PandoraPartyProject

サンプルSS詳細

1本で読めるPPPっぽいSS

※登場するモブおよびイレギュラーズはPC、NPCとして存在しません


 あたしにはレベルがない。それはあたしがモブだからで、あたしの世界にレベルシステムなんていう便利なものはないからだ。

 RPGのザコ敵みたいな顔をした小人が、現代の女子高生であればスマートフォンの画面の向こうにしか見たことがないくらいの暴力を振るっている。
 あたしの涙ながらの頼みを聞くや否や「ふーん、じゃあ練達への港まで乗せてってやろう」と馬車を出してくれた優しい商人の足を、オーソドックスすぎて何かの冗談にも見える棍棒がぐちゃぐちゃに砕いていく。さっきまで上がっていた悲鳴はいつの間にか途切れていて、それに気付いた瞬間感じたこともないような怖気がぞくぞくとつま先から這い上がってきた。そこでようやく馬車から投げ出されるまで電波が入らないか弄っていたスマートフォンの存在を思い出し、それを力いっぱい凶悪な小人に投げつける。
「やめてっ」
 小人――たぶん、ゴブリンと呼ばれる怪物がこちらを見る。一瞬で後悔した。もう立てないかもしれない商人への罪悪感や正義感のようなものは音を立てて崩れ去った。
 そりゃそうだ。あたしはただの女子高生で、将来何になりたいかも決まってなくて、ただ繰り返される日々に漠然と『嫌だな』と思うだけで、なんとなく全部が解決しないかなと願っていて、流される前に普通にクラスメイトの陰口とか叩いちゃう、ヒーローとは似ても似つかない存在だった。

 だから逃げ出したのだ。

 <ローレット>と呼ばれる酒場のような場所で、あたしは特異運命座標イレギュラーズで、この世界をもしかすると救うのかもしれないと言われた。救わなくたっていいのさとカウンターの向こうの店員は笑ったけれど、側で談笑する人々は正義感や使命感、そうでなくとも何かしらの明確な目的を持っているように見えた。あきらかに戦いなれた一団が鎧をがちゃがちゃさせながらすぐ横を通り過ぎていくのを見て、それまで必死にスマートフォンの電波を探していたあたしは――全部情けなくなって、逃げ出したのだ。帰りたかった。
――練達はきみのいた世界にきっと似てると思う。
 馬車をゆるやかに走らせながら、泣き止まないあたしへ寝物語のように語ってくれた商人のおじさんの声は、もう聞こえない。

 ゴブリンはいよいよこちらへ迫るが、あたしはへたり込んだまま動けない。気味の悪い緑色の腕の向こう側で地面に突っ伏したままの商人のおじさんが微かに動いた。どうやらあたしが先に食われるのだ。
 後生大事に抱えていたスクールバッグをぎゅうと抱きしめるけれど、中にろくなものは入っていないし、それがあたしを助けてくれることもない。繰り返される日々は終わりを告げたけれど解決したことはひとつもなくて、あたしが日本で、東京で、あの小さな学校で必死になって築き上げた地位も人脈も僅かながらの学力も、このバカみたいな棍棒の前では全部無駄だった。
 ゴブリンは笑っているようにも見える。
「なんだよ」
 すっかり怯えきっていたはずなのに腹が立つという感情は残っていたようで、あたしは勇敢にもゴブリンを睨みあげる。
「文句あるのかよ。何がおかしいんだよ」
 ゴブリンは小さく首を傾げて、それから棍棒を振り上げる。せめて一撃で脳天を割られて死にたかった。足をぼきぼきに折られた優しい商人のおじさんより楽をしようとする死に際の自分の卑怯さに涙が出て、それから笑ってしまった。


「おーっ、いたいた! 間に合った!」
 場違いに明るい声がした。
 続いてがしゃがしゃと金属の擦れる音がして、かっこいい鎧を着たお姉さんが急に目の前に現れたかと思うと、ずばんと大きな剣を振った。ゴブリンは声も上げずに吹っ飛んで、近くにあった木にぶつかって動かなくなった。
「この方が捜索依頼の出ていた商人さんですね」
 ファンタジー映画で見たエルフのような長い耳をした綺麗な男の人が、商人のおじさんの傍らにしゃがんでぐちゃぐちゃになった足に手をかざしている。暖かい光がその指の隙間から漏れるのを見て、おそらく回復魔法を使っているのだろうとゲームに疎いあたしでも理解した。
特異運命座標イレギュラーズ、只今見参なのです!」
 かわいらしい声に顔を上げる。真っ白な美しい翼の生えた、あたしより年下に見える女の子が、馬車の荷台を荒らすゴブリンたちに火球を降らせていた。
「大丈夫? ケガしてない?」
 かっこいい鎧のお姉さんが、あたしのほうへ手を差し出して笑う。大丈夫です、とびっくりするくらい小さな声が出た。これが特異運命座標イレギュラーズ――到底、あたしがなれるものじゃない。
 とても無理だ。保護されるしかない。心の底から情けなかったし、なんだかホッとしてもいた。あーあ、逃げることもできないんだ、あたし。
「ならよかった。……おーい、吉田くん! 私はこの子を避難させるから、そっち任せてもいい?」
「上等!」
 優しく助け起こされながら、『吉田くん』というあまりにも日本的な文字列に釣られて思わず視線を上げた。そこには。

 そこには。灰色のブレザーと裾の擦り切れたスラックスをやや腰穿き気味でルーズに身に着けた、どう見たって男子高校生としか言えない少年が立っていて。
「おらァ!」
 どう見たってただの金属バットでしかない鈍器を、一生懸命ゴブリンに向かって振っていた。

「あ……あんたそれ、なにそれ」
 だから咄嗟に声を掛けてしまったのだ。男子高校生はこちらを振り返って、不満そうに目を細める。
「なんだよ。なんかおかしいってのか」
「いや、えっとさ」
「何」
「ズルじゃん」
「ズルぅ?」
 声が剣呑な雰囲気を孕んできた。鎧のお姉さんは口を押さえてぷるぷる震えている。笑いをこらえているのが丸わかりだぞ、おい。
「なんていうか……こんなスゴい人たちとさ」
「おう」
「あんたみたいな普通の男子高校生が一緒に戦ってんの、ズルじゃん……」
 声はどんどん小さくなった。自分でも言いがかりだと思ったけれど、でもそうとしか言えなかった。ゲームみたいな世界の中にこんな普通の男の子がいるなんて、ズルだ。
「何言ってんのお前。特別も何もないだろ。特異運命座標イレギュラーズは全部同じ」
 男子高校生――吉田くんは、片手をズボンでごしごしと拭いてからあたしの肩をどんと押した。
「お前も」
「えっ」
「お前も特異運命座標イレギュラーズなんだろ。同じだよ、みんなレベル1から始める」
 その通り、と鎧のお姉さんが頷いた。れべるいち、とあたしは声に出す。
「お前はそろそろレベル2だけどな」
「え? な、何もしてないけど」
「さっきスマホ投げてただろ」
「あれ攻撃扱いなの?」
「知らねえ」
 吉田くんは金属バットを握り直して、翼の女の子や綺麗なお兄さんが相手をしてくれているゴブリンたちに向き直った。
「女子って歩いてるときもスマホばっか弄ってて、命よりスマホが大事なのかよって思ってたんだけど」
「え?」
「人のためにそれを投げ出せたお前は偉いよ」
「は」
 止める間もなく吉田くんは駆け出してしまう。炎やら光やらが瞬く戦場へ、ズルみたいなバットをぶんぶん振りに。
 あたしはそれを見送ることしかできず、やがて鎧のお姉さんに手を引かれて、その場を後にした。


 三日後。
 あたしはギルド<ローレット>の前に立っていた。相変わらず超常現象の塊やRPGの主人公みたいな人たちばかりが出入りしていて正直入りづらい。
 でも、吉田くんはきっとここへずんずん入っていくんだろう。あの金属バットを部活帰りみたいに担いで、妙に堂々と。
 息を吸って、吐いて、それから一歩踏み出す。
 レベル1から、レベル2になるために。

PAGETOPPAGEBOTTOM