PandoraPartyProject

サンプルSS詳細

サンプル(戦闘)

 ラサ傭兵商会連合が治める広大な砂漠。周辺の集落に住む人々ですら寄り付かないごく小さなオアシスに、小さな館が建てられていた。
 周りに広がる大小様々な砂の丘陵と同色のレンガで作られた館の内装は、今や鮮血の紅に塗り替えられている。

(少し、物足りないかな……)
 得物である無銘刀をひゅんと振るい、刃にこびりついた血を払う楓 誠一。一刀のもと喉元から脇腹まで切り裂かれた男は、吹き出る血しぶきに口から溢れる大量の血を混ぜながらどしゃりと床に倒れた。

 軽く周囲を見渡せば、先程の男と同じように鮮やかな斬り口を晒す躯が十数個。白昼堂々襲撃してきた楓一人に護衛を務める男達は制圧されてしまったのだ。
 ちん、と鯉口を鳴らし、楓は返り血一つ着いていない和服の裾をはためかせ、今回の依頼における討伐対象のいるであろう部屋へと歩きだした。

 豪奢な赤絨毯を踏みしめ、ドアを押し開く。
「ひっひああ!?」
 楓が事前に渡されていた人相書きに描かれている顔を醜く歪め、豚のような悲鳴をあげて椅子から転げ落ちる中年。あれが討伐対象なのだろう。

「ごめんね、僕のこと、恨むなら恨んでもいいよ。でも、暗殺を依頼されるんだから、きっと自業自得だよね?」
 楓はにこやかに問いかける。しかし返ってくるのは慄く声だけ。
(……さっさと終わらせて帰ろう)
 己の戦闘衝動を満たしてくれる強敵が居なかったことが残念だ、とため息をこぼしながら、鯉口に指を掛け。
「――っ!」
 振り向きざま、中程まで抜いた刀で白刃を受け止めた。
 奇襲をかけた男はわずかに見せた動揺を胡散臭い笑みで覆い隠す。
「へえ、やるねえ、坊や」
 ぐっ、と楓は押し込まれ、先程まで浮かべていた笑みを消していた。
(この人、強い……!)
 音もなく斬りかかる技量、そして気を抜けばこのまま真っ二つに押し斬られてしまうであろう圧力。楓は、己の中に巡る血が燃えだすのを止められない。

「同業かい? ったく、依頼主も躾がなってないねえ」
 やれやれと言わんばかりに男が首を振るうのと同時に、楓は膝を落とす。拮抗は崩れ、刃が滑り、あわや和服に触れんとした瞬間。
「せっ!」
 相手の無骨な剣と無銘刀とを滑らせるようにして身を外し、抜きざま相手の顔面に向かって剣先を振るう。
「よっ、と」
 不十分な体勢からとはいえ、至近距離から放たれた斬撃をいともたやすく躱した男は、そのまま二歩、三歩と後退し構えをとった。

「本当に、できる坊やだ。殺すのも惜しいな」
「ふふっ、光栄に思うよ」
 不敵な笑みを交わす二人。しかして表情と裏腹に、まるで火花を散らすかのように互いの殺気がぶつかり合っていた。
「名前は?」
「楓。楓 誠一」
「そうか。俺はダスカーで通ってる」
「ダスカーさん。覚えておくよ」
 お互いに目標は部屋の隅に縮こまる中年一人なのだろう。ここで斬り結ぶ理由は無い。
 しかし。
「今度は僕からいくよ!」
「へっ、来な!」
 剣に生きるもの二人。己の人生を賭して磨く技を、試さずには居られないのだ。

 鋭い踏み込み。無銘刀を左脇に構え、半身を晒しての突進。
 ダスカーは中段に構えていた剣をぐわんと振り上げ、間髪入れずに斬り下ろす。
「そぉらっ!」
 一撃で頭蓋骨を叩き斬るであろう轟撃。しかし楓は少しも躊躇すること無くそれの下に潜り込み、身体を回転させるように振り上げた刀で斬撃の軌道をそらす。
「せりゃあああっ!」
 鋭い切っ先が肩を捉え、和服に血が滲むのを気にもとめず、渾身の横薙ぎを繰り出した。
「ちっ!」 
 一撃で仕留める算段だったダスカーは、楓の恐るべき技量とそれを活かす豪胆な精神力に舌打ちをして、懸命に上体をそらす。
 ひゅんと風を斬る音。切っ先が胸当てをわずかにこすり、火花を上げる。
 同じくこの一撃に全身全霊をかけた楓は、己の一撃を捌きうる好敵手と相まみえたことに、満面の笑みを浮かべていた。

 それから、二合、三合と斬り結ぶ。いずれも、速度で上回る楓が攻め込む展開だった。
 だが、捨て身と何ら変わりのない、吹き荒れる暴風のような苛烈な攻めに晒されながらも、ダスカーはそのことごとくを捌いていた。
 結果。
「はぁ、はぁ……っ。すごい、すごいよダスカーさん!」
「ふぅ、はぁ、な、なんだこいつは……化け物かよ……!」
 楓は無数の切傷を身体中に刻み、風雅な和服も見るに無残な姿となっていた。
 一方ダスカーは疲労を色濃く滲ませながらも、ほぼ無傷。
 しかし笑っていたのは、楓一人だった。

 歴戦の傭兵として、汚れ仕事もいとわず、尋常ならざる殺し合いも幾度となく乗り越えてきた彼は、久しく忘れていた感情を思い出す。
 それは、恐怖。
「いくよダスカーさん!」
「く、あああっ!」
 速度が落ちるどころか、加速すらしている楓。ダスカーは恐怖に硬直する自分を雄叫びで鼓舞し、迎え撃つ。

「が、ふ……」
 駆け抜けざま大きく袈裟に振られた無銘刀。
「……さようなら、ダスカーさん」
 滴る鮮血をぴしゃりと振るい、館の主へと向き直る。
「じゃあ、あなたも、さようなら」
 楓の顔に浮かぶのは、強敵を打倒した喜びでも、依頼を完遂した達成感でもなく、ただただ好敵手を失った哀しみのみだった。

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