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黄昏傾き者との攻防

 疎らに立ち並んでいた民家を過ぎ、小さな森を通る街道に馬車がさしかかった頃。日は既に傾き始め、橙色の光が木々から零れ落ちていた。その馬車の御者台には手綱を握った髪の薄い中肉中背の御者ともう一人。此処いらでは見ない服装の華奢な若い男性、楓誠一が座っていた。

「それでな、相手の屋敷から派手な身なりの男がゲラゲラ笑いながら出て来てくるのを新人のメイドが見ちまったわけだよ。そしたら丁度そいつと目が合っちまってなぁ。荷物も放りだして旦那様の所に報告しに行ったってわけさ。」
「ふーん、そいつがお尋ね者の人相書きとそっくりで、しかも僕と服装が似ている、と。こう言っちゃなんだけど、そういう輩は『呼ばれる』前から慣れてるし、旦那さんが僕を雇ったのは英断だと思うよ。」
「結構な自信だねぇ。まあ、俺は何も起こらないのが一番だがな。」
「僕は何か起こって欲しいけどね。」

 常時変わらぬ和やか笑顔を浮かべた誠一に、苦笑いを浮かべる御者。彼らの言うとおり、誠一が雇われてからも特に相手は行動を起こしていない。習い事の為に依頼人の娘を王都まで送り迎えする馬車の護衛は、滞りなく進んでいる……筈だった。

 道の真ん中に、仁王立ちしている者が居た。夕日に照らされて輝く異国の衣装がギラギラと輝いている。
 笑顔がスッと消えた誠一から「避けろ!」と言われてた御者は慌てて手綱を引いたがもう遅い。男が振り抜いた大太刀が、二頭立ての馬の首をいとも容易く刎ねてしまった。御者が情けない悲鳴を上げる前に誠一が御者台を蹴り飛ばすように脱出し、相手との距離を詰める。後ろで派手に馬車が倒れる音がしたが、街道沿いの草叢に突っ込んだのか破砕音は聞こえなかった。

「おいおい、いいのか?真っ先に突っ込んできて。」
 抜き身の大太刀を肩に担いだ男は誠一よりも体躯に優れ、ギラギラと輝く金襴豪華な和服を身に纏い、正に傾き者と呼ぶに相応しい。
「僕がこっちに来ている間、邪魔者の気配は無かったからね。これでも勘は鋭い方だから。」
 実際、誠一は距離を詰めている間にも奇襲や不意打ちの気配は無く、あるのは目の前にいる傾き者の隠しもしない殺気だけだった。
「そうかいそうかい。しかしその身なり……もしかしたらアンタも『呼ばれた』ってやつかい?」
 傾き者が凄絶に笑うと、誠一も肯定するように獲物を定めた獣のような笑みを深める。
「……僕は楓誠一だ。そっちは?」
「あいにく名乗る名前を忘れちまってなぁ。今は刀(こいつ)の銘を借りて、『虎斬(とらきり)』って名乗ってんぜ。さぁ、おっ始めようじゃねぇか!」

 正直、誠一の心は強敵と相見える歓びに震えていた。
 先程見た虎斬の大太刀捌きは、重量を感じさせない程に軽やかだった。その技量の持ち主が、眼前で二の太刀要らずとばかりに怒濤の勢いと胆力で撃ち込んでくるのだ!
 完全に相手の間合いとなり、逆に懐に入ろうとするが何度も阻止され、次第に避けきれぬ刀傷が誠一の体に増えて黒い装束に幾重もの染みを作っていく。しかし、それに反して彼の心の滾りは最高潮に達していた。
攻め手を少しずつ変えながら、なんとか鍔競り合いまでに持ち込んだ誠一は、自分の目論見が当っている事に内心笑みを浮かべた。確かに虎斬の技量も太刀捌きも凄まじいが、その代償は必ずある。凄絶だった虎斬の笑みから余裕が幾ばくか失われているのを、誠一が見逃すはずは無かった。
 相手の刀を弾き、後方へと軽やかに飛んで距離を取った誠一は先程と同じように真っ直ぐに全速力で虎斬への距離を縮める。待ってましたとばかりに虎斬は渾身の力で大太刀を振るうが、直ぐにその表情が驚きに変わる。
 誠一は虎斬の間合いに踏み込む直前に急停止、鼻先に一文字の傷を付けるだけで踏みとどまったのだ。もし、戦いが序盤であれば虎斬は意図に頭を巡らす余裕があったかも知れないが、もう遅い。消耗させた体力により鈍った太刀筋を既に見切り、懐に入った誠一の無銘刀が虎斬の喉笛を裂いた。

 満足そうに事切れた虎斬の両の眼を静かに閉じさせた誠一が馬車の方へと振り向くと、馬車の影から此方をのぞき込んでいた少女が小さな悲鳴を上げて引っ込んだ。
「お疲れ様、と言いたいとこだが……あいにくお嬢さんは荒事には慣れてないんだ。まあ、その、勘弁してやってくれ。」
 服を泥と草で汚した御者が苦笑いしつつ間に入り、習い事の道具が入っているであろう小さなトランクを怯えた少女に渡していた。
「これは不味いところを見せてしまったね。……で、帰りは徒歩で?」
 御者は頷くと、少女の手を取ると馬車に積んでいたのであろうカンテラ片手に屋敷へと歩を進め、誠一はあえて二人とは距離を取ってその後に続いた。
 少々熱を入れすぎたね、とぼやいた誠一の声は既に月が昇り始めていた空へと消えていった。

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