PandoraPartyProject

SS詳細

三月とウサギとお団子と

登場人物一覧

黒影 鬼灯(p3p007949)
やさしき愛妻家
黒影 鬼灯の関係者
→ イラスト
雪見(p3p008047)
忍ウサギの

「ふ〜」
 ぽかぽか。日当たりの良い日本家屋の縁側で一人の少女が目を細めて湯呑みを傾けた。トンボを伴った稲穂の秋風に、一つ纏めの灰髪がさらりと揺れる。
 薄緑の中には茶柱。まさに平和。事件とは無縁の長閑さがそこにはあった。
「良き天気でございまするねぇ〜……むっ、この足音は!」
 長耳の白リボンがピクリと動くや否や、灰色の衣装を着た戦乙女の姿がかき消えた。そして縁側には空の湯呑みと雪色の小さなウサギが一羽。
「おかえりなさいませ、弥生様ー!」
 とたたたと軽い足音をたて『忍ウサギの』雪見は玄関へと急いだ。そこには黒影 鬼灯を頭に据えた忍集団『暦』に属する、敬愛すべき上司である弥生が――……倒れていた。
「ああああ!?!? 弥生様ああーー!!??」
 うつ伏せの黒装束。散らばる黒髪。開け放たれた玄関。第一発見兎雪見、全身の毛を逆立て渾身の悲鳴。
「弥生様! 何があったのでございまするか!? ああ、おいたわしや。御身の一大事に駆けつけられなんだとは雪見一生の不覚っ」
 一般平均のウサギが後ろ脚で廊下を叩く場合、効果音はどんなに早くとも『てちちちっ』である。しかし忍ウサギが物理攻撃力692(蹴戦を用いた場合の概算)で特殊加工済み廊下をてちちちっした場合、効果音は『がごばぎどぐしゃあ』となるらしい。
「弥生様に仇なした者の素っ首、この雪見が一寸ずつ囓りとって参りましょう! はっ、それよりも一刻も早く神無月様にご連絡しなくては。お客様っ、お客様の中に神無月様はいらっしゃいまするかー!?」
「……雪」
「弥生様!?」
 手甲に覆われた腕が僅かに持ち上がり、震える手がちょいちょいと、滂沱の涙を流す傍のウサギを手招きした。
「何でございましょう、弥生様っ。雪見に出来る事はありまするか!?」
 淡雪のように微かな声が冷たい廊下へ降った。
「……モフラセテ」
「御意!」
 ころんとヘソ天。もといモフモフのポーズを取った雪見はキリリとした表情と秋毛で極上の癒しをお届けした。

「あ"~、生き返ったぁーー」
「お疲れ様でございまする、弥生様」
「相変わらず雪見は可愛いなぁ」
 ぽかぽか。縁側に緑茶をたたえた湯呑みが二つ。
 灰のグラデーションがかった毛並みをブラッシングしながら弥生はゆるやかに目尻を下げる。冷たく甘い深雪の瞳が、春水のように穏やかな弧月を描いた。
 弥生は優秀な忍びである。生来より持ち合わせた手先の器用さを生かし『暦』の中では加工技術、即ち縁の下の力持ち的な役割を担っている。仕事は多岐に渡り、罠や道具の開発から作成、細々とした修理修繕、はたまた拷問なんてものも含まれた。最後の仕事に関しては弥生の趣味と実益を兼ねているため喜々としてやっているのだが、問題はその他の仕事である。
「最近、奥方の庭に無断で入るバカが多すぎる。しかも、何故、女、ばかり」
 普段は淡々とした精神を保つ弥生がこれだけ口調を荒げるのは珍しい事である。とは言え、女性を苦手とする弥生の元に届けられる不法侵入者が毎分毎時エブリデイ女性ばかりであれば、心も擦り減ると言うもの。今は愛兎の毛並みを一心に梳かす事で精神的一命をとりとめているが、思い出すだけで吐き気がこみ上げるほどだ。
 この世の物とも思えぬ美しい花畑に、黒を纏った幽幻で妖艶な美青年が存在する限り男女問わず不法侵入者が絶える事は無いのだが……残念ながらこの時点での弥生は気づかない。現在、彼の思考はほぼ奥方の庭と奥方の心の安寧をいかに護るかによって占められている。それだけが絶対唯一の命題であり、その他は些事。ただし雪見の存在は別である。だって可愛いから。
「しかし、これだけ続くと庭の管理を任された者として頭領や奥方に申し訳がたたないな。よし、雪見。散歩に行こうか」
 楽し気な言葉とは裏腹に弥生の瞳は凪いでいる。開いた瞳孔は光すら射さない深海の色。言い換えればストレスがマッハ、臨界ギリギリ、決壊寸前頑張れ表面張力といった状態である。
「劇薬の材料探してございまするね。お供いたしまする!」
 物騒な正解を言い当てながらウサギは跳ねた。


