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なにもないいつもどおりのひ
登場人物一覧
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それはいつもどおりのいつもの『いちにち』。
なにも変わらない。あしたもきっと同じ日になるだろう。そんな『いちにち』
「ふあぁあ」
ポテト チップ(p3p000294)の朝はいつだって早い。
今日はいつもよりすこしだけ早いから隣のお寝坊さんはまだまだ夢の中。
その寝顔があまりにも幸せそうで、頬をすこしつついてみる。ううん、と唸った。おっとあぶない。起こしてしまうところだ。
まだ朝は早いんだから起きなくていいのとポテトは最愛のその人の頬に口づけを落とすと、畑用の服に着替えた。
汚れても構わないその農作業着はずいぶんと使い込んだもので少しボロがではじめている。穴が空いたらかわいいパッチワークでごまかそう。
さあ、出かけよう。今日のお野菜を美味しい朝ごはんにするために。
コーンにトマトにきゅうりにキャベツ。
みずみずしい野菜たちはまるで畑の宝石のよう。きらきら太陽色のコーンは収穫したてが旬。とっても甘くてびっくりするほど。
トマトだって、ぴかぴかのまっかっか。太陽の恵みをいっぱいにうけたそれはきっと酸味と甘味のバランスは最高のはずだ。
きゅうりはみずみずしくて。ついこっそり味見してしまう。少し汗ばむくらいの朝の日差しに奪われた水分が体に染み渡っていく気がする。私の野菜はいつだって最高品質だ!
ポテトは土だらけになって大地の恵みを分けてもらうこの瞬間がとても大好きだ。
あ、虫さんがいるぞ。
しかたないな。私のキャベツは美味しいから。でも食べ過ぎたら私達がたべれなくなるのだ。それは困る。
だから程々にしておいてくれよ。なんてお願いはするけれど聞き届けてもらえるだろうか?
ああ、この畝は元気がないようだ。精霊よ。どうか元気をわけてあげてください。
畑仕事に夢中になっていれば良い時間。
急いで家に戻れば紅茶のいい匂い。
「えっと」
いいわけをしようとする。だって、ほら、精霊にお願いをしていたらいつのまにか。
そんなポテトの様子は彼はにこやかに眺めて朝食がさめるよなんて言う。
愛娘もはやくはやくと急かしてくる。食べ盛りのこの子にはすこしの待ち時間だって苦痛なのだ。
でも、あとすこしだけ待ってほしい。さっき収穫した新鮮野菜サラダだけは私がつくるのだと。
今日の朝食はベーコンエッグにふかふかのパン。
そして甘い採りたてコーンのサラダとそして、あのひとの入れてくれた紅茶。
コーンには手作りのマヨネーズを添えて。やさしい酸味がコーンの甘さを引き立ててくれる。
お腹がいっぱいになったら次は採れたての野菜を出荷しなくてはいけない。我が家計を支える柱がこの野菜なのだ。
今日はとってもいい天気だったから出かける前に洗濯物を干しておいた。
きっと太陽がふかふかにしてくれるだろう。こんな小さなことだけど、すごく嬉しいことに思える。
野ロリババアのクララが荷車をひいて、ポテトはその隣をあるく。
たくさん売れたらいいなあ。いっぱいうれたら少しくらい晩御飯は贅沢にしよう。
ごろっと塊肉の入ったシチューなんてきっとみんな喜ぶはずだから。
お家にかえって時計をみたら、愛しい娘が帰ってくるまでにはすこし時間がある。
それならおやつを用意しよう。今日はすこし奮発して買ってきたチーズを目一杯つかったとろとろのチーズケーキ。
そこに自家製のいちごジャムを添えればきっと喜ぶはずだ。
娘が喜ぶ顔をみるのはとても楽しみだ。だってあの子の微笑みはまるで太陽のようにきらきらしているのだから。
洗濯物はとってもよく乾いていた。
タオルもふかふか。もっふもふ。
だからポテトはうれしくて笑みを浮かべた。きっと娘もあのひともこのふかふかに満足してくれるはずだ!
