮面の人物は、ヨタカと男が会話している間に他の参加者に『色々』していたことを明かした。また、その内容についてもすこしばかり仮面の男は触れた。
ここで、ヨタカは『色々』の内容を考えた。多くの考えが巡っていく中、ある一つの答えが頭に浮かんだ。
おそらく『色々』とは、いわゆる『へっちなこと』ではないかと……
だが、そうなると別の疑問も浮かんでくる。あの演奏会には恐らく女性と思われる参加者もそれなりの数いたのだ。仮面をしているため全員が全員そうではないと思われるが、少なくともこの仮面の人物は同性相手ともできるわけで……ここで多くの男性イレギュラーズが恐怖する存在を思い出したヨタカだが、それを早めに振り払い、考えを深めながら話を聞く。
「だが、進めていくうちに私の虜になっていき、中にはあの男のように私についていくものも出てきたんだ。どうだい、いいだろう?」
「さあな……それより、早くここから出してくれ。俺にはまだ巡業する先があって、すぐにでも行きたいんだ」
「まあまあ、そう慌てなくてもいいさ。なんなら用事が終わればすぐにでも解放してあげるが、どうだい?」
ここでヨタカは再度考える。確かにこのまま、手を縛られて壁に貼り付けられた状態ではここから脱出することも難しいだろう。しかし、仮面の人物の思うままになるのもどうかと思う。もしヨタカの予想通りだとすると自身の貞操も危ない。考えが巡っていく中、ついに仮面の人物が椅子から立ち上がった。そして、ヨタカの顔に近づき耳打ちする。
「悩まなくてもいい。このまま新しい世界を、ッ!」
一瞬、仮面の人物の頬がヨタカに触れた。その瞬間、ヨタカはある意味恐れていた最悪の事態を確信し、唯一自由だった足で仮面の人物を蹴って倒した。その衝撃で仮面が取れ、仮面の人物、いや仮面の男の素顔が明らかになった。男は中性的な声とは裏腹にがっちりとした顔立ちや体をしていて、確かに仮面やマントで隠さないと誰も簡単には受け入れてくれなさそうに感じるだろう。
「へえ、ここまでされるのは少々予想外だったね……だが、そういうつもりなら私も手を打とう。君をこのまま食事も与えずにここに縛り付ける。さて、先ほども話したように普通の人間ならここを離れることは容易ではないからね、離れるには私が持っているカギが必要だ。どうしても離れたいというなら、大声で私を呼んで『色々』されてもらうよ。まあ、男の尊厳を守って餓死したいならそれでもいいけど、さすがに掃除が面倒だからね……賢い判断を頼むよ」
そう言って、仮面の男は去っていった。部屋にはヨタカ一人だけになった。
こうして一人残されたヨタカだが、彼はこの状況をチャンスだと考えていた。まず、これまでの発言からして恐らくあの仮面の男は人間種の相手は良くしているだろうが獣種や飛行種の相手はあまり経験がないのだろう。だから、彼らの真の姿を見せた時の力を詳しくはわかっていない、もしくは見くびっているのだろう。そう考えたヨタカは、あがり症をなんとかするために隠している素顔よりも見せたくない姿、鳥人の姿に体を変化させていった。そして、その鍛えられた力で枷を壊し、自由の身となった。
こうして部屋を抜け出したヨタカであったが、部屋の外には警備をしているものがいて、そのうえヨタカ自身はこの建物の構造を知らない。八方塞がりだと思っていたその時、突然部屋の外が騒がしくなった。耳を澄ましてみると、どうやら賊がこの建物に入ったらしい。ヨタカはこの状況を絶好のチャンスだと考え、すぐに脱出を試みた。地下に残って警備をしているものを鍛えられた翼で戦闘不能にし上へと昇っていくヨタカだったが、ここであることに気づいた。愛用品であるヴィオラを中心とした自分の持ち物が手元にないのである。もちろんさっきまでいた地下の部屋にもなく、恐らくは仮面の男が持って行ったものと考えられる。ここで、この建物に賊が入ったことも思い出す。もしかしたら自分のヴィオラも盗まれるかもしれない、そう考えてヨタカは急いで仮面の男の部屋に向かった。
警備のものから部屋の場所を聞き出したヨタカはすぐに仮面の男の部屋に行った。部屋にはおびえている仮面の男がいた。
「お、お前は一体……」
ここでヨタカは自分が鳥人形態のままであることに気づき、自己嫌悪に陥りかけたが、この事態をなんとかしてヴィオラを返してもらうべく、そのまま仮面の男に交渉を持ちかける。
「悪いが、俺のヴィオラを返してほしい……夜空が彩られたヴィオラだ……それがあれば、賊もすぐに対処できる」
「わかった、夜空のヴィオラだな……これだ!これでいいのだろう」
仮面の男はヴィオラをヨタカに返した。ヨタカはそれを受け取った後、賊のもとへ向かい、そのヴィオラを奏でながら賊を倒していった。そうして賊を倒して後、すぐに建物から去り、次の巡業地へと向かっていったのであった。
こうして、仮面演奏会をよく開く豪商の屋敷で起こった脱走と襲撃の事件は幕を閉じた。この後賊に取り調べを行った結果、この賊が狙っていたのは豪商が預かっていた演奏会の参加者の持つ楽器であり、その真相と豪商が行っていたことが街の住民に発覚した結果、旅の演奏家をたぶらかし続けたうえで賊を街に呼ぶ原因を作って住民に被害をもたらしたことから、豪商は街を追い出され、演奏会は街の運営のもと再開されるようになったとか……そして後日、ヨタカは再度その街に訪れ、演奏会に参加したとか……