「雪、黄燐だ。これがあれば毒薬から爆発物、照明と色々な物に加工ができる」
「まあ、まあ! さすがは弥生様、大層博識にございまするね!」
 目を輝かせながら新雪色のウサギが喋った。
 え、ウサギ、喋ったよね、いま。
 瓦版を読んでいた店主は手に持っていた紙面を取り落とした。
「そういえば、あちらに亜鉛も置いてございましたよ」
「いいな、害虫駆除用の団子が出来る」
「ほるまりん、の残りもあと少しでございまするが」
「先月結構使ったし追加で買っとくか」
「巨大なたぴおかやいそぎんちゃくのようで綺麗でございましたねぇ」
「雪も気に入った? なら今月も作ろうか」
 ウサギを抱いた黒衣の青年が儚く微笑む。
 ホルマリンで作るって、なにを? あ、消毒に使うの言い間違いか。おじさん納得。店主は無理矢理自分で自分に言い聞かせる。
「白檀油に胡曼藤、金龍花の種子まである。ボロいけど良い店だなぁ、ここ」
「弥生様が嬉しそうで、雪見も嬉しゅうございます!」
 どうしたの、店で売ってる以外にも花咲いてない? 突然視界が桃源郷なんだけど。儂、もしかして死んでたりする?
「これを」
「こちらの籠もお願いしまする!」
「あっ、はい」
 顔の下半分を布で覆っても隠せぬ男の造形美に、店主は半ば魂を抜き取られたかのような心地でいた。会話の内容はともかくとして、現世のものとは思えぬ幻想的な光景が目の前に広がっている。
「ありがとうございましたー?」
 気づけば、相手に言われるがまま商品の会計を終えていた。

「高天京ともなると流石に品揃えが豊富だな」
「これだけの量ともなれば、二、三百人はいちころでございまするね、今から試しまするか?」
「はは、雪見は元気だなぁ」
 ふすふすと鼻と髭を揺らすウサギを、弥生は上機嫌で撫でた。
 店を出た一人と一羽は安くて良い物が手に入ったとホクホク顔。白昼堂々市を歩く二人が殺戮兵器の原材料を抱えているとは、都の住人も思わない。何と愛らしい組み合わせだろう。そんな温かい眼差しが注がれた。世の中知らない方が良い事もあるの見本市である。
「そうだ、雪見。小腹がすかないか? あそこに茶屋があるから入ろう」
「はっ!!」
 品の良い格子戸が巡らされた黒瓦の長屋前は人でごった返していた。藍の暖簾には白で扇柳屋の屋号が染め抜かれ、時折ふわりと風に遊ばれては柔らかな黒糖の香りを散らして客を呼んでいる。
 外には朱色の傘が並び、歩き疲れた客達が甘味に舌鼓を打っていた。
 餡蜜にかき氷、抹茶に冷やし飴と中々に豊富な品揃えだ。
 暖簾を潜れば、磨き抜かれた木材が新たな客を歓迎した。鼈甲飴色と鳥居の朱、そして障子戸から射し込む白日の光が店内を明るく照らしている。陳列された菓子や化粧箱には有名な和歌から取った名が書かれ、職人の持つ風流さが見てとれた。
「凄い数の人でございまするね」
「今話題の人気店、らしい」
 するするとした所作で人波を抜けながら二人は菓子の棚を追っていく。
 ころりとしたマカロン色のおいりに紅葉の練り切り、蛍石に似た砂糖菓子に愛らしい千鳥の干菓子。
「これなら奥方も満足されるだろう。帰ったら早速頭領に報告するか」
 同色の巾着に包まれた色とりどりの金平糖を観察しながら弥生は頷いた。
「弥生様ー、こちらに土産用の饅頭もありまするよ」
 土産用の饅頭は鶴や紅葉、扇に亀と縁起物の形をしていた。今は時期柄か、栗や南瓜を練りこんだクリーム色の餡を内包している。一箱に数個入っている事から手土産として購入する客も多いようだ。大所帯となった暦への土産に丁度良いと弥生は素早く脳内算盤を弾いた。
 それとは別として頭領と奥方への土産を選ばねばなるまい。
「味見がてら幾つか食べてみようか」
 茶屋で提供される品も幾つか持ち帰る事が出来るらしい。まだ土産を決めるには早いと、弥生は衝立で区切られた向こうに足をむけた。
 まだ青い紅葉を望んだ庭園席は店内と比べてやや涼しい。石や樹木の陰影が緋色の長椅子に濃い色を落としていた。
 黒陶の器に盛られて供された茶善哉はその上に乗せられた栗の甘露煮との艶やかな黄の対比が眩しく、紅葉の上に乗るウサギ型の白玉団子には、透き通った黒蜜と甘醤油のたれがかけられている。陽を反射する黄金糖がとろりとろりと白磁の皿に流れ出していた。
「弥生様と一緒に食べるすいーつ、この上なく美味にございまする!」
 もむむむむと無心で白玉団子を咀嚼していた雪見が黒蜜の甘さにてろーんと身体を蕩した。しかし口の周りに付いたタレは小さなウサギの口と白い前脚では如何ともし難く。
(変化した方がすいーつはやはり食べやす……い、いえ! 弥生様の御前でございまするよ、雪見!)
「ここ、ついてるよ」
 恐縮して大福のようになってしまった雪見の口元を拭ってやりながら、弥生はのんびり脚を伸ばす。菓子の見目は愛らしく、部下も可愛い。疲れが吹き飛ぶようだ。
「綺麗なお人や……ヒッ!?」
「声、かけてみ……ヒッ!?」
 女性たちの悲鳴が彼方此方から聞こえる。

 ずごごごごごご……。

 麗人の膝に乗った白ウサギが顔をあげている。小動物が宿して良い眼力では無い。これは噴火寸前の山が宿す熱量。怒れる猛獣の威圧である。
(憩う弥生様の邪魔はさせませぬ!)
 近づく愚者には破滅を。
 ですとろいおぶざ逆軟派。
「雪見、そろそろ行くよ」
「はっ」
 雪見は、きゅるんとした愛らしいウサギの顔で弥生を見上げた。
「奥方への土産は何がいいかなぁ」
「兎団子が大変美味でございましたよ」
「団子……そうだ、そろそろ月見があるんだった。つまみ食いするヤツも出るだろうから罠作っておこうかな、三角木馬とか」
「雪見もお手伝いいたしまする!」
 止めるモノがいないまま。恐怖の買い物は、続く。

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