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日常サンプル

「ブルーマウンテン。大きめのマグがあればそれで」
「かしこまりました」


 ブルーマウンテン。誰しもが聞いたことのある名前だろう。知らない者からすればポピュラーなものに思えるかもしれない。だが実際は財布に優しくない価格の、高級豆と呼べる類のものだ。
 程なくして、窓際の席に腰掛けた私の元にそれは届けられた。丁寧な所作、芳醇な香りとともに。
 大きなマグカップに注がれたブルマン。注文通りだ。私は使わないが、すぐ横には砂糖とミルクも添えられていた。
 逸る気持ちを抑えながら、私は取手に指を掛け、マグカップを口元へと運ぶ。
 グッド。
 思わず溜息をついてしまいそうな出来栄え。豆の良さだけでは無い。マスターの熟達した腕前があってこその味わいだ。
 この混沌世界に来た時には、もうブルーマウンテンを再び口にすることは出来ないだろうと諦めていたが、何の事はない。何処ぞの馬鹿なコーヒー狂の旅人が再現してしまったらしい。
 全くなんて大馬鹿野郎だ。抱きしめてキスしてやりたい。
 ローレットなんていう危険と隣り合わせの職場。時には頭がおかしいとしか思えない依頼もある。これが無ければとっくの昔に気が狂っていたに決まっている。
 美味いコーヒー。落ち着いた雰囲気の店内。寡黙で腕の良い老紳士のマスター。心地良い陽気。ああ、何て素晴らしい。
 後は、たったいま軒先を騒がせ始めた逃走中の強盗の頭蓋骨に、鉛玉を1発ぶち込んでやれば全てが完璧となる。
 バンッ。ほら、これで静かになった。
 私は持ち込んだ小説の1ページ目を開き、のどかで何事も無い休日へと復帰した。

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