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幸運の調べ
──白く小さな翼が、大きく羽ばたき空を切る。
一羽の鳥が、空を飛んでいた。黒い頭に黒い目、赤い嘴を持った小さな鳥。白い翼で真っすぐに空を進みながら、小さな目は地上を忙しなく、しかし楽しげに彷徨っている。
次はどこへ行こうか、どんな町があるだろうか。
まるで──自由気ままな渡り鳥が、次なる目的地を探すように。
ふと、地上で何かが光る。
空の上から光を認めたステルナはちかちかとしたそれに心を惹かれ……ついでに体まで惹かれることにした。
降り立ったそこは、小さな町のようだ。家が密集するように立ち並び、周囲には広々とした畑が広がっている。煉瓦造りの家同士は紐で繋がっており、紐には色とりどりの硝子片が括り付けられていた。
「わあ……綺麗……!」
太陽の光を反射して、いくつもの硝子が輝いている。硝子に透かされた光が地上の影を彩り、煉瓦敷きの町中にカラフルな模様ができていた。町には人が楽しそうに行き交い、光に照らされて笑っている。
珍しくも幻想的な光景に小柄な少女はほう、と息を吐き。硝子につられるように町の中へと一歩踏み出した。
そうして上を見て歩いていたからか。突然目の前に影が落ちる。
「わ……す、すみません!」
ぶつかりそう、と咄嗟に立ち止まり謝ったステルナの前には恰幅の良い女性。
「なんだい、あんた、この町へ来るのは初めてかい?」
ステルナの様子を微笑ましそうに、にこにこと笑いながら尋ねた。
この町で食堂を営んでいるという女性は、景色に気をとられたように歩くステルナを観光客か何かだと思ったようだ。旅人の訪れすら珍しいこの辺境の地で、瞳をキラキラさせた少女を見て、ついお節介を焼きたくなったのだと笑う。
「珍しい光景だろう?あれは、あたし達の町の名産なのさ」
年中あんなだからもう見慣れちまったよと、笑い飛ばす姿は豪快に。
町中に浮かんだ硝子は、ステンドグラスや工芸品の材料になるのだという。天に干して作るそれは他所の硝子と異なり、淡くも陽の光を込めたような輝きが根強い人気を博しているのだそう。風の滅多に吹かない土地柄が、硝子を屋外に広々と干すのに向いているのだとか。だからこそ、たまに吹いた風に揺らされた硝子の鳴らす音は幸運の調べと呼ばれているのだ、と。
「すごい、綺麗です……!」
得意げに語る女性の言葉に頷きながら、町に浮かぶ硝子のように黒曜石の瞳を輝かせるステルナ。他所では見れない光景を誇らしげに語っていた女性は、純粋な感動を前に「そうだろう、そうだろう」と機嫌よく笑って見せた。
時刻は丁度おやつ時。
賑やかに話す彼女らの周囲に町の女性達が集まってくる。なんだい、旅人さんかしら、あら可愛い子、うちの料理はおいしいよ、あらうちだって、ほら食べてごらんなさい、折角来たんだしお土産持って帰んなよ───昼時も過ぎ手の空いただろう奥様方が、可愛らしい少女を次から次へと構う。ステルナの華奢な手はあっという間に屋台の料理や簡単なお土産で埋まっていった。
「わ、わ、こんなに……いいんですか!?」
ステルナは、慌てて腕いっぱいの親切を抱え直す。一口食べて口に広がる濃厚さ、もひとつ食べて甘い味。手に掛けられた硝子細工のキーホルダーは柔らかに象られ、透けた光を放っている。
いいのよ、この町を楽しんで、旅人さんは珍しいからね!こんな小さな子から金は取れないさ、後で友達に自慢しておくれ。小さな体を更に恐縮させた少女へ、口々に陽気な笑みが向けられる。
「えへへ……ありがとうございます!」
美味しい美味しいと頬張りながら、余った硝子を使ったのだというキーホルダーを眺めてはきれい、と溜息をつく。
素直に零れる感動に満足そうに頷いた町人らへと何度もお礼を言って。町を見てほしいと送り出す彼女らに大きく手を振って。
はしゃぎながら駆けていく子供達、畑の脇で休憩に話を咲かせる農夫達、近く遠く響く硝子を砕く音。色彩豊かに輝くような小さな町は、その外観も然ることながら、活気の溢れる賑やかな町だった。
貰った物を食べ終えて、友人へも幾つかキーホルダーを見繕い。町の人へ挨拶へ行ったらまたいっぱいのお土産を渡されそうになって、なんとか遠慮の意思を示し。
「さようなら、また遊びに来ますね!」
ご機嫌に笑った少女は、小さな鳥の姿へ変化すると空へと舞い上がる。くるりと町を一周すると、首にかけたキーホルダーをきらきらと光らせて、次なる町へと飛び去った。
後に残った町中では、シャラシャラと、カラコロと。
滅多に吹かない風が家々の間を吹き抜けて、紐に括られ宙に浮かんだ硝子が揺れては擦れて。
幸運を告げる歌を、響かせた───。