今日の家事はひゃくてんまんてん。
まだ夜の家事は残ってるけどそれでもきっと夜もふくめてひゃくてんまんてん。
取り込んだ洗濯物を丁寧に畳んでいく。
丁寧にたたんで次に着やすいように。
ふと――。
白いシャツで手が止まる。大切なあの人のものだ。
両手を広げてシャツを広げてもシャツの袖のはしっこまで自分の両手は届かない。
だってあいつは私をすっぽりと抱きしめれるくらい背が高くて大きいのだから。
これを着てみたらどうなるのだろうか?
そんな悪戯じみた思いと好奇心でポテトは洗いたての白いシャツに腕を通す。
もちろんぶっかぶか。袖は指先が見えるか見えないか。裾なんて太ももを全部覆うくらい。
本当に、あのひとは大きいんだな。
それが愛しくてしかたない。
ふうわりと、あの人の匂いをシャツから感じた。
こうしていたらまるであのひとに抱きしめてもらっているような。そんな気がして嬉しくなる。
だから脱ぐのがもったいなくてそのまま残りの洗濯物をたたむ。あの人の香りにだきしめられたまま。
「――」
ただいまの声に振り返ればいつもよりずいぶんと早く帰ってきたあの人の姿が。
え? うそ、だって、その。
彼のYシャツ姿のポテトは真っ赤。こんなの言い逃れなんてできない。現行犯逮捕だ。
いやその、って返すあのひとも状況を理解したようで真っ赤になる。
なんだかんだで一緒に洗濯物をたたむことになった。顔をあわすのははずかしいけれど。
近くの洗濯物を同時にたたもうと手を伸ばして指先が触れる。
それだけでさらに恥ずかしくなって、洗濯物をたたむのにとってもとっても時間がかかった。
夜はお肉のシチューとパン。
パンをシチューに浸しながら食べるのは絶品なのだ。
娘なんてパンを2回もおかわりしたのだ。
もう、まるまるとしてしまうぞ!
そんな風に注意してもおいしいんだもんと帰ってくる。その返事が嬉しくてつい、パンをわたしちゃってあの人に苦笑された。
ちなみにあの人はおかわりは4回。
君もまるまるとしてしまうぞ。
そうなったらいやかな? なんてきかれて想像する。
まるまるとしたあの人は少しかわいいかも、なんて思ったら笑えてきた。
私はおかわりは2回。ふたりが美味しそうに食べていたからついつられたのだ。
世の中には素敵な言葉がある。
ダイエットは明日から。
そう、明日からでいいのだ。
そして今日もおわり。
ふかふかのベッドに潜り込んで明日をまつこの時間は好きだ。
となりに大好きなひともいるから。
先にお布団の中にいたあのひとに抱きつく。あったかくて大きくて――。
――ッ!
いつも感じる彼の体温と匂いでシャツの件を思い出してしまって顔が熱くなってそっぽをむいてしまう。
その行動に不信を覚えた彼が問いかけてくるけど、うう、やめてくれ。思い出すと恥ずかしくて死んでしまいそうだ。
枕に顔を埋めて足をばたばたさせる。
こんな真っ赤なかおをみせるわけにはいかない。乙女としての羞恥心は複雑なのだ。
ふと、暖かさがポテトを包み込む。
おっきくて暖かい彼がポテトをぎゅう、と抱きしめたのだ。
なななななな?
「――」
耳元でささやかれたたった六文字にポテトは力が抜けて、ついふりむいたら意地悪そうな彼の顔。
余計に顔が真っ赤に染まってしまうじゃないか。
彼の大きな手が私の髪を撫でるもんだから――。その手が優しくて落ち着いてしまう。
それは私専用の特効薬。
おやすみ、と彼は私に口づける。
私もおやすみなさいと彼に口づける。
それは幸せすぎる瞬間。
目を閉じるのも怖くない。だってここは暖かくて心地よくて、世界で一番安心できる場所で在るのだから。
きっと今日の夢は最高のものになるだろう。
あの人がいて、娘がいて、そして――私がいる。
そんな幸せで泣きそうな夢をみるのだ。
おやすみなさい。