PandoraPartyProject

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隻腕のギルド職員・セイル

 その日は随分と冷え込む夜だった。もう春になろうかという季節の夜。月の光が雲の切れ目から差し込む暗い夜。町へと通じる街道を一人の男がさまよい歩いていた。

「……はぁ~っ……」

 吐く息が白い。鼻が赤くなっているだろうか?少し気恥しいが誰に見られるでもなし、気にすることもない。それよりもはやく町へ。到着する頃には朝だろうと夜空の月を見上げて思う。

 男の名はセイル。町から町へ渡り歩く真の意味での旅人だった。荷物を届けたり、簡単な魔物を駆除したり。そうやって今まで旅をしてきた。今もそうだ、とある届け物の為に次の町へと向かっているところだった。

(手紙か。随分と立派な拵えだ。この装飾は金を押してあるのか?一介の商人が使うには少々不釣り合いな気もする)


 依頼人の姿を思い出してため息をつく。報酬の高さに釣られたが断るべきだっただろうか?いや、もう今更かとかぶりをふって再び歩き始める。どれくらいこうして旅をしてきただろうか?最近、こうして旅をしているとローレットの噂をよく聞くようになった。そう、この手紙の宛先はローレットだった。世界を救うだとかいう馬鹿げたお題目を掲げた組織だ。魔種をたくさん討伐して最近では海を越えた国を救ったとか。英雄的組織、なのだろう。だが後ろめたい依頼もこなし、何よりその構成員から反転者を出しているという。

「よくわからん組織、だよなあ……」

 正直この依頼が怪しいのかどうかすら男にはわからなかった。この依頼がファーストコンタクトなのだ。

「鬼が出るか蛇が出るか、と言いたいけど両方いそうだ」

 思わず苦笑しながら街への足を進める男だった。その足がふと止まる。

「そういや連中、パンツを通貨にしてるとかいう噂があったが……冗談だよな?」

 思っているよりヤバイとこなのではないかと一瞬不安になったセイルだった。あまりかかわらない一般人からしたらそんな程度の認識なのかもしれない。



 そして空が白み始めた頃、ギルドローレットの支部へとたどり着いたセイル。流石冒険者、といったところだろうか?もう既に動き始めている姿を見かけた。最初こそ恐る恐る尋ねたセイルだが、意外と普通だなと思いつつカウンターへと向かうと窓口の職員へと手紙を渡す。これで依頼は完了か、と一息つき手続きを待つ間にぼんやりとギルドの喧騒を眺める。

「……随分と小さい子供もいるんだな」

「あの方はああ見えても私たちの何倍も生きているようですよ?」

 ぽろりとこぼした言葉にギルド職員の女がはにかみながら声をかけてきた。清算と確認が終わったようだ。報酬を受け取りつつ少し話を聞いてみたくなった。

「はあ。ウォーカーってやつですか」

「ええ。最近は召喚も増えているようで。この仕事を始めて長いですが、登録の際には少し戸惑う方も多いですね、なかなか慣れません」

 どこか遠い目をしたその姿に一体どんなウォーカーが来るのかと思ったが、異世界の存在ならどんな者が来てもおかしくないかと自分で納得する。

「ところで、セイルさん。もう一つ依頼を受ける気はありませんか?」

「依頼……?」

 それこそイレギュラーズに斡旋すればいいのではないか、と言うと少し事情があるらしい。その依頼はとあるイレギュラーズの手伝いをして欲しいというものだった。渡された資料を読み込むに、新人イレギュラーズと共に海洋の支部へと荷物を届けてほしいというもののようだ。話を聞くと、こうしてサポートの為に現地協力者を募る事もあるそうだ。どうやらそのイレギュラーズもウォーカーであり、まだこの世界に慣れていないそうで、その慣らしのための依頼のようだ。

「分かりました、引き受けましょう。よろしくお願いします。して、そのイレギュラーズというのは……?」



 そうした経緯で海洋へと向かうことになったセイル。今彼の目の前には一人の少女が立っていた。

「は、初めまして……ツグミ、です」

 オドオドとして落ち着かない様子。不安げに揺れる瞳をもったその幼い少女にセイルは絶句した。

(こんな幼い少女ですら、戦うのか……?)

 見たところまだ齢10を超えてはいないだろう少女。この少女もどうやらウォーカーらしく、この世界には頼れる身寄りもいないそうだ。一人で立たなければならない現実の厳しさや、これがありふれた悲劇であることは理解しつつも歯嚙みせずにはいられないセイルだった。

「……安心してくれ、必ず送り届けるよ」

「お、お願いします……!」

 不安がらせないように努めて明るく笑う。ああ、どうか……この子に神がいるならば、その旅路に祝福のあらん事を。



 そうして旅立ち、数日が過ぎた頃。森の中で野営していた時のことだった。モンスターからの襲撃があった。

「くそっ!こんな浅いところに出てくるような魔物じゃないだろう!」

 クマのような、オオカミのような魔獣。こういった肉食の魔獣は森の奥深くからあまり出てこないという経験上、比較的森の浅いところで野営をしていたはずだった。己の獲物である槍を構え、いざ戦おうとしたときに彼は気づいた。今は、一人ではないのだ。

「ひっ……!」

「……ちっ!ツグミの嬢ちゃん!危ないから森の外へ逃げろ!俺が抑えるから!」

 怯えたように後ずさりする少女へそう叫ぶが彼女は動かなかった。否、動けないのだろう。それを見て魔獣がツグミへと襲い掛かろうとする。が、セイルの投げた香辛料の袋が目に当たり、その刺激に魔獣は怯み、咆哮した。

「くっそ、守りながら戦うのは慣れちゃあいるがよ……」

 いつもの護衛と同じだ、と自分に言い聞かせる。槍が鈍れば死ぬのは、俺だ。戦いが、始まった。

「GOAAAAAAAA!!!」

「黙ってろ真夜中だぞ今は!」

 軽口をたたきつつ踏み込み槍を魔獣の顔面へと突き込む。まずは片目を奪う!

「GYA!?」

「こちとら場数はそこそこ踏んでるんだよ!速攻で終わらせる!」

 魔獣が片目を失い怯んだ。即座に眼窩へ刺さった槍を起点に飛び上がり、さらに奥へと刺し貫き、同時に魔獣の上を取った。

「そのまま死んでおけ!『グラビティ』!」

 セイルの唯一持つ魔術、物質の重量を上げる魔術により巨大な鉄塊のような重量となった槍がそのまま魔獣を脳天から心臓まで貫き、動きを止めた。槍を引き抜くと一息つき、ツグミへとセイルは向き直った。

「もう大丈夫だ。だけどここはもう使えないな……血の匂いに他の魔獣がつられてくる前に移動するz」

「セイルさんっ!!!」

 切羽詰まった叫びと共に後ろを指さされた。が、しかしそれに反応する間もなくセイルは片腕を食いちぎられていた。

「──ッガ!?」

 油断した。こういう類の魔獣は異常なほどの生命力があるというのに、最後の警戒を怠った……!血を一気に失い、意識が遠くなる。泣き叫ぶツグミが見えた。

「ごめ……にげ、ろ……」

 ああ、天下のイレギュラーズさまならこんな魔獣に手こずることもないのだろうか。いや、自分が未熟だったに過ぎない。焦っていたのだろうか。早くこの小さな少女を安心させねば、とでも。

「いや、いや……し、死なないで……」

「GA……GUAAA!!!」

「だめ……だめええええええ!!!」

 魔獣が最後のあがきでもするかのようにセイルを食らおうとした時、突如魔獣が吹き飛んだ。何事かと思えば、泣きはらした目で少女は杖を構えていた。覚えたての魔術。その小さな体でも戦えるようにとローレットで習った生きる術。

(ああ……この依頼は、これが目的、か……戦う覚悟を、決めさせる為に……残酷なもんだな……)


その後、応急処置が間に合いセイルは生還。無事に海洋への旅を終えた。しかしセイルはその後旅をする事はやめたようだ。海洋のローレットの支部を覗いてみれば彼に会えるかもしれない。彼はこの一件以降、あの少女のようなイレギュラーズの力になりたいと思い、職員になった。世界が残酷なら。せめて俺たちだけでも彼らの助けになれれば、と。こうして一人のローレット職員がまた生まれたのだった。

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