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え?なに?怖い話じゃないの?
「ツギハオマエダァッ、って長い髪の女が、窓をドンドンドンドンッ、って叩いてたんだと。そのあと、この人がどうなったのかは、誰もわからないんだとさ。てことで、俺の話終わりー!」
みんなが怯える顔をしているのを他所に、金山圭は得意げに語る。
今日は会社のリモート飲み会で話が盛り上がり、今は怖い話をしている。
圭は営業部に配属されて5年目で、今は酒にも自分のトークスキルにも酔いしれている。
「え?やだ怖い……トイレに行けない……」
今年新入社員として入社した雨宮文香は、弱めの缶チューハイを両手に握りしめて怖がっている。
「ははは、雨宮は純粋だな。でもさぁ……」
圭の同期でシステムエンジニアを務める鳴宮穣は、圭の話を鼻で笑っている。
穣は、ウィスキーを一口飲んで話を続ける。
「その、女の人の幽霊を見たって話の最後、『この人がどうなったか分からない』って言ったじゃん。」
また始まった、というめんどくさい顔をして「そうだな」と圭は相槌を打つ。穣は言葉を続ける。
「でも、お前はその話を知ってるよな。ということはつまり、お前が噂なりネットの海なりでその話の情報を得たということは、その人って結局今生きてるんじゃね。」
説明の途中、怖がっていた文香が「たしかに!」と一瞬表情が明るくなる。
「そうなんだとすれば、結末を知ってる人は『誰もいない』のではなく『その人だけが知っている』。でも、別の人間に伝わっている。よってこの話は作り話の可能性が高い。はい、QED。」
QED、は穣の口癖だ。
本来の意味は証明終了だが、彼はそれを「はい論破」の代わりに使っている。
「穣、おまえはすぐにそういうこと言う。怖―いってだけでいいじゃん。怪談話なんだし。」
圭は呆れながら、話題の提供を文香に振ることにした。
「で、次はトイレいけないお前の番なんだけど」
「もー!そんなこと言わないでください!今からの話だって、本当に怖かったんですからね!」
男性陣2人が画面越しに期待の眼差しを向ける。
文香は話を続ける。
彼女の話はこうだ。
彼女の大学時代のバイト先は、ラーメン屋だった。
「それぞれ麺の分量に名前があって、小さいほうから、ガール、並、大盛、富士山、チョモランマ。」
チョモランマ、というワードに圭が吹き出す。
ある時、ちょっと悪そうな感じの男性が、文香に声をかけてきたのだ。
『おねーさん、チョモランマって、どんくらい多いんですか?』
いるよねそういう奴、という顔で穣は頷いた。
「まぁ私からしたらぺろっと食べれる量なので、私でも完食できることを伝えたんですよ。」
ーーん?
「ここからが怖いところなんですけどーー」
「ちょっ、待て。」
圭は話を遮る。
「そもそもチョモランマ盛りって、麺の量どれくらいなの?」
「ふぇ?1.5キロくらいですけど、それくらい食べませんか?」
「怖いのはお前の食欲!!」
不思議そうな顔をしている文香に、思わず大声でツッコんでしまう。
「まぁまぁ、雨宮は食いしん坊なんだよ、な。」
穣が文香をフォローするが、苦笑いである。
「でも、ものすごい顔でこっちを睨みながら『しばらく……麺類はいいです……』って言われたのほんとに怖かったんですからね!」
少し頬を膨らませた後、文香は思い出したかのように言葉を発する。
「ちなみに、残った麺はもったいなかったので、私が美味しくいただきました!」
得意げに文香が語る。
なーにスタッフが美味しくいただきましたみたいにいってんだ、というツッコミは誰もしなかった。
「はー、期待して損した。……穣、お前何かないの?」
大きなため息をつき、穣を見る。
「まぁ、あるにはある。」
穣は話を始めた。
彼の話はこうだ。
遡ること高校時代、穣の両親は共働きで、出張で家には穣しかいない、ということが多かった。
高校2年生の誕生日、いつも通り家に両親はいなかった。
そんないつもと変わらない日に、事件は起こった。
当時を振り返りながら、話を続ける。
「夜8時くらいだったかな。家のチャイムが鳴ったんだ。ピーンポーンって。」
ガチャリ、とドアを開けるも、玄関先には誰もいない。
部屋に戻るとまたチャイムが鳴り、再度玄関に行くがだれもいない。
ピンポンダッシュなんて時代遅れだなぁ、と思っていると、自分のポケットが震えていることに気づく。
文字化けした相手からの、着信だった。
ーーごくり、と話を聞いている二人は固唾を飲む。
「電話に出ると、声が聞こえたんだ。『あーけーてー』って、低い呻き声が。」
文香は小さく悲鳴をあげる。
「で、俺の部屋一階だったんだけどさ、窓の外を見たら……いたんだよ。クラスメイトのみんなが!!」
ーーは?
ぽかんとしている圭と文香を他所に、穣は嬉しそうに話をする。
「俺、クラスメイトみんながすごく仲良かったからさ、その日俺の両親が仕事でいないのも知ってたんだ。だから、サプライズを仕掛けたかったんだと。ホント、友達には恵まれたよ。」
言葉の最後は、その時の感動が忘れられないのか泣きそうな声だった。
「良いお友達をですねぇ……ぐすん……。」
文香に至っては泣いている。
その中で、テンション的にポツンと取り残された男が一人。
「えっと、俺あまりの落差についていけないんだけどさ……。」
圭は困惑を露わにしながらも大きく息を吸った。
「え、何、怖い話だよね?」
そう、本当は彼らは怖い話をしているはずなのだ。
ーーはずなのだが。
「……?私のはお客さんの顔が『怖かった』って話だし」
「俺に関してはサプライズっていうのに気づくまでが『怖い話』だし。」
『怖い話なのは間違いないですよ(だろ)』
2人の声が綺麗にハモる。
圭はもう、我慢できなかった。
「怖いのはお前らだぁぁぁぁっ!!」