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渡り鳥とカンテラ祭

 渡り鳥は旅をする。大陸を、海を、広い大空を。渡り鳥(かのじょ)を止めるものはなく、風は今日も吹き渡る。
 世界中を旅して回る彼女がその日訪れたのもまた、そんな広大な世界のほんの片隅、小さな町だった。


「わ、綺麗」

 そう呟いたのはこの小さな町の客人たるステルナ――特異運命座標イレギュラーズであるが、この町の住民には関係ない些事だ――である。小柄な彼女が一生懸命に見上げる先には、新月の夜とは思えないほどに明るい、ランプで飾り立てられた巨木が存在した。飛行種たる彼女が空を飛んでいる最中にひときわ目立つこの樹にランプをぶら下げている人々を見て思わず降り立ったのも必然、幻想種もかくや、といった樹齢であろう事がわかる古木にして巨木を中心に置いたこの雪深い町は他の街々から距離があり、冬の季節となれば陸路がふさがれて外からの客がほとんど来ないのだという。

「ここが辺鄙なくせに住んでいる人間が多いのは、燃料になる鉱石が採れるからでねえ」

 売り物にならないくらいのくず石がいっぱいあるから、それを使い切るための祭りでもあるのだという。本来ならば頬が痛くなるほどに冷たいはずの山から下りてくる北風は、ぶら下げられた無数のランプの間を通り抜ける間に暖かな風に変わる。氷と雪に閉ざされる場所ではあるが、本格的な……より寒い、外に出られないような時期になる前に夜通し歌い、踊り、駄目になってしまう前の食べ物で宴を開いて――というのがカンテラ祭である……という話を聞かせてくれたのはこの小さな町で唯一、民宿らしいモノを営んでいる幻想種のおかみさんであった。

「普段客なんてこられないような時期の祭りだから外の人間なんていやしないけど、今年は空からお客さんが来るとはねえ。しかもこんな別嬪さんと来た」

 ステルナちゃんのことを迷惑がるような無粋な輩はここにはいないさ、と豪快に笑うおかみさん。そうしてステルナの前に差し出されたのは一つのランプだった。少々使った形跡はあるもののまだ新しく、中には着に飾り付けられたランプ同様にくず石がぎっしりと詰まってまぶしく、温かかった。

「これは……?」
「ステルナちゃんの分だよ、あの樹の好きなところにランプをぶら下げるのさ。飛べなかったり持つのが苦手なようなら手伝うけど、どうするかい?」

 手伝うなら魔法があるよ、と言う女将さんに対してステルナはいえ、平気ですと笑った。そもそもの目的として、彼女の旅は修行の旅だ。風にまつわる魔法を扱う彼女が高い木の上に登るなんて事は決して難しいことではない。ヒールをこつん、と鳴らしてから地面を蹴ればそこはもうステルナのなじみ深い『空』だ。ふわりと服の裾をゆらし、樹の一番高いところにそっとランプを掛ける。

「……いやあ、流石飛行種だ。あんな高いところにあたし達じゃあかけられない、それに星みたいできれいじゃあないか」

 一瞬あっけにとられてはいたが、降りてきたステルナを見ておかみさんは背中をバンバンと叩き褒めるように笑う。半ば強引に宴の会場へと引っ張られるステルナの背中を温かい風とランプが照らしていた。


 それから数日。ご飯と寝床の代わり、と宿の掃除などを手伝っていたステルナがようやく雪深い町から飛び立てる天気の日が来た。どうしても山間の街は雪が強かったり、風が強かったりしがちである。曇りの日ではあったが、晴れた日よりも温かく風が穏やかなその日は旅立ちに丁度良い日であった。

「またおいで。祭りの季節でも、そうじゃないときでもあたしらは大歓迎さ」
「はい、いつかまた来ます。」

 少女を見送りに来たのはおかみさんだけでなく、ここ数日のあいだに顔見知りになった町の人間のほとんどだった。彼らの顔に嘘偽りはなく、少し寂しそうに――それはまあこの村に余り華というものがなかったのもあるだろうが――彼女を見送りに来ている。

「ああ、そうだ。これを持っていくと良い。あの時のランプだよ」

 おかみさんが持ってきたのは既にくず石が取り除かれた、祭の時のランプだ。くず石の代わりに蝋燭を差せるような台がつけられており、いつのまにか小さな鳥の細工が付けられていた。

「御守りさ。ステルナちゃんが行くだろうこの先の道も、どうか明るく照らしてくれるように、ってね!」

 鉄製の持ち手はほんのりとおかみさんの手の温度が残っている。落とさないようにしっかりと鞄に引っかけてから、ステルナはお辞儀を一つした。

「ありがとうございました、また、いつか!」

 そうして地面を蹴り、彼女は空へと飛び立つ。白い空に黒い影が遠くなって消えるまで、町の人はステルナに手を振っていた。
 渡り鳥は旅をする。大陸を、海を、広い大空を。渡り鳥ステルナを止めるものはなく、風は今日も吹き渡っていた。

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