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サンプルSS「黒騎士と魔法と女神」



「神様っていうのは大概にロクデナシなんだよ」

谷間を縫うようにある険しい山道を越え、頂上についたあたりで、黒騎士様は持ってきていたバスケットを空間魔法から取り出して休息と宣言した。

その言葉が黒騎士様から出てきたのは、この地方のマナの純度が高いという話題からだった。

「女には目がない、自尊心強い、自己中心的で、これと決めたら譲らない、折れない、話聞かない。そして散財癖と飽き癖と…そんなもん数えたらキリがない。そんな神を愛するのが女神だぞ?そいつらが、まともだと思うか?」

そもそも、マナというものはこの世界における魔力の原動力に必要な性質であり、その魔法の原点は4大女神、つまるところの水、火、風、土をもたらしたとされる女神の恩恵というものだ。

魔法を使える「スレイヴ」は、エルフ族の戦士であるセレーナさんと、ゴブリンメイジであるデイガー、そして元素外魔法を使う黒騎士様だ。

鍛治しか能がない自分には関係のない話だと思っていたが、黒騎士様の身も蓋もない言葉に思わず食べようとしていたサンドイッチを落としそうになった。

「ヒステリックにつき病的な執着心、猟奇的な焼きもち焼きに、それを反子にしたら末代まで祟る呪いのオンパレードってやつさ」

確かに、人間や魔族に伝わる神話や伝承でも、神様は偉大と書かれているが解釈次第では手当たり次第に麗しい女性に手を出す拙僧なしという捉え方もできるし、そんな神様にご執心な女神様もまた、自分たちの価値観からしたら斜め上をいくと言ってもいい。

この旅の中で黒騎士様が探している相手は時期外れに現れた勇者だ。勇者は4大女神の祝福を受け、並のスレイヴでは成し得ない魔法を使うことができると伝えられているが…。

「つまり…勇者って不幸気質?」

「そんな女神さまの加護を受けてる段階で、な?」

「がっはっは!世界を救うという大役を押し付けられるのも頷けるな、そりゃあ」

黒騎士様の言葉に、パーティーの一番槍を担うザックスが豪快に笑って言った。彼は黒騎士様に従う者であるが種族は人間、勇者の散々な言われように抗議してもいいだろうに。ザックスはそんなこと気にする様子もなく、豪快に笑って配られた水筒を煽った。

「それに魔法の四大元素も、それを行使する魔族も人間も、女神の力を間借りしてるようなもんだぞ?」

「間借り…ですか?」

「魔法使いがスレイブって呼ばれる言葉。それ自体が魔法を扱う特権制度になってるが、語源は「奴隷」「従属」って意味だ。神からエンチャントされた体質が魔法なんてもんじゃなくて、女神からして「アンタたちは私の奴隷よ」っていう烙印に近い」

その言葉に、スレイヴであるセレーナとデイガーの表情が険しくなる。

人間側のスレイヴはその力の強さから貴族という特権階級を与えられ、資質を持たない「アロウン」と呼ばれる人々はその力に憧れるようだが、魔族は異なる。

魔族にとってのスレイヴは確かに選ばれた資質であるが、忌子や不吉の前触れとして毛嫌いされる事が多い。年長の魔族が、その真実を知っているからだ。

「つまり、四大元素の魔法陣系って世界のマナを取り込んで魔法にするというより…」

「魔族や人間が女神より劣ってるっていう証みたいなもんだな。それ以下でもそれ以上でもないだろうに」

肩をすくめる黒騎士様の言葉を聞いて、内心でほっと息をつく。

「アロウン」であることは至極当然で、「スレイヴ」に憧れを抱いたことはある。火を起こすために薪や着火をする必要もないし、湯を沸かす手間も、土塊から壁を作ると言った便利さもある。楽ができるという点においては羨ましいと思ったことはあるが、今の話を聞いて心底自分が「アロウン」であることに感謝した。

「ちなみに言うと、魔族でも人間でもない「ディヴァーズ」たちは、その成れの果てだ。間借りしてた代金を支払った残りカスだな」

黒騎士様の言葉にそう付け加えたのは、出されたご飯の全てを平らげたザックスだ。

ディヴァーズは実態を持たないゴーストのような存在で、高密度のマナで形作られたモンスター。魔族とも人種とも決定的に違う点は、意思や感情を持たないと言われているからだ。

そんなモンスターにされてしまうなんて…。息を飲む様子を見て、黒騎士様は真剣な声色で続きを話してくれた。

「スレイヴ待ちは、死後にその生で生み出されたマナ・ストレージを奪われるんだ。スレイヴの証でもあるマナ・ストレージは、濾過装置とも言う意味もある。生涯をかけてマナを吸収し、研鑽し、そして極めてゆく。人間性も精神も記憶も命もつぎ込んだマナ・ストレージほど、女神に対する献上品となるって訳だ」

まぁ得られた生が潤沢でマナ・ストレージが女神に認められた者だけだが、と黒騎士様は続けた。セレーナとデイガーが表情を険しくさせるのも頷ける。

要はスレイヴの人生の全てが女神への献上品となるための道中に過ぎない上に、認められない場合はゴミのように捨てられる未来が待っているというのだから。

「マナ・ストレージを抜き取られた魂は形を保てず、しかし滅ぶこともできず、彷徨い続け、いつしか自然界のマナを取り込み「ディヴァーズ」となる」

今、この世界を彷徨うディヴァーズは、女神に認められた魂の大部分を奪われたスレイヴの成れの果て。無意識に体が震える。そんな力を人間たちは特権階級と称して崇めていると考えると、彼らの生き方がひどく滑稽に見えて仕方がなかった。

「魔法使いなんていうのは、そういった死後の甘味のために賜わされたものさ。能無しと呼ばれるほうが幸せだろうさ」

さて話はここまでだ。先を急ごう。休憩を終えたバスケットを仕舞い、黒騎士様は立ち上がる。武器を装備し直した面々も立ち上がるのを見て、慌てて食べかけのサンドイッチを口に放り込み、鍛治道具が入った大きなリュックを背負った。

谷間を抜け、頂上の平原に出た。

行く先はここからずっと北へ真っ直ぐ。

この世界が生まれてからずっと氷を絶やさなかった氷河山が、景色の遠くに聳え立っていた。

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