PandoraPartyProject

サンプルSS詳細

勇者、狩りをする。【バトル】【シリアス】【ダーク】

 太陽が沈み街の灯りも弱くなる時間。ふと空を見上げれば、小さな輝きがどこまでも続いている。
「さて、今日もやりますか」
 危険が増えるが為に出歩く人もほぼいないであろうこの時間に、剣1つ携えて街の外れへと向かう青年の姿が映る。
 新たなる勇者として流星の如く現れたその男は、共に魔王の討伐を目指す仲間が寝ているであろう今。より活発で凶暴な魔物で溢れる街外れの森へ潜っていく。
「キシシシシシシシシッ!」
 悪意に満ちた魔物声がする。獲物が来たと声を上げる。木が揺れる音1つ1つに不穏を感じずにはいられない。それでも勇者は顔色1つ変えずに抜刀する。
 コウモリにしては大きい、見ているだけで眩暈がするほどに深遠を感じる紫の羽。鈍く光る血塗られた牙。飛行型の魔物が木の高い所から襲い掛かる。
「ッ! そこかッ!」
 魔物の声にかき消されそうな風の声を僅かに感じ取った勇者は羽を剣で貫く。しかし魔物は羽の傷を気にせずに貫かれたまま勇者に近づき、喉元を牙で食いちぎろうと、迫っていく。
「させっ、ねぇよ……!」
 勇者は、剣を手元で回転させる。麺をフォークで絡めるかのように魔物を剣に巻き取り、地面に叩きつけるーーッ!
 衝撃に耐えきれず絶える魔物。しかし、その魔物の勇姿が森に眠る魔物たちを刺激した。足元から地震のような揺れを感じる勇者はふと背後を振り向いた。
 そこには4足歩行で力強く歩き勇者を狙う魔物の姿があった。息をつく暇もなく再び剣を構える。4足歩行の魔物は、後方の足にグッと力を入れると、勇者に向かって一直線に飛び掛かる!
「舐め、る……なぁ!」
 その攻撃を剣で弾き受け流す。剣を握りしめていた手に激しい痺れが襲い掛かる。しかし勇者は動きを止めない。どの時にも、好機に繋がる好機は紛れている。
 再び飛び掛かろうと、後方に足の力を籠める魔物。その瞬間を狙って勇者は素早く魔物に近づき、前足と前足との間を蹴り上げる。
「ブブビ……ッ!」
 全力の蹴りではあったが、魔物が舞うことはおろか、ひっくり返らない程度の仰け反りを見せるだけだった。しかし、勇者はその隙を逃さない。
 無防備に曝け出された腹部を狙い、剣を素早く斬りつけていく。背中に比べて柔らかく丸みを帯びた皮を貫き、赤い液と魔物特有の濁った魔力が噴き出していく。
 魔物を切り裂いた剣を今度は真上に突き刺すーー。先ほどのコウモリのような魔物を空中で真っ二つに切り裂く。勇者の隙を狙って魔物が2匹3匹と、数で勇者を倒そうと近づいてくる。
「束になって倒そうなんて、弱い奴らめ」
 その言葉は自虐にもなる一言。魔王を倒すため、強い仲間たちと共に旅をしているのは、個々が魔王に勝てないと思っているからに違いない。
 コウモリの強襲だって、神官や、魔法使いならもっと近づかれる前に気づき、対処することができたに違いない。
 隣で倒れている4足歩行の魔物だって、屈強な戦士ならば、最初の一撃から弾き、逃れることなく一撃で魔物を葬ることだってできるだろう。
 いつまでも弱い自分でいたくないからと、夜な夜な宿を抜け出しては、自分の無力さをさせられる勇者。しかし、こんな戦いをして、ようやく気づくこともある。
 彼もまた、子どもの頃に勇者に憧れていたが、それは幻想であると。誰からも憧れ、ちやほやされ、強い存在。誰もが持つ欲望を綺麗な言葉で片付けることができる身勝手で都合のいい名詞。それが勇者なのだとーー。

 空から、陸から、前後左右から己の命を奪おうとする魔物が近づいている。それでも勇者は冷静だった。
 相手の行動から攻撃と弱点を予測し、最善の策と発想で敵を倒す。泥臭く、ずる賢い。弱いからこそ、選ぶ戦闘方法。勇者という言葉の真逆の生き様を生きる勇者。
 勇者という名が魔物を慎重にさせ、行動に思考が生まれる。一瞬一瞬の読みあい、騙しあい。駆け引き。自身の弱さを知った上で、周りの弱さも知る。強くはなくても、負ける気はしなかった。
「勇者の名を背負った以上は、敗北は許されない。だから……!」
 少しでも強くなりたい。勝つ術を身に着けたい。何処までも貪欲な勇者は、日が昇り始める時まで、魔物を狩り尽くしていった。
 日が昇り、今日が訪れる。始まりを意識する人が多い一方では、夜空に輝いていた星々が日に隠れてしまった。星々の光にとっては、日が昇ることが終わりを意味するように、勇者だって様々な見方があるのだろう。
 この勇者は居るだけで安心できるような存在には遠く及ばない。それでも人の弱さを過去のどの勇者よりも理解していた。
 弱き者を理解し、彼らの憧れとなり、導ける。それは多くの人から憧れ、ちやほやされ、強い存在に思われる。彼は未熟さ故に、既に自身が勇者としての素質を握っていることに気づいていないのだ。

 勇者は剣を振り続ける。いつか己が納得できる勇者となる為に。
 そして勇者は剣を振る。己が納得できる勇者であり続ける為に。

PAGETOPPAGEBOTTOM