PandoraPartyProject

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1

 日が高く昇っている。
 木々の切れ間から覗いた光が自分を照らす。
 淀みかけていた空気を風が攫って運んで行った。風の行く末を見やるように振り向いた先で小さく声が上がる。
「へたくそめ」
 よくやったとは言わない。それは決して口にしない。俺達をダメにする言葉だ。まだ狩りは終わっていない。逃がすな、逃がすな。
 使い物にならなくなったナイフを捨て、弓を構え矢を番えたまま走り出す。地面の石と落ちたナイフの音を皮切りに2人の部下が追随して走るのを耳で確認しながら、注意深く獲物の姿を探す。鬱蒼としてくる森の中を走り抜ける。

 血痕がある。茂みの足元に血の擦れたような跡が点々と続いていた。
 うまく当てたものだと、心の中で部下に賛辞を贈りながら血の痕を追う。
 太い血管を射抜かれているだろう獲物の足はそう長くは持たない。確信して仲間に合図を送る。
 ナイフを受け取り、刃に指を当てる。
 先程のナイフの方がまだ使えたかもしれない。血と脂がこべり付いて切れ味が悪くなったとはいえ、凹凸の出来た不細工な物よりはと、溜息をつく。これでは解体も碌に行えまい。
 手入れを怠った部下を叱責して足を速める。
 真面目で勤勉な部下と、不真面目で軽薄な部下。同じ種として生まれてここまで違うものだろうかと、心の中で苦笑した。解体は適当に、食えるようにだけ捌いてあとは丸焼きにでもするとしよう。
 手足を紐で縛って木に括りつけたらじっくり火を通し、岩塩を舐めてから肉汁滴る香ばしい肉へとかぶりつく。
 そんな、先の妄想は、一瞬で霧散することになった。

 治癒の力が働き、伏せていた男の意識が戻っていく。
 ギャッと短い悲鳴が上がったかと思えば、奥からバラバラな種族の一行が森の暗がりから現れる。
「もう傷は大丈夫そうか?」
「うん、血は止まったよ、顔色は悪いままだけど。そっちは?」
 男の傍らにいた女が問いを投げると同時に、
「死ね! 死ね! 死ねェ!!」
 血飛沫が音を立てて近くの茂みを彩り、野蛮な怒声に彼らは顔を引きつらせて笑みを作る。
「か、彼になら任せても大丈夫かなって」
「……そうね」
 男は会話を聞いて、何か思い出したかのように立ち上がり辺りを見渡す。ずうっと続いている木々の風景は暗闇によってその先を断たれており、彼らと、彼らの仲間らしき者の動く人影が映るのみ。男の顔色は青みを増していく。
「な、仲間は……? 俺の仲間も……助けてくれたんだよな……?」

 その言葉に、様々な反応を示す一行。土を弄ったまま興味を示さない者、何か言いたそうに腹立たしげに男を睨む者、一行の中では目を伏せている者が多かった。
 誰かが呟く。
「……すまない」
 愕然として男は膝から地面へ崩れ落ちる。 
「お前のせいでお仲間はやられたんだよ」
 涙で地面を濡らしていた男の髪が乱雑に掴まれ、首ごと引き上げられた。一行を押しのけて現れた男が、嗚咽を漏らす掴んで引き起こしたのだ。ニヤリと笑ってそう言った男の体は血で染まっており、先ほどの野蛮な声の主だと分かる。
 血塗れの男を責める声が響き、呆然としたまま涙を流す男から離れていく。
「でも事実だよね、まともに戦えもしないのにゴブリン討伐隊のリーダー気取って仲間を犠牲にしたんだし」
「さいっしょから俺らに依頼を寄越せば良かったんだよ」
 一行からは男を責める言葉が出てくる。それほどまでに男が愚図だったのか、それともその彼らの性質なのか。声の主達は早々とその場を後にしていき、暗闇に溶ける。

 ……その通りかもしれない。最初からどこか、彼らの様な腕の立つ者のいる所に依頼を出しておけばこんなことには……。
「あの仲間達の言葉は一面での事実だ」
 虚空を見つめていた耳に、凛とした声が冷たく刺さる。自身の愚かさと、無力は、自分達の命によって証明された。

「しかし、君達がこうして身を挺し戦っていなければ、あのゴブリン達は村を襲い、急襲の混乱の内に多くの人が……いや全員が死んでいたかもしれない」
 一度言葉を切って、彼は男へと声を投げかける。
「無力ではあったが、勇敢だった」
「そ、そうですよ! むしろ必要な犠牲だったというかあ」
 別の傷口から塩を塗る女の発言に「いやそれはちょっと」と別の声でツッコミが入る。
 はは、と。力の入っていない、入れられないような笑い声が男から漏れた。男の中では自分の力不足を痛いほど感じて恥じ入り、後悔の念が渦巻いたままだ。
 それでも彼らの行動と言葉に、救われた事実に少々の平穏を取り戻し、
「君達は何者なんだ……?」
 救ってくれた一行へと問いを投げた。

特異運命座標イレギュラーズ――ギルドローレット」

 笑顔で男に手を差し伸べて彼らは森を出る。
「今後とも御贔屓に」

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