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六月の噓 目の前のホント

 肌にまとわりつくような蒸し暑さを感じる6月。
 灰色に曇った空のおかげで昼間であっても薄暗く、外では屋根をたたきつけるような大雨が降っている。
 
 ハンバーグを頬張る友人を目の前に、コーヒーを啜りながら翔太は大きくため息をついた。
「またそんな大きなため息なんかついちゃってさー。いや、気持ちはわかるよ? 10年付き合った彼女にフラれるってそうない話だからね。」
 男顔負けの食欲でハンバーグとライスを頬張るのは、翔太の幼馴染の真希だ。
 よく食べる割にはスタイルもが良く、誰に対しても分け隔てなく接することができるが、無鉄砲で負けず嫌いなのが玉に瑕だ。
「でもさー、なんでフラれたわけ? 酒癖か? 金遣いか?! それとも、女遊びか?!?!」
「喧しい。」
 真希は口を尖らせて「ちぇっ……」と拗ねる。
 拗ねすぎてアヒルを通り越してタコのような口をしている真希を他所に、翔太は話を切り出す。
「そういうお前はどうなんだよ。」
「ふぇ?」
「カ・レ・シ! 好きな人がいるんだろ? 最近どうなんだよ。」
「あー、えっと、それは、ですねぇ~」
 露骨に都合が悪いですぅといわんばかりに目を反らす。
「もしかして、フラれる以前に、告白も何もできてないんじゃねーの。」
 慌てふためいているのに構わず、翔太が切り返す。
 真希は思わず声を張り上げる。
「私にだって、チャンスは今めぐってきてますしぃ? 何なら? 今チャンスだしぃ!?」
 その顔は心なしか少し頬を赤く染めているようにみえるが、翔太はそれに気づいていないようだ。
「ほー、チャンスなぁ。だったらそんなに慌てふためく必要ないんじゃねーの?」
「は、はぁ?! 別に、慌ててなんかいませんし。熱いうちにハンバーグをあっつい!!」
 動揺を隠そうとハンバーグを頬張るが暑かったらしい。真希は口の中を跳ね回る肉汁を必死に抑える。
 
 口の中の様子が静まったのを確認し、真希が口を開いた。
「ちょうど、フラれたところなの。」
「お前が?」
「ちゃうわ! ……私の好きな人が。だから、今チャンスなの。」
 真希の表情は真剣そのものだ。
 
 二人の腐れ縁は小学校一年生のころから、かれこれ20年続いている。
 鼻を垂らして鬼ごっこをしていたあの時期は頭の中が空っぽでも許された時代だが、今となってはいろいろ考える三十路手前である。
 結婚、仕事、子供も欲しい。そんな思いが駆け巡る。だからこそ。
「私、プロポーズの練習をしようと思ってて。」
「いやまず段階を踏めよ段階を。」
「練習なら許される」
「だからなんでだよ。」

 外は心なしか雨脚が強くなり、雷が鳴り始める。
「あのさぁ。」
翔太が口を開いた。
「俺で良ければ、練習台になってやらんこともない。」
「……え?」
「だから、練習台になってやらんでもないって言ってるんだ。けど、ちゃんとお付き合いっていうステップは踏めよ?」
「……いやだ。」
「は?」
 突然の真希の拒否に、翔太は困惑を隠せない。
「練習は嫌だ。」
 真希の目は潤み、赤みを帯びている。
「だって、私ずっと、見てたんだもん。見てるしかなかったんだもん。それが、なんの偶然かやっとチャンスが来たのに。」
 その声色は震えている。
「だから、あんたで練習なんかしたくない。ちゃんとまっすぐに伝えたい。」

 ーー息をのむ。
 
「ずっとずっと、一緒にいたいくらい、大好きでした。だから、練習なんてそんな中途半端な気持ちで、告白なんてしたくない。」

 沈黙が流れる。二人は、じっと見つめあっている。
 少し間を置いて、ふふっと急に真希が笑いだす。
 
「なーんてね! うっそぴょーん! あんたなんかじゃありませんよーだ。」
「何だよ、驚かせやがって。」
「ごめんね、長く話しすぎちゃった。もう夕方になるし、帰ろっか。」

 会計を済ませ、店の外に出る。
 二人の家は真逆の方向だ。
 翔太に背を向け、真希がつぶやく。
「はーあー……結婚したいなぁ……。」
 雨はしとしとと降り続く。
 
 ーー梅雨が明けて二人で新たな一歩を踏み出すのは、また別のお話。

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