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Campbell(キャンベル)
登場人物一覧
「標本の調査を手伝ってくれるのですか?」
その学者は不思議そうに首を傾げた。マジョリー・キャンベル。彼女はイレギュラーズに一時期、動物が変異する依頼を持って来た事がある。
「えぇ、大変そうだと思って。汚い鼠とか、毒々しい虫とか。そういうの持って帰ってるんでしょ? 色々臭いますし」
彼女は冗談の様に鼻を摘まむ。実際、嗅覚が鋭いヴェノムは下水や汚泥の臭いが学者の衣服に染み付いて感じられた。
「あぁ、そういえば近頃研究にかまけてお風呂に……イエ! イレギュラーズ様にご同行していただけるなら幸いですっ!!」
そういって、上機嫌に媚びる様な言い方でヴェノムの手を急に握り、ブンブンと振る学者。ヴェノムは微妙な顔で反応しながらも、とりあえず彼女の標本の調査とやらを手伝う事にした。
連れて来られたのは森林地帯であろうか。此処には以前、妙な虫が出たという話だ。
「珍しい虫が繁殖しているという話ですが、イレギュラーズ様がご同行してくれるなら安心して捕まえられます!」
若き学者は意気揚々と、虫網をやたらめったらに振り回して草陰に潜む昆虫を捕獲しようとしている。
やれ、あんなやり方では時間は掛かるだろうと呆れた顔になるヴェノム。その顔がマジョリーの視界に入り、頬をわざとらしく膨らませてヴェノムに詰め寄った。
「イレギュラーズ様! この天才科学者マジョリー・キャンベルを信じていただけないのですか!?」
「……別に。マジョ先輩の事を信用してないわけじゃないすよ」
道化の様に陽気な振る舞いを見せる学者だが、対するヴェノムは真剣な眼差しで彼女を見つめている。
「僕の中で、信用する事と裏切られた時の保険をかけるって事が矛盾しないだけで」
学者も振り回していた虫網をピタリと止めて、ヴェノムの方に振り返った。
「信じてたのに裏切られたとかヌルい台詞、吐きたくないすし。対抗手段がなけりゃ、止めたい奴、止められないでしょ」
ヴェノムの言っている事は、今の状況においては「私はお前の事を疑っている」とも受け取れる言い方だ。学者達は善意でイレギュラーズに協力しているという言い分だから、この若い学者が不快感を露わにしてすぐここを立ち去る可能性もヴェノムは考えていた。
だが、学者はニコニコと人なつっこい笑みを浮かべてヴェノムに言い返す。
「それはそうでしょう! サイエンティストとはかくもミステリアスなものですから……」
シリアスな状況に似付かわしくないジョークをドヤ顔で言われた。素でアホなのか、それとも腹芸が得意な輩なのか。
どうにもヴェノムには判断しかねる。これ以上追求してもきっと同じ調子で返される事だろう。そう思ったヴェノムは早々に話題を切り替えた。
「んで、マジョ先輩は、何で学者になったんすか?」
ヴェノムの言葉を聞いて、学者は得意げに、やたら大きな胸を張って答え始めた。
「パ……いえ、お父様とても聡明な学者様ですゆえ、私も素晴らしい学者になる為です!!」
ヴェノムは少なくともこの言葉に嘘をついていない様に思えた。彼女の父親がどんな人物かは知らないが、彼女の語り方から生物学に長けた人物だろうという考察を巡らせる。
こいつらがイレギュラーズへの協力を申し出た本当の理由はなんだ。善意? 愛国心? その理由ならばわざわざ学者団が現場まで同行してくるのは非常に模範的な善人か、あるいは……。
真剣な顔で考えていたヴェノムの顔を、いつの間にか若い学者が不思議そうに覗き込んでいた。
「……何をお考えになされているの?」
覗き込む学者の顔は愛嬌があるものに見えるが、何かしら疑いを持てばそれは異様に腹黒な面構えだともいえる。どちらなのかは、やはり今のヴェノムには判断しかねた。
「いやぁ『仲良く』なりたいなって。友人関係は自己紹介からって言いますし」
ヴェノムは予めその台詞を考えたのか、それとも疑心を避ける為のデタラメなのか。
どちらにせよ、若き学者――マジョリー・キャンベルが明るい笑顔から、表情が一瞬失せた。
その心中は不明だが、何ともいえぬ微妙な表情をしている。それからすぐマジョリーは取り繕う様に、口を歪ませる様に笑みを浮かべた。
「あぁえぇっと、私も偉大なるイレギュラーズ様のご友人様が出来るなら光栄の極みでございまして――」
その後も学の無い下手な敬語をつらつらと言って、マジョリーは“親愛なるイレギュラーズ様”への敬意を表現した。見ていて、なんだろう。痛々しいというか情けなくなる。
……これが演技だったら相当の役者ッスね。そんな事を考えながらヴェノムも目の前の友人に手を差し出す。
「ヴェノム・カーネイジ。花も恥じらう16歳の女の子ッス」
「マジョリー・キャンベル。カオスシードの、貴方と同じ年の美少女です!」
満面の笑みで手を握り返すマジョリー。
今はひとまず、彼女達は友という形をこの幻想において誓い合ったのである。