PandoraPartyProject

サンプルSS詳細

王都の二匹鼠(実際の納品に近い物)

「転ぶんじゃないぞ、アンニス!」
「兄貴ズラしてるとそっちが転ぶぞ、フラドール!」
 いかにも大人になったばかりという人間種の二人組が、伸びやかな手足を動かして小道を駆けていく。周囲は暗い。宵闇が大気をを満たし、割れ窓から漏れる弱々しい光が時折照らすのみ。慣れぬ者は足を取られるであろう泥濘とゴミにまみれた小道を、まるで夜目が効くかのように駆け回る二人は、まさしくスラムの申し子であった。アンニスと呼ばれた方は背が高く、赤い髪を風になびかせて。フラドールと呼ばれた方は小柄で、茶色い外套をはためかせて駆けていく。
 アンニスとフラドールは出身こそ違うが、互いを兄弟だと思いながら――どちらが兄かはえてして口論になるのだが――二人で組んでいる冒険者であった。貧乏な生まれに犯罪すれすれの人生、そして王都メフ・メフィートにおいて異邦人であるという共通点が二人を何となく結び付け、今に至っている。二人とも特異運命座標でもあるのだが、世界を救うというたいそうな話は共にピンと来なかったというあたりも似通っていた。
 二人は無法と悪徳はびこるメフ・メフィートの夜に踊る盗賊であった。退廃に酔った貴族から盗みを働き、同業者の裏をかいて宝を横取りし、時に食うに困ってギルドの依頼を受け、そしてそれらの冒険で勝ち得た戦利品を共に暮らすねぐらに持って帰っては酒を酌み交わすのだった。

 二人を追いかける足音は一つ減り、二つ減り、今では一つも聞こえなくなっていた。迷宮の如きスラムの中には隠れ場所は沢山あった。加えて先を行くフラドールには「都市では決して迷わない」という便利なギフトがあったため、多少無茶な逃げ方をしても居場所に戻る自信はあった。後を追うアンニスには、「追う相手の居場所がおぼろげにわかる」というフラドールと組むにはうってつけなギフトがあったため、相棒が無茶な道を選んでも逃げきる自信があった。とはいえ体力には限りがある。何度曲がったかもわからぬ角の先、休むのにちょうどいい廃屋を見つけた瞬間、二人は走る足を止め転がり込む。
「何も落としてないだろうな?」
 大柄なアンニスは床にどかっと座り込み、辺りの警戒をする。
「今回もぬかりなし、だ」
 小柄なフラドールは壁にもたれかかり、外套の隠しから袋を取り出した後中身を幾つか確認し、アンニスに投げた。アンニスはそれと交差するように、貴族の屋敷から"ついでに"拝借してきた酒瓶を開けて一口飲み、フラドールに投げ渡す。
 同時に二人は投げられた品物を掴み、にやりと笑みを交わす。
「彫刻入りの黄水晶か、悪くない。愛人の横顔かねえ? こりゃあ、あの豚野郎、大げさに泣きわめくぞ」
 アンニスは、小さくつけた灯りに透かして宝石を眺める。手のひらほどある黄水晶は透明で、勝気そうな貴婦人の横顔が刻まれていた。
「ルフル男爵の愛人なんぞ腐るほどいるさ。奴の持っている財産と同じくらいに、な。よしんば泣きわめいたとしてもどうせ数日で忘れる」
 フラドールは鼻で笑って酒瓶からぐい、と酒を呷る。
「旨いな。ブランデーなんて久しぶりに飲んだよ……喉を焼く熱さと香り高さ、まさに美酒だ」
「全くだ! ああ、あの酒蔵の樽ごと持って帰れたならばなあ……! 全部飲むなよ、フラドール。男爵の旦那とは違って、今の俺らには手持の一本しか無いぞ」
「なあに、この黄水晶を売り払えば酒瓶がいくつにも増えることを知っているだろう、アンニス」
「増えたとしても、ここまでの美酒を手に入れるのは骨だぜ、フラドール」
「はん、質は数で補えばいい」
 そうして、フラドールはもう一度酒を呷る。その様子にアンニスは全くこの相棒は、といいたげに不満を混ぜた表情を口元に浮かべた。
「分かった、分かったよ、アンニス――ほら、落とすなよ」
 フラドールはアンニスの方に近づき、酒瓶を渡す。
「なあ、今度はどこに忍び込もうか?」
 酒瓶を受け取ったアンニスは天井を見上げながらちびりちびりと酒を味わい、ふと呟いた。
「星の示すまま、風の向くままさ」
 フラドールも天井を見上げる。曇り空の切れ間から、ちらりちらりと星が見える。彼は、柔らかな布や厳重な小箱に隠された中から、いつもかすめ取っていく宝達のことを連想した。
「そしてまた、うまい酒も盗んで」
 それを聞いたアンニスは続ける。そして、フラドールも答える。何度も繰り返したやり取りを、今夜も始める。
「ああ、もしくは金貨を盗んで酒場で豪遊も悪くない」
「いつものように?」
「いつものように、だ」
「そうして『世界が救われる』なら安いもんだな」
「全くだ!」

 メフ・メフィートの夜の中、二匹の鼠は笑い出した。

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