PandoraPartyProject

サンプルSS詳細

ドーナツの穴

 ――せっかく新作のドーナツを食べているところだったのになあ。
 
 目の前に広がるのは今まで歩いていた街じゃない。真っ白なペンキで塗りつぶされたような四角い空間だ。
 鹿淵ほむらが立ち止まると、白い壁には次々と赤、黒、黄……と色とりどりの穴が空いていく。
 穴の中から異形がうごめく気配を感じ、ほむらは手にしていたドーナツを放り投げる。放り投げた先に黒い穴が空いて、ドーナツを吸い込んでいった。
「……変身!」
 同時に、呪文。
 自分を包む光を感じながら、ほむらはドーナツを持っていた右手を高く掲げる。一瞬後、ほむらの姿は魔法少女のそれに代わり、何もない空間から愛用のマスケット銃が生まれいでた。
 それを合図にしたように、周囲の穴にうごめく無数の異形の気配が膨れ上がる。
 ピンク、緑、水色。派手な原色の穴から同じように色とりどりの色をまとった異形たちが現れた。
 異形たちはぱっと見は、巨大な紋白蝶や芋虫のようだ。しかし、蝶の頭には本来あるべき目玉がない。代わりに羽にはぎょろぎょろとした無数の目玉がくっついていている。芋虫は脚の代わりに無数の触手を胴体からうぞうぞとのばしていた。
(虫型の魔物って、ほんと気持ち悪いなあ)
 生理的嫌悪感がすさまじい異形たちを前に、ほむらは顔をしかめる。しかし怯んだりはしない。
 ほむらはイレギュラーズとして混沌に召還される前から“魔法少女”として別世界で戦ってきた。非常に見た目が気持ち悪くて背中がぞわぞわする化け物相手との戦いだって慣れている。
 変身したほむらに、目玉蝶(仮名)が目から無数の光線を放ち、触手虫(仮名)が触手を伸ばす。
 異形の攻撃がとどく寸前を見切って、ほむらは地を蹴った。
 マスケット銃を構える。
 フリルとリボンに飾られたかわいらしいワンピースが、ふわりとした薄桃色の髪が、宙に舞う。
 ――戦闘、開始。
「なんだかいっぱいきたけど、倒させてもらうよっ!」
 パンパンパン、とクラッカーが鳴るような派手な音が空間に響く。
「ファイナルショット!」
 ほむらが気合いと共に発した弾は、目玉蝶、触手虫に着弾、爆発。
 暴風にのってほむらは空中で身体を捻る。背後に迫っていた背中から無数の棘をはやした天道虫のような異形にもう一発。棘天道虫(仮名)が爆散した。
「よしっ」
 目下の三体は倒した。ほむらは地に着地し、マスケット銃に一瞬の気合いと魔力を注ぐ。ほむらの愛用する銃は弾ごめはいらないが、代わりに魔力の補充が必要だ。
 周囲を見渡せば穴からは次々と新たな異形が這いだしてくる。
 同時に、這いだしてくる異形とは別の――もっと大きな“何か”の気配も感じる。
(この虫たちはザコだね。ボスは最後に出てくるかな)
 油断なく周囲の異形たちを見渡しながら、ほむらは状況を分析する。異空間に放り込まれた時は、中の敵を全滅させるか、空間を作りだした敵のボスを倒すことが必要だ。
 だが今、ほむらの目にボスは見えなかった。
 おそらくは雑魚でほむらを消耗させたところで、とどめをさすなのだ。
(ボスも一緒に出てくれば楽なのに……)
 ほむらは内心でため息をつきながらも、雑魚敵を一掃するべく動き出した。
(全部倒して早く帰ろ! 新作のドーナツと……こうなったらマフィンも一緒に食べちゃうんだから!)
 この空間に放り込まれる前によった、お気に入りの菓子店のメニューを思い出しながら、ほむらはマスケット銃を打ち鳴らした。
 
 ***
 
 ギルドで報償を受け取った帰り道だった。
 お気に入りの菓子店により、新作のドーナツを購入。少しだらしないな、と思いつつ、かわいい包装紙に包まれたドーナツをほおばりながら、煉瓦敷の道を歩いた。
 時刻は夕暮れ。濃い茜色の空には薄紫の雲がたなびく。通りにはほむらと同じように家路につく人々がいた。
 新作のドーナツは、揚げた生地に季節の果物を使ったジャムがたっぷりとかけられていた。口の端についたジャムを指先で拭いながら、ほむらは明日の予定を考えた。今日の依頼と報酬で、今週の宿賃は払える。
 明日は共同浴場に行ってゆっくりと身体を洗おうかな。郊外の森に薬草を集めに行くのもいいかもしれない――。 
 そうやって、とりとめもなく明日の予定を考えていた時、目の前の空間が歪んだ。
 あ、とほむらが目を瞬いたときには周囲が白く塗りつぶされた。
 異形たちが空気を読まずに襲ってくるのには慣れている。真白い壁に色とりどりの穴が開き、昆虫型の異形が湧いてくるのを見てほむらは戦闘に入った。
 
 ***
 
(もう、終わりかな)
 穴の中から異形たちがでてこなくなった。くるりと周囲の壁を見渡すと、異形たちの出てきた穴が次々と消えていく。
 ボスの前の雑魚は一掃できたとほむらはほっと一息つく。
 しかし、空間に満ちた最も強い気配は消えない。
(どこからくる気?)
 ほむらは銃を構え、周囲に視線を巡らせる。穴が全て消えたとき、ボスがでてくると思っていたが、ボスは姿を見せない。
 やがて最後の穴が消え、空間が再び真っ白に塗りつぶされた。
 同時に膨れ上がる異形の気配。
(来る!)
 ほむらが全神経を集中させたとき、足下が黒く染まった。
「……えっ?」
 ほむらはその時、この空間に放り込まれてから初めて虚を突かれた顔をした。
 
 真っ白だった足下が、真っ黒に変わった。
 同時に、身体の重さが消えた。
 足下が真っ黒に染まったのは、真っ白な壁に色とりどりの穴が開いたときと同じ。
 穴の底に落ちる自分と、自分を呑み込む異形の気配を感じながら、ほむらはぼんやりと思った。
(ドーナツの穴、みたい)
 それが、彼女の最後の意識だった。

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