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アルマザント(作風、文体参考)

 イゴーテルの将、アルマザントは絵を母にして生まれたと言われている。何時から存在するか覚える人無き古都イゴーテルの宝物庫、その何処よりか現れたのだ、と噂は歌っていた。

 確かにアルマザントの出自は誰も知らない。緑の剣を持ったその勇士は、近隣都市の連合軍に包囲され陥落寸前であったイゴーテルの中にいつの間にか現れており、敵の矢によって倒れた将の代わりに、いつの間にか軍の指揮を執っていたのだった。混乱状態であったイゴーテルの軍は堂々とした立ち居振る舞いをした青年の指揮をすんなりと受け入れたのだった。
 戦は何日も続いたが、緑の剣と、その持ち主である青年の戦いぶりに鼓舞されたイゴーテルの民はやがてゆっくりと敵軍を押し返していく。敵軍は突然現れた美しい鎧姿の将に驚き、その次に彼の勇猛な戦いぶりに怯え逃げ惑うこととなった。イゴーテルの新しき将の剣は麦を刈るがごとく人々の首を刈り、やがて陣を切り崩し、最奥に構えていた老将をいともたやすく屠ったのであった。
 イゴーテルの民は、功労者をねぎらう祭りを開く時になって、ようやく己らを救った若武者が名も知らぬ異邦人であったということに気付いた始末であったが、『奇跡のような勝利には代えられない、これも神の救いであろう』とあっさりと彼の存在を受け入れた。
 異邦人に名がないことを知った民らは、即位したばかりの領主、夢見がちな少女から無理やり目覚めさせられたアシアラにどうすべきか問う。
 アシアラは異邦人の日に焼けた肌を見て、困惑の入り混じった僅かな笑みを浮かべ
「アルマザント、我が将、貴方に名を授けます」
 そう、告げた。

 イゴーテルの若き領主アシアラは、人々が祭りの騒ぎに疲れ寝静まった三日目の夜、アルマザントの元に向かった。無理やり着せられた領主という責任の外套を脱ぎ、年相応な少女の顔に真摯な覚悟の表情を浮かべて、アルマザントが滞在している部屋の扉を叩く。
「我が将よ、アルマザントよ、まだ起きていて?」
 やがてゆっくりとした足音が近づき、細工の施された扉がぎいと開いた。
「アシアラ、我が君、どうぞ部屋の中へ」
 アルマザントは彼女の来訪を知っていたかのように、日に焼けた形のいい手でアシアラを招く。
 アシアラもそうされるのが分かっていたように、アルマザントの所へと向かった。
 アルマザントはゆったりとした長衣を身に着け、剣と同じ緑色の目に謎めいた光を浮かべていた。アシアラはアルマザントのにどこまで近づくべきか距離を測りあぐねたまま立っていたが、彼が長椅子を指し示したのを見て、枝にとまった鳥のように小さく腰かけた。
「貴方はいったい何者なのです、アルマザント」
 アシアラは問う。決まっている答えを待つ人の緊張が、アシアラの肩を震わせていた。
「名を下さった時、全てを知っていたと思いますが、アシアラ」
 沈黙は夜風の間を流れる。燭台の炎が揺れ、二人の視線は交差する。アシアラの視線は問いを、アルマザントの視線は答えを孕んでいた。
 何拍の間沈黙が続いただろうか。言葉にされない己の視線の意味を告げるかのように、ようやっと、アルマザントは口を開く。
「アシアラ、私は貴女の夢、幼き頃の友です」
 アシアラは息を飲む。その瞳には、やはり、といいたげな安堵と訳が分からぬ、といいたげな驚きがあった。
「友なき塔の上の令嬢であった貴女が夢見た者。都市の外に広がる平原と、その先に続く見知らぬ世界を夢見ながら、旅を続けさせていた唯一の友。あなたが初めて夢見、名付けた、褐色の少年です」
 何故? とアシアラは問う。日を知らない白い肌はアルマザントとは対照的であった。何故来たの。何を求めて? わたくしの命が欲しいのですか? 声は震え、夜風に消える。アルマザントは年の近い妹を落ち着かせるように、アシアラの肩をそっと撫でた。
「友の窮地に駆け付けぬ者がありますか、アシアラ。貴女のおかげで私は自由を得た。想像の世界を駆け巡る自由を。故に、貴女の元に参りました。かつての恩義を返すために」
 アルマザントは微笑み、アシアラの手を取る。
「塔に閉じ込められていた貴女、今や領主の身となった貴女は私のように世界を巡ることはできない。ですが、生きている限り想像に遊ぶことはできる。その自由を守ることこそが、私の使命なのです、アシアラ。貴女を守り、様々な夢を語ることが」
 アシアラ、古都イゴーテルの年若き領主は、ふいに訪れた幼心の贈り物に、微笑みを浮かべた。
「では、話して――貴方の見た夢を。私の覚えていない夢を。この世ならざる不思議を」

 アルマザンドは頷き、ゆっくりとアシアラの横に腰かけた。彼女とよく似た微笑みを浮かべて。

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