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旅するステルナと鯨声双竜祭(作成時:2020年/8月)

 飛行種の少女、ステルナは、キョクアジサシという渡り鳥の姿で、暁の空を飛んでいた時、不思議な音を聞いた。日の出で周囲の気温が温められ、一度風が凪いで、風向きが変わった時の事である。

 ホォオォオー……! ホォオォオー……!

 まるで鯨の鳴き声のような、子守唄のようにも聞こえる不思議な音。
 それが繰り返し繰り返し、どこからか聞こえるのだ。音はステルナが朝の空を飛ぶ頃には、途絶えていた。

 ステルナが夕暮れの空を飛んでいた時の事である。

 ホォオォオー……! ホォオォオー……!

 一度風が凪ぎ、風向きが変わった時、またあの不思議な音が聞こえたのだ。今度は近い。今度も鯨の鳴き声のようだけど、今度はずっと聞いていると少しのこわさを感じる不思議な音が、前回と同じく、繰り返し繰り返し響き渡る。日が沈みきると音は鳴り止んだ。

 再びステルナが暁の空を飛んでいた時の事である。ステルナは三度目の不思議な音を聞いた。間違いなく昨日よりも近づいている。音量が昨日よりも大きい。
 ステルナはこの不思議な音の出所に興味が湧いてきた。きっと今回も、日の出が朝に変わる時間帯には、音は聴こえなくなってしまうだろう。

 この不思議な音は、きっと風鳴り音だろう。鯨の鳴き声のように不思議な響きで鳴る風鳴り音とは珍しい。――何となく、本当に何となくだがステルナは、この不思議な音には、人の手が関わっている気がした。

 ステルナは、この音が聞こえなくなる前に音の発生源へ辿り着こうと思い、飛行航路の舵を切って、自身の羽ばたく距離に風の魔法でブーストをかける。彼女はこの不思議な音の発生源を、探しに向かった。



 朝の空を飛んでいたステルナは、知らない町を見つけた。或る島の山肌に在る城塞都市だ。海に面した港町の風情が漂っている、活気がある大きな町だった。
 不思議な音は、もう止んでいた。あの音はこの町から聞こえてきていた。その事に間違いはない。
 ステルナは早速、町に降りてみようと思い立った。
 折角だからあの目立つ、双竜が天に向かって咆哮している姿のレリーフがある、不思議な時計塔の近くまで飛んで行ってみよう。
 そう思ったステルナは、羽ばたく羽に力を込めて町の上空まで飛行した。

 時計塔の周囲は広場のようである。町はお祭り騒ぎの真っ最中。町中に露店が所狭しと建ち並ぶ。人々は浮かれ、呑めや歌えや踊れや楽しめや恋せよと、町中が上機嫌のパレード乱舞。ステルナがよく見ると、人々の中にはヨソから来訪した旅の者や、観光客もいるらしい。

 ステルナは、大勢の人混みから少し離れた場所に降り立った。そして人の姿に変化する。彼女は黒髪黒目の華奢で小柄な14歳の少女の姿に変化した。

 先ずは何から楽しもう。ステルナはお財布の中身を思い出し、今回使うお小遣いの上限を決める。お腹が鳴った。だから食事から始めよう。
「よしっ、行きますよ!」
気合いを入れて、探索開始だ!

 ステルナが町を巡って、町に居る人達との交流をほのぼのと楽しみながら、暫く祭りを巡ると段々とこのお祭りが、この土地の神である、鯨声双竜を祀るものであると知る。
 時計塔に彫刻されたレリーフの鯨声双竜は、何でもこの町の守り神様で、このお祭りは三年に一度、三日間に渡って開かれる大祭なのだそうだ。

 おやつ時である。
「お嬢ちゃん、旅の人かい? それなら記念にこれをやろう」
「これは何ですか?」
 ステルナは買った棒付き人形飴を舐めながら、人形飴売りの露店商のおじさんから貰った小笛のストラップを光にかざす。
 おじさんはにかっと男臭く笑って言った。
「きらきらして綺麗だろう? そのきらきらしてんのは螺鈿細工っつってな、そいつはこの町の守り神、鯨声双竜様を模して作られた工芸品、この町の特産品の一つだ! お嬢ちゃん、持っていってくれ」
「ありがとうございます! おじさん!」
「おう! それを持って薬師の婆さんの所に行きゃあ、婆さん特製のドリンクを、一杯無料で貰えるぜ! 良かったら後で行ってみな!」
「はい!!」

 ステルナは貰った鯨声双竜の小笛ストラップを片手に坂道を歩いていた。もう日暮れである。鯨声双竜が鳴いていた。この音はこの町の人々にとって、時報のサイレンの役割を果たしているらしい。この音が鳴り止んで、夜になったら、花火が天に咲くそうだ。

 今日一日、ステルナはこの町中を歩き尽くして、心地良い疲労感が彼女を襲っていた。
坂道を歩く彼女を心地良い潮風が撫でていく。
 今夜のお宿をどうしようか。ふとステルナは祭り巡りに夢中になって、自分が宿探しを忘れていた事に気がついた。今日が楽しかったのだ。祭りは明日も続くという。
 もう一軒だけ、露店を見たら今夜はこの町に泊まって、夜の花火を見よう。ステルナはそう決めた。彼女は、無料ドリンクが貰える魔女の薬草店に向かって歩く。その店は、案外すぐに見つかった。途中、拾った迷子の黒猫、幼い獣種の女の子、アンリちゃんが、薬草店のオーナーである大魔女、マザー・クレアのお孫さんだったのだ。

 お店で貰った薬草ジュースはすっきりした程良い甘さで、美味しかった。体中の疲れが取れた気がした。
 ステルナはアンリちゃんを送り届けたお礼に、お祭りの間、薬草店に泊まることになった。
 そして彼女が二人へのお礼に、お店の商売と家事を手伝い、その時に風の魔法を使って驚く様な成果を上げた事は、このお話の余談である。

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