PandoraPartyProject

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いつか散りゆく花といえども


 花も顔をほころばせるほど暖かくなったとはいえ、まだ夜は少し肌寒い。
 やっぱり夜はまずかったかな? なんて思いながらも、今更どうにかなることでもないので、わたしはその場で彼女を待っていた。
 何となく手持ち無沙汰になって、無意識のうちに手が指輪に伸びる。
 緊張すると指輪を触ってしまうのは、ここ最近の癖だった。

 わたしが呼び出した相手――リリさんはすぐに現れた。

「リリさん」
「はい」

 彼女とわたしの関係性を一言で表せば姉妹だった。
 結婚を強要されて、それを破棄したわたしにとって、家族などいないも同然。
 帰る場所のないわたしの面倒を見て、家族になってくれたのはリリさんだった。
 そそっかしくて心配になる、隣にいると安心する、何より胸の痛み以上に大きな、永遠を望む愛しい感情たちが溢れて。
 幸せだった。疑いようもなく、温かな日々はそこにあった。
 指輪に誓った絆は何者にも壊せないのだと、そう信じていた。
 ……あの時までは。

 先の決戦で、リリさんは重篤な傷を負った。
 ふ、と浅くなっていく呼吸と、次に閉じれば二度と開くことはないと思わせるその瞳が、彼女の容態を的確に表していた。
 比喩でもなんでもなく思った。「死んでしまう」と。

 その鮮明な可能性を自覚した瞬間、わたしの心臓は早鐘を打ち始めた。
 ダメだ、それだけはダメだ。
 刻一刻と進む時間に耐えきれないほどにわたしは焦り、彼女に生きていてほしいと願った。願うことしかできなかった。
 今でも、あの時のことを思い出せば体が竦むような、そんな思いに駆られる。

 結果的には彼女は助かったし、決戦自体でも勝利を収めた。

 ――では、次は。次があった時には、わたしは、彼女は、どうなるのか。
 今日まで生きてこれたからといって、明日も生きていられる保証なんてどこにもない。
 たった十余年生きただけのわたしですら、死んでしまう機会があったのだ。
 生き続ける限り、わたしたちはずっと死と隣り合わせで、それは大切な人にも訪れるのだと、そんな当たり前のことが急に恐ろしく感じた。

 そう考えたらいてもたってもいられなくて、わたしの小さい手と瞬くような一生じゃ支えることすら出来ないかもしれないことなんて分かってはいたけれど。
 それでも、わたしは彼女を守りたい。彼女に隣にいてほしい。
 あの指輪を過去の想いの象徴になどさせてたまるものか。
 どうか受け取って欲しい願いを込めて、わたしは言葉を発した。

「好きです。どうかあなたを、守らせて」






 ルーチェ様は妹のような存在でした。
 この世の綺麗なところばっかりを見てきたような顔をして生きているのに、ものの価値を理解する瞳は、間違いなく理性的で賢いヒトのものでした。
 小さな体にあるだけの無謀と未来を詰め込んだ、頭のいい、それでいて年相応に可愛らしい彼女に懐かれるのは決して悪い気分ではなく……いえ、本音を言えばとても嬉しかった。
 それに、どうにも世話焼きな性分がある私は、あの純真で危なっかしい彼女が放っておけなかったのです。
 彼女が実家から逃げ、あまつさえ自殺を謀ったことを知ったときですら、そう。
 過去も含めて守ってあげたかった。なんせ、彼女はとても可愛い妹だったから。


 先の戦いで重傷を負ってから、彼女の私を見る目が変わったことには気付いていました。
 傷つくのが若人じゃなくてよかった、なんてことはまだ若い彼女には理解できない感情だろう。
 ……それに、少し気恥ずかしいのだけれども、守りたいと思ってもらえることは嬉しかった。
 その小さな体が精一杯私を守ろうとしてくれてること、それ自体にふつふつと愛しさが込み上げてくるのです。

 彼女はまだまだ若い。
 未来に火を付けられたような挫折も、どうしようもない過去に押し潰されることも、これからたくさんあるということで。
 これから愛しい彼女に困難が降り注ぐなら、その時には隣にいてあげたいなぁと、そう思うのです。

 だから。
 あなたを守りたい。あまりに幼く、それでいてどうしようもなく切実なその言葉に、私は。

「――はい。守ってください」

 そう、答えたのです。





「……そうだ、えっと、わたしとお付き合いしてください!」

 感情が先走って、大事なところが抜けていたと気付いたのは、彼女が返事をした後で。
 拙い告白だったけれども、彼女は茶化すことなく返事をくれた。

「ええ、こちらこそよろしくお願いしますね」

 その言葉を聞いて、全身の力が抜ける。リリさんの手を握ったままだったから、さすがに倒れ込むことはしなかったけれど。

 緊張の名残を誤魔化すように、わたしは言葉を続けた。

「ごめんね、こんな夜に。早く中に戻ろう」

「ふふ、そうですね」

 わたしたちは手を繋いだまま歩き始めた。静かな、花の匂いがする夜だった。

「あ」

「どうしたの?」

 ふと何かを思い出したかのように、リリさんが言葉を発した。

「これからは指輪、ここに付けられますね?」

 そう言って、彼女はわたし手の左指の薬指にキスをして、花がほころぶように笑った。

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