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掌編[と或る自律魔導機械人形について]

 そこは、星が綺麗な街だった。塔のごとく聳え立つ建物ビルヂングの合間合間を冷たい風が強く吹き抜け、降り積もった埃を一気に巻き上げる。頭上に恩寵輝く街グレイセ・スタとも呼ばれ、かつては地に星のごとく瞬いていた魔導燈會マギランタンの街は今やボロボロに崩れ落ち、真闇の廃墟と成り果てていた。そんな中を歩く自律魔導機械人形マトン――クカイは、自らのセンサーで生命反応を一切感知できないことにもはや一周回って乾いた笑いしか出てこなかった。

「記録魔石破損大、しかしセンサー部には異常なし……いやはや、ここまでなにもないといっそ清々しいね」

 マトンは、決して丈夫な存在ではない。今行ったような簡易スキャンならともかく定期的に専門の人間にメンテナンスを受けなければ壊れる程度の存在だ。
 本来クカイとていま自分の足元に転がっているような、この街の瓦礫の一部のようなものだったであろう。それが何の因果かうっかり起き上がれてしまい、奇跡的に稼働ができているのだ。
 特にクカイは本来図書館の司書兼検索端末ライブラリとして造られた端末だ。記録魔石が破損していては本来の役目は果たすことはできないし、かといって迷宮に潜ったりなどという討伐任務を行うことが可能な機能も搭載されていない。黄水晶シトリンクォーツをはめ込んだかのような瞳に映る星は天上のものしかない。むしろ、天上の星がここまで美しく見えるほどに街は暗いのだ。
 足を進めれば石畳の上にかぶった砂埃がクカイの金属でできた足裏と擦れてガラス質の音を立てる。記憶をさかのぼって思い出そうとしても星■■冠通りたしか一番大きな通り■■水■■園街の中央にあった公園も正確な名前さえ思い出せなければ星あかりの下に等しく崩れた廃墟と砂でしかない。自分の管理をしていた人間の魔力を感じることもできなければそれが誰かだったさえ思い出せないことに気づいてまた乾いた笑いをこぼすしかなかった。いっそ涙を流して悲しむ機能でもあればよかったのかもしれないが、所詮はマトンだ。自分は、そこまでの機能を搭載している上位の機体でさえなかった。
 キッ、キッ、ときしむような耳障りな音とともにそのまま十と数分歩いていけば、街の端へとたどり着く。
 黒い空を分かつように白い地平線は、全てが砂。手で掬ってみれば白い星砂であり、一歩足を入れてみればそこがわからないほどにどんどんと沈んでクカイの機体を飲み込もうとしたのであわてて陸地に戻った。その後もくまなく探索したが結局の所もどこも“果て”までたどり着けば白い星砂の海である。

「あーあ、せめてお兄さんじゃあなくてもっと立派な自律魔導探索機オートマタとかだったら、この砂の海の向こうまで探索できるんだろうけどなあ」

 はあ、と大きなため息と独り言も虚しく響く。壊れている記録の断片からしても緑豊かな地であったはずの場所はは白い星砂の海に取り残された廃墟島だ。誰かが助けに来てくれることもなければ、そもそもここが世界のどこにあるのかさえわからない。救難信号機能なんてものがいきているはずもないのだから、まさしく一人ぼっちだった。
 これがオートマタであればもう少し外へ旅立つための知識や経験がプリインストールされており、この白い星砂がなにかだとかそもそも何が起きてこうなったかの推測などもできるだろう。全てはクカイによる「たら」「れば」でしかなかったが――クカイは真剣に嘆いていた。自分のような失敗作のマトンよりも遥かに、この状況に相応しい自動人形はいっぱいいたのだから。

 途方に暮れることはできても、涙を流す機能は搭載されていない。黄水晶シトリンクォーツは乾いたままに星の海を見つめ続けていた。

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