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ある旅人の過去、或いは嘘
「やあ、いらっしゃい」
古びた酒場の隅で一人、グラスを片手に、入ってきた相手へと手を挙げて挨拶する。
「いやぁ、この私の話が聞きたいだなんてねぇ……余程の数寄者だよ、君は」
返事はない。まあ元々言葉が返ってくること自体、期待してはいないのだが。
素性の知れぬ相手はただ静かに、対面へと座る。
「それで、なんだったっかなぁ?…………たしか、私の過去について聞きたいんだっけ?」
こくり、と。小さな頷き。
「それじゃ一つ、昔話でもしようか。そうだねぇ……出だしはコレが良いだろう。『昔々、ある所に』ってねぇ」
────カラン、と。グラスの中で氷が転がった。
「私がいた世界はねぇ、まぁ一言で言ったら……『終わっていた』んだよ」
どうしようもないほどにねぇと嗤う。
あれはまさしく終わっていたとしか言いようがないだろう。誰しもが生きる希望を持たずに、ただ死んでいないだけな世界。
「なんでそうなったかって? なんだったっけ? 世界の寿命とかそんなんらしいけどねぇ」
そんなことを偉い人が言ってたっけ? などと記憶を辿りながら呟く。
ああ、確か、なんてことはない。ただ世界が寿命を迎えるのだとか。それがただ皆が思っていたよりもずっと早かっただけのこと。
手の施しようはなく。暴動が起きたのも最初だけ。狂乱も混乱も、それを維持し続けるほどのエネルギーも無くして。やがて全てが抜け殻になって……
「それでまぁ誰も彼もやる気のない、つまらない世界になっちゃってねぇ」
進展はない、残されたのはただ衰退のみ。全てが緩やかに終わりに向かっていった。
「それでまぁ、いよいよ世界も崩壊するって時に目の前の空間がぱっくりと割れてねぇ」
────いざ飛び込んでみたら見知らぬ世界。未知が待っていた。
「そんでまぁ、いっそ旅して色んなものを見てみたいなぁって思い立ってねぇ。いつの間にやら様々な世界を旅するようになって、それでいつも通り世界の狭間を歩いていたら突然落っこちてねぇ」
気づいたらこの世界に、世界を渡る力も無くしちゃったみたいでねぇ。と先程より自虐の色を強くして嗤う。
「コレが私の過去のお話。なんでこの世界に来ることになったかの理由だよ。満足いただけたかなぁ?」
こくり、と頷いた眼前の相手。彼か彼女かも知れぬ人影は、音を立てずに立ち上がると無駄のない所作で去っていく。
「まぁこの話、今さっき考えついたモノなんだけどねぇ」
────誰もいない空間へ、そっと言葉を投げかけると、眼鏡の男はクックと意地悪に嗤